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第1話 共学初日、視線が多すぎて息がしづらい

 春の朝の空気は、まだ少しだけ冷たかった。


 駅から続く坂道の両脇には、咲ききる直前の桜が並んでいる。風が吹くたび、薄い花びらが朝日に透けて舞い、道を行く新入生たちの肩や髪にふわりと落ちた。まるで入学式という一日そのものが、最初から少しだけ演出されているみたいだった。


 けれど、その綺麗さを落ち着いて味わう余裕は、黒峰恒一にはあまりなかった。


 視線が、痛い。


 校門へ向かう道の途中から、もうずっとそうだった。ちらり、と向けられるだけではない。明らかに見られている。すれ違う生徒たちが、会話の途中でわずかに声を落とし、目だけでこちらを追ってくる。前を歩いていた数人組が振り返り、後ろから追い越していく生徒まで一瞬だけこちらを見る。


 それも一人や二人ではない。


 恒一は肩にかけた通学鞄の位置を直しながら、できるだけ平静を装って歩いた。だが、平静を装えば装うほど、逆に自分の動作が不自然になっている気がする。背筋を伸ばしすぎていないか。歩幅は変じゃないか。手の振り方がぎこちなくなっていないか。そんなことまで気になってしまう。


 理由は分かっている。


 私立星ヶ峰学園。


 この学校は、今年から共学になったばかりだった。


 正確に言えば、長く続いた女子高としての歴史に区切りをつけ、今年度から段階的に男女共学へ移行したのだという。学校案内には「新しい時代へ向けた学びの場」とか「多様性のある教育環境」とか、聞こえのいい言葉がいくつも並んでいた。けれど、その文句が正しいとしても、空気まで一気に変わるわけではない。


 この学園は、今もまだほとんど女子高のままだ。


 歩いている生徒の割合も、聞こえてくる話し声の質も、連れ立って笑うグループの距離感も、すべてが「女子ばかりの学校」の名残を濃く残していた。その中に男子が少数だけ混ざる。どう考えても目立つ。


 しかも恒一は、別に人目を引くイケメンでもなければ、入学早々大物感を漂わせるタイプでもない。背丈は平均より少し高いくらい。髪は寝ぐせをごまかすためにいつもより丁寧に整えてきたが、それでも特別洒落ているわけではない。ごく普通の、どちらかといえば地味寄りの男子高校生だ。


 それなのに、ここではその「普通」が逆に珍しいらしい。


「……勘弁してくれ」


 誰に聞かせるでもなく、恒一は小さく呟いた。


 ただでさえ、今日は入学初日だ。新しい環境、新しい人間関係、新しい教室。緊張しないほうがおかしい。そこへさらに「男子であること」そのものが注目の理由になっているのだから、落ち着けというほうが無理だった。


 校門の前まで来ると、古い洋館めいた趣を残す正門のアーチが目に入る。蔦の絡む煉瓦風の門柱、白い石で縁取られた校名板、整えられた花壇。全体にどこか品がある。昔からのお嬢様校です、と言われれば納得してしまう景観だ。


 だが、その上品さが今は少しだけ居心地悪い。自分だけが場違いなところに紛れ込んでしまったような感覚がある。


 門をくぐった瞬間、また視線が増えた。


「見て、男子」

「ほんとだ」

「同級生かな」

「え、ちょっと緊張するんだけど」


 ひそめたつもりなのだろう声が、春の乾いた空気の中では思った以上によく通る。


 恒一は聞こえないふりをして歩く。ここでいちいち反応したら、ますます見世物になるだけだ。普通でいい。平静でいい。深呼吸して、職員玄関の案内板を探して、下駄箱で上履きに履き替えて、教室へ行く。それだけのことだ。


 そう自分に言い聞かせながら昇降口へ向かったときだった。


「やっぱり」


 すぐ近くで、静かな声がした。


 恒一が足を止めると、横手の柱のそばに一人の女子生徒が立っていた。


 長い黒髪が肩の下までまっすぐ落ちている。制服はきちんと着こなされ、リボンの結び目も乱れていない。白い肌と整った目鼻立ちのせいか、全体にひどく静謐な印象を受ける。賑やかな入学初日の空気の中で、その子だけ周囲から少し音が引いているように見えた。


 見覚えはない。けれど、同級生だろうか。胸元の色からして新入生には違いない。


 彼女は恒一を見ていた。正確には、視線は彼の顔に向いているのに、もっと別のものまで観察しているような目だった。


「……俺?」


 恒一がそう言うと、少女は小さくうなずいた。


「黒峰くんだよね」


「そうだけど」


「うん。思ってた通り」


 その言い方に、妙な引っかかりがあった。思っていた通り。初対面の相手に言うような言葉ではない。


「えっと、どこかで会ったっけ」


「会ってはないよ」


 少女は否定した。声は穏やかだったが、間の取り方が妙に丁寧で、それがかえって印象に残る。


「でも、分かったから」


「何が?」


「足音」


 恒一は一瞬、聞き返すことすらできなかった。


「足音?」


「うん」


 彼女は本当に当たり前のことのように言う。


「昇降口に入ってくる前から聞こえてた。少し慎重で、でも必要以上に遅くはない歩き方。目立ちたくないのに、周りを気にしすぎて逆にぎこちなくなる音」


 恒一はぽかんとした。


 朝のざわめきの中で、自分の足音をそんなふうに捉えられていたのかと思うと、妙な落ち着かなさが背中を這い上がってくる。


「……それ、分かるものなのか?」


「私は分かる」


 少女はそこで初めて、ごくわずかに微笑んだ。


 綺麗な顔立ちだった。その笑みも柔らかい。なのに、なぜか背筋がひやりとする。優しい水面の下に、深さの分からない暗い水が広がっているみたいな感覚だった。


「雪代しおん。同じクラス」


「あ、そうなんだ。黒峰恒一」


「知ってる」


 即答された。


 同じクラスなら知っていてもおかしくない、と頭では分かる。けれど、まだホームルーム前だ。どうしてそこまで迷いなく言い切れるのかが、少しだけ気味悪かった。


 しおんはそれ以上説明することなく、昇降口の中へ一歩引いた。


「またあとで」


 それだけ言って、人の流れに紛れるように去っていく。歩く姿まで静かだった。喧噪の中に溶け込むのではなく、音の少ないまますっと遠ざかっていく。


 恒一はしばらくその背中を見送っていたが、やがて我に返った。


「……なんなんだ、今の」


 初日から、なかなか強烈なクラスメイトに出会ってしまった気がする。


 だが、たぶん、それだけだ。少し変わった女子。女子高あがりの学校には、きっとそういう独特な感性の子もいるのだろう。そういうことにしておくのが精神衛生上よかった。


 恒一は気を取り直して上履きに履き替え、教室の表示を確認しながら廊下を歩く。


 廊下は明るかった。大きな窓から春の日差しが差し込み、磨き込まれた床に白く反射している。壁にかけられた絵や校内掲示もどこか整っていて、生活感より品の良さが勝つ。女子高時代の名残なのか、廊下の空気にはほのかに花の香りのようなものが混じっていた。誰かの香水や柔軟剤が重なっているだけかもしれないが、それでも男子ばかりの中学とは全然違う。


 一年A組。


 教室の前に立つと、恒一はひとつ息を吸ってから扉を開けた。


 瞬間、ざわめきがわずかに揺れた。


 教室の中にいた女子たちの何人かが、会話の途中でこちらを見た。窓際の席、後ろのロッカー前、黒板付近、どこからともなく視線が集まる。別に敵意があるわけではない。ただ純粋に、「男子が来た」という反応なのだろう。だが数が多いと、それだけでかなり圧になる。


 うわ、やっぱり見られる。


 恒一はなるべく自然な動きで自分の席を探す。出席番号順の仮配置らしい。黒板横に貼り出された座席表で自分の名前を確認し、窓際から二列目、後ろから三番目の席へ向かった。


「へえ」


 その途中、低めの女子の声がした。


 顔を向けると、通路側の席に座っていた女子が頬杖をついてこちらを見ていた。ショートカット。目つきは鋭く、輪郭はすっきりしている。姿勢がいいせいか、じっとしていても身体に無駄がないのが分かる。スポーツ系だろうか、と一目で思わせる雰囲気のある子だった。


「思ったより普通」


「……何が?」


 思わず聞き返してしまうと、彼女は鼻先で笑った。


「男子って、もっと分かりやすく偉そうなのかと思ってた」


「偏見がひどくないか」


「女子校上がりなんだから仕方ないでしょ。実物そんなに見てないんだし」


 あっさり言われて、恒一は言葉に詰まった。悪気があるというより、本当に率直な感想らしい。


 彼女は視線を少しだけ上下させて、恒一の全身を確認する。


「でもまあ、変にチャラくなくて助かった」


「評価されてるのか、それ」


「さあ」


 興味があるのかないのか分からない返事だった。だが、その目は意外とまっすぐだった。相手を試すような鋭さと、観察者の冷静さが混じっている。


「朝霧凛」


 彼女はそれだけ名乗った。


「一応よろしく。別に仲良くしようって意味じゃないけど」


「わざわざその一言を足す必要ある?」


「ある。誤解されると面倒だから」


 即答だった。


 凛は肩をすくめ、そこでようやく視線を外した。照れ隠しというには棘が強いが、たぶんこれがこの子の通常運転なのだろう。恒一は心の中で「また濃いのがいたな」と呟きながら席についた。


 椅子に腰を下ろした瞬間も、周囲から細かな視線を感じる。教科書が机の上に置かれる音、友達同士のひそひそ声、笑いをこらえるような気配。それらの合間を縫うように、自分が観察対象になっていることだけが妙に鮮明だった。


 普通の高校生活でよかったのに。


 ただそれだけなのに、どうしてこんなに「男子であること」が目立つのか。


 中学の頃、特別に派手な日々を送っていたわけではない。部活と勉強と、少しばかりの趣味。放課後に友達とだらだら寄り道をして、たまにくだらないことで笑って、家に帰って寝る。そういう、ごく普通の毎日だった。


 だから高校でも、そんなふうに過ごせれば十分だと思っていた。気の合う友達がいて、少しずつクラスに馴染んで、そのうち誰かと近くなったりするような、ありふれた青春。何か特別なことなんていらない。目立たず、騒がず、ほどほどに楽しい三年間でいい。


 そのはずだったのに、開始十分でこの注目だ。


 先が思いやられる。


 そんなことを考えていると、教室の後ろの扉が勢いよく開いた。


「ま、間に合った……!」


 飛び込んできたのは、小柄な女子だった。肩のあたりで跳ねる柔らかそうな髪、ころころ変わる表情、慌てているだけなのにどこか賑やかな空気。肩にかけたバッグには、小さなアニメキャラ風のキーホルダーがいくつもぶら下がっていて、歩くたびにしゃらしゃら鳴っている。


 彼女は息を整えながら教室を見回し、そして恒一を見つけた瞬間、ぴたりと止まった。


「あ」


 その一文字に、教室の空気がなぜか少し静まる。


 そして次の瞬間、彼女は目を丸くして叫んだ。


「えっ、男子いる!」


 教室のあちこちから吹き出す声が漏れた。


 恒一も一拍遅れて、思わず突っ込んだ。


「いるよ! 共学なんだから!」


「ち、違うの、知ってた、知ってたけど実物の破壊力が思ったより高くて!」


「どういう意味だよ!」


「うわっ、しゃべった!」


「人間なんだからしゃべるだろ!」


 完全に教室が笑いに包まれた。


 本人は本気で慌てているらしく、両手をぶんぶん振っている。頬も耳も赤い。気まずそうなのに、妙にエネルギーがあって、見ているとこちらまで調子が狂う。


「ご、ごめんなさい! 私、夢咲ことね! 男子を見慣れてないだけで、別に変な意味じゃなくて!」


「変な意味にしか聞こえないって」


「だよね!?」


 さらに笑いが起きる。


 ことねはそのまま自分の席へ駆け込み、椅子に座ってからも恥ずかしそうに顔を伏せていた。けれどその数秒後には、もうちらちらとこちらを見ている。好奇心が隠しきれていない。


 明るい。騒がしい。でも嫌な感じはしない。


 恒一は少しだけ肩の力が抜けた。こういう子がクラスにいるなら、案外やっていけるかもしれない。少なくとも、さっきの「足音」だの「思ったより普通」だのに比べれば、だいぶ分かりやすい。


 だが、その安心は長く続かなかった。


 教室の外、廊下側の扉の向こうに、人影が止まったのが見えた。


 なんとなく、空気が変わる。


 ざわめきが細くなる。誰かの笑い声が途中で途切れ、視線が一斉にそちらへ向かう。その流れに引かれるように、恒一も顔を上げた。


 そこに立っていたのは、一人の女子生徒だった。


 長い髪が、春の光の中でやわらかく揺れている。整った顔立ち。けれど、その綺麗さの中にある眼差しだけが、ひどく真っ直ぐだった。教室の空気を読むでもなく、周囲に遠慮するでもなく、たった一つのものを探してきた目。


 そして、その目は恒一を見つけた瞬間、確かに揺れた。


「……いた」


 低く、しかしはっきりとした声だった。


 その声を聞いた瞬間、恒一の胸の奥で何かが引っかかった。


 知っている。


 こんなふうに、感情を押し殺そうとして少しだけ固くなる声を、恒一は知っている。


 彼女はためらいなく教室に入ってきた。まっすぐに。途中の机や椅子を避ける足取りに迷いがない。クラスの視線を浴びているはずなのに、気にしている様子はまるでない。


 恒一の席の前で立ち止まる。


 近くで見ると、その面影はいっそうはっきりした。小学生の頃に見ていた顔立ちから、時間をかけて輪郭が整い、大人びた気配をまとった姿。けれど、目元だけは記憶の中のままだった。


「久しぶり、恒一」


 その呼び方に、恒一は乾いた息を飲んだ。


「……朱莉?」


 火乃森朱莉。


 幼いころ、家が近くて、何かと一緒にいた女の子だ。放課後の公園も、夏祭りも、買い物帰りの坂道も、思い返せば記憶のあちこちに彼女がいる。だが、家庭の事情で引っ越してからは、ほとんど会えなくなった。連絡も途切れがちになり、そのうち互いの生活が少しずつ離れていった。


 だから、まさか同じ高校にいるとは思っていなかった。


 朱莉はふっと笑った。笑った、はずだった。けれどその表情は、再会を喜ぶ柔らかさと、何かを確かめるような張りつめ方が混ざっていて、素直に懐かしいとは言い切れない色をしていた。


「気づくの、遅い」


「いや……だって、お前、全然雰囲気変わったし」


「そう」


 短い返事。


 だが、その一語に込められた感情の量が、なぜか重い。


 朱莉は視線を少しも逸らさない。恒一の顔を見て、肩の位置を見て、手元を見て、また目に戻ってくる。再会を喜んでいるというより、「ちゃんとここにいる」と確認しているような目だった。


「会いたかった」


 その言葉はあまりにもまっすぐで、恒一は返答に困った。


「俺も、びっくりしたけど……久しぶりだな」


「ほんとに?」


「え?」


「ほんとに、そう思ってる?」


 やけに静かな問いだった。


 クラスのざわめきが、遠くに感じる。近くに人がたくさんいるのに、この場だけ別の空気に切り離されたようだった。


 朱莉はほんの少しだけ首を傾ける。その仕草は昔の面影を残しているのに、目だけが笑っていない。


「私は、ずっと覚えてたよ」


 胸の奥で、何かが小さく鳴った。


 責められているわけではない。怒っているのとも違う。けれど、その言葉には「あなたはどうだったの」と問う圧があった。


「……そりゃ、俺だって覚えてる」


 そう答えると、朱莉は一拍だけ黙った。


 それから、ようやく少しだけ表情を緩める。


「ならいい」


 そう言って、彼女は恒一の机にそっと指先を置いた。白く細い指が、木目の上を静かに押さえる。その動作だけなのに、妙に距離が近く感じられた。


「これからは、ちゃんと近くで見てるから」


 言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。


 近くで見てる。再会した幼馴染としてなら、別におかしくはない言い方のはずだ。けれど、朱莉の声にはそれ以上の何かが混じっていた。見守るでも、支えるでもなく、もっと直接的に「視界に入れておく」と宣言されたような響き。


 ことねが少し離れた席から「え、なにそれ、どういう関係……」と小声で漏らすのが聞こえた。


 凛は露骨に眉をひそめている。


 さらに教室の入口近くでは、いつの間にか戻ってきていた雪代しおんが、静かな顔でこちらを見ていた。さっきと変わらない表情のはずなのに、その沈黙が妙に意味ありげに見える。


 なんだ、この空気。


 入学初日のホームルーム前だぞ。


 恒一は喉の奥に言いようのない乾きを覚えた。普通なら、久しぶりの再会はもっと温かくて、どこか照れくさいもののはずだ。懐かしいね、と笑って、少しぎこちなく近況を聞き合う。そういうものだと思っていた。


 なのに今ここにあるのは、懐かしさより先に、張りつめた何かだった。


 そのとき、教室の前方で担任らしき教師が咳払いをした。


「はい、みなさん席についてください。ホームルームを始めますよ」


 空気が一気に日常へ引き戻される。椅子を引く音、慌てて鞄を机の横にかける音、ひそひそ声。朱莉は最後にもう一度だけ恒一を見て、それから自分の席へ戻っていった。その背中を見送るしかできないまま、恒一はゆっくりと椅子に腰を下ろす。


 教師の声が耳を通り過ぎる。入学の挨拶、これからの学校生活、提出物の説明、教科書の確認。どれも大切なはずなのに、頭に半分も入ってこない。


 足音で分かったと言った静かな美少女。


 思ったより普通と値踏みしてきた鋭い目の同級生。


 男子の実物だと大騒ぎした、妙に賑やかな女の子。


 そして、再会した途端に「近くで見てる」と告げてきた幼馴染。


 情報量が多すぎる。


 窓の外では、桜の花びらがまたひとひら流れていった。春らしい、穏やかな陽射しだった。なのに教室の中だけ、恒一にとってはひどく落ち着かない場所に変わってしまっている。


 普通の高校生活がしたかっただけなのに。


 静かに始まって、少しずつ友達ができて、帰り道にコンビニへ寄るくらいの、そんなありふれた青春でよかったのに。


 黒板の文字をぼんやり見つめながら、恒一はようやく理解し始めていた。


 たぶんこの学校では、自分が思う「普通」は、そのままの形では通用しない。


 共学になったばかりの元女子高。


 男子は少なく、視線は多く、距離感の基準はまだどこか壊れている。


 そして、自分の周りにいる何人かの女子は、どうやら最初から少しだけおかしい。


 教室のどこかで、また誰かの視線を感じた。


 恒一はそれに気づかないふりをして、前を向く。


 けれど心の奥では、もううっすらと悟っていた。


 ――もしかすると、普通の高校生活は無理かもしれない。


 その予感だけが、入学式の春の光の中で、やけにはっきりと輪郭を持ち始めていた。

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