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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 御上常陸介寛浩


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第11話 班行動前日、空気だけがすでに修羅場

 木曜日の朝、黒峰恒一は目覚ましが鳴る少し前に目を覚ました。


 天井を見上げたまま、しばらく布団の中で動けなかった。まだ眠いというより、起き上がる前から気が重い。体調が悪いわけではない。熱もないし、頭痛もない。だが、胸のあたりにうっすら居座る鈍い圧迫感があった。


 理由は、分かっている。


 明日だ。


 共学化記念の校内オリエンテーション。

 班行動。

 そして、あの四班。


 夢咲ことね。

 雪代しおん。

 火乃森朱莉。

 朝霧凛。

 小鳥遊ましろ。

 鳴瀬いろは。

 そこに自分。


 担任が黒板に班分けを貼り出したあの瞬間、教室の空気が一度だけ止まったのを、恒一はまだ鮮明に思い出せた。誰かが騒いだわけではない。露骨に文句が出たわけでもない。ただ、あまりに綺麗に“今の黒峰恒一の周辺人物”が集まってしまったせいで、何とも言えない納得と不穏さが同時に生まれたのだ。


 たぶん、クラスメイトたちも思っただろう。

 ああ、こうなるのか、と。


 恒一自身も思った。

 なぜこうなるんだ、と。


 普通の高校生活がしたかっただけなのに。

 班行動という、ただでさえ人間関係の地雷原みたいな行事で、どうしてここまで濃い面子が一つの机に揃ってしまうのか。


 布団の中で小さく息を吐き、恒一はようやく体を起こした。


 カーテンの隙間から差し込む朝の光は明るかった。春の朝独特のやわらかな白さが部屋の中に満ちていて、窓の外ではどこかの家の雨戸が開く音がした。平和な朝だ。少なくとも世界は平和に見える。問題は、これから向かう先にある。


 洗面所で顔を洗い、制服に着替え、鞄の中身を確認する。その一つ一つの動作のあいだにも、頭の中では明日の班行動のことが離れない。


 ことねはきっと「普通に楽しくやろう!」と明るく場を回そうとするだろう。

 凛は段取りと効率を重視して、無駄を許さない顔をするはずだ。

 朱莉は自然な顔で主導権を取ろうとする。

 しおんは何も言わないまま全体を見ている。

 ましろは当然みたいに自分の歩調を把握してくる。

 いろはは困る顔を見つけるたびに楽しそうに目を細めるに違いない。


 まだ始まってもいないのに、胃が痛い。


 鏡の前でネクタイを整えながら、恒一は本気で思った。


 逃げたい。

 せめて明日だけ、熱でも出てくれないだろうか。

 いや、それはそれで面倒が増える気しかしない。


 結局、逃げ道のないまま家を出る。


     ◇


 星ヶ峰学園へ向かう道は、相変わらず春の景色で満ちていた。


 駅から続く坂道の両脇にはまだ桜が残っていて、吹く風に合わせて薄い花びらが舞う。制服姿の生徒たちがその下を歩き、笑い声や朝の挨拶が小さく交わされていく。校門の白いアーチも、花壇の色も、遠くから見ればどこまでも穏やかだった。


 それなのに、恒一の足取りは少しだけ重い。


 校門をくぐった瞬間、いつものようにいくつかの視線を感じる。男子が少ない学校ではもう慣れつつある感覚だ。だが、今日はそれに加えて「明日の班行動、四班やばくない?」みたいな気配まで混じっているような気がした。気のせいかもしれないが、この学校でそう思うと大体半分くらいは当たっている。


 昇降口で上履きに履き替え、教室へ向かう。


 廊下を歩いている途中で、小さな足音が近づいてくるのが分かった。軽く、けれど一定の間隔を保った音だ。


「おはようございます、先輩」


 小鳥遊ましろだった。


 今日もきちんと制服を着こなし、小柄な体でこちらを見上げてくる。柔らかそうな茶色の髪が肩で揺れ、朝の光を受けて少しだけ淡く見えた。ぱっと見れば、控えめで可愛らしい後輩にしか見えない。問題は、その中身である。


「……おはよう」


「今日は少しだけ歩くの遅いですね」


 開口一番それだった。


 恒一は思わず額を押さえたくなる。


「また分かるのか」


「はい。明日のこと考えてます?」


 なぜ分かる。


「顔です」


 まだ何も言っていないのに、ましろは当然みたいに答えた。


「先輩、考え事してると少しだけ歩幅が狭くなるので」


 この学校の女子たちは本当にどこを見ているんだ。


 ましろは恒一の隣へ並ぶ。その距離感は相変わらず絶妙だった。近すぎない。けれど、自然に同じ歩幅になるくらいには近い。


「明日、楽しみですね」


「お前、それ本気で言ってるのか」


「はい」


 迷いがない。


「先輩と同じ班ですし」


「そこを嬉しそうに言われると、ちょっと怖いんだよな」


「だめですか?」


「だめではないけど」


「なら、よかったです」


 ましろは小さく笑った。


 その笑顔は素直だ。素直すぎて、余計に困る。相手に悪意があるなら警戒しやすいが、ましろの場合は“知りたい”“近づきたい”がそのまま言葉になる。しかも本人にとってそれは自然なことらしい。


「明日、先輩の歩くペースに合わせますね」


「……ああ」


 思わず短く返したあとで、恒一は遅れて意味を考えた。


「いや待て、合わせますねって何だよ」


「班行動ですから」


「それはそうだけど」


「先輩、途中で考え込みすぎると少し遅くなりますし、急ぐときは逆に一気に速くなるので」


「把握しすぎだろ」


 ましろは目をぱちぱちさせた。


「自然と分かります」


 自然と分かるラインを完全に超えている。


 だが、それを本気で理解していないらしいところが、この子の一番厄介な部分だった。


 教室の前まで来たところで、ましろは一歩引く。


「じゃあ、また昼休みに」


「昼休みに何がある前提なんだよ」


「会えそうなので」


 そう言い残し、彼女は自分の教室のほうへ向かっていった。


 軽い足音が遠ざかっていく。

 可愛い。

 けれど、習慣ごと覚えられている感じがやっぱり少し怖い。


 恒一は一つ息をついてから、一年A組の扉を開けた。


     ◇


 教室に入ると、いつもの空気が流れていた。


 窓際では朝の光が机の端を照らし、何人かの女子が宿題の確認をしながら笑っている。黒板には日直の名前と今日の時間割が書かれていて、朝独特の少しだけまだ眠たそうなざわめきが教室全体に広がっていた。


 その中で、やはり最初に動いたのは夢咲ことねだった。


「おはよー黒峰くん!」


 相変わらず明るい。声に勢いがある。顔に出る感情も分かりやすい。


「おはよう」


 恒一が鞄を置きながら返すと、ことねはすぐに身を乗り出してきた。


「ねえ、明日だけど」


「やっぱりその話か」


「だってするでしょ普通! ていうか、しないわけなくない!?」


 たしかにその通りだ。


「普通に楽しくやろうね」


 ことねは、なぜかそこで拳を握った。


「普通に、穏やかに、平和に!」


「その言い方、もう普通じゃないんだよな」


「だって不安なんだもん!」


 ことねは机に両手をついて言う。


「この班、絶対なんか起きるじゃん! 空気的に!」


 本人も分かっているらしい。


「私はただ、楽しく校内回って、ちょっと写真撮って、途中でお菓子とか食べられたらいいなって思ってるだけなのに」


「お前、それ半分遊びに行く発想だろ」


「交流行事なんだから楽しんだっていいでしょ!」


 そのとき、通路側から冷たい声が飛んできた。


「楽しむのはいいけど、進行止めないでよ」


 朝霧凛だった。


 今日も頬杖をついたまま、しかしこちらを完全に聞いている顔でいる。


「朝霧さん!」


 ことねが振り向く。


「止めないよ! たぶん!」


「“たぶん”が不安要素なんだけど」


 凛はそう言いながら、恒一へ視線を寄越した。


「黒峰も、ちゃんとして」


「なんで俺までことねとセットで怒られてるんだ」


「班の中心になるでしょ、たぶん」


 昨日もしおんに言われたことを、今度は凛にまで言われる。


「だから、ならないって」


「もうなってるから言ってる」


 さらりと言われて、恒一は返す言葉を失った。


 ことねがそのやり取りを聞きながら、妙に真剣な顔でうなずく。


「そこはちょっと分かるかも」


「お前まで!?」


「だって、どう考えても明日みんな黒峰くんの動き気にするじゃん」


 やめてくれ。

 本人に確認を取らずに、そういう扱いを確定しないでほしい。


 だが、その会話の中へ今度は窓際から静かな声が落ちる。


「気にすると思う」


 雪代しおんだった。


 今日も長い黒髪を整え、制服を乱れなく着こなしたまま、静かにこちらを見ている。その声音は穏やかだ。穏やかなのに、言っていることは容赦がない。


「黒峰くん、明日たぶん一番たくさん名前呼ばれる」


「予言みたいに言うな」


「予測」


 しおんはほんの少しだけ首を傾けた。


「みんな、たぶん自分のタイミングで呼ぶから」


 ことねが小さく「うわあ」と言う。

 凛は呆れたように目を細める。

 恒一は本格的に机へ突っ伏したくなった。


 さらにそこへ、朱莉の声が入った。


「でも、班行動なんだからある程度ちゃんと仕切る人は必要でしょ」


 火乃森朱莉は自分の席からこちらを見ていた。落ち着いた顔だ。だが、その落ち着き方がいかにも“もう自分の中では決めている”感じで怖い。


「資料とチェック項目は私が見ればいいし、ルート確認は朝霧さんがやれば速い。夢咲さんはたぶん場を明るくする役。雪代さんは全体見てるでしょ」


 役割分担が自然すぎる。


 つまり、もう頭の中では明日のシミュレーションが済んでいるのだ。


「え、じゃあ私“場を明るくする役”確定なの?」


 ことねが少し複雑そうな顔になる。


「似合ってるからいいんじゃない」


 凛がぼそっと言う。


「それ、褒めてる?」


「半分」


「また半分!」


 ことねが騒ぎ、それを見ながら朱莉が小さく息をつく。


「で、黒峰はちゃんとついてきて」


「俺に対する扱いが雑すぎないか?」


「雑じゃない。あんた、変に気を遣って遅れたりしそうだから」


 さすが幼馴染、言い方に遠慮がない。


 だがたぶん、図星でもある。

 班の中で誰かの話を聞いていたり、誰かに合わせようとしたりしているうちに、変に動きが遅れる未来は普通に想像できた。


 そのとき、教室の後ろの扉が少しだけ開いた。


 ひょこ、と顔を見せたのは小鳥遊ましろだった。


「失礼します」


 声まで控えめなのに、なぜか教室の空気はちゃんとその存在を認識する。


「先輩」


 恒一を見つけて、ましろが小さく手を振る。


「これ、昨日のプリントの控えです。先生が一班に一枚ずつ持っててって」


 近づいてくる足音は軽い。けれど迷いがない。

 ことねが「うわ、来た」と小声で漏らしたのが聞こえた。


 ましろは恒一の机の横まで来て、紙を差し出す。


「ありがとうございます、班長さん」


「班長?」


 初耳だ。


「え、先輩じゃないんですか?」


「違うけど」


「そうなんですか」


 ましろは本気で意外そうだった。


「てっきりそういう流れかと」


 やめてくれ。

 本人の知らないところで、そういう空気を補強しないでほしい。


「誰が班長とか、まだ決まってないだろ」


 恒一が言うと、ましろは少し考えるように瞬きした。


「でも、先輩の歩くペースにみんな合わせる感じになりそうですよね」


 またそれだ。


 ことねが「でしょ!?」みたいな顔をし、凛が小さくため息をつく。朱莉は黙っているが、黙っているぶん余計に何か思っていそうだった。しおんは相変わらず静かだが、その目は面白いくらい全体を捉えている。


 さらに、そこで追い打ちのように別の声が飛んできた。


「困る顔、増えそう」


 鳴瀬いろはだった。


 いつのまに入ってきたのか分からない。教室の後ろ寄りの扉にもたれるように立っていて、こちらを見ている。いつも通り美術部のスモックは着ていないが、どこか絵の具の匂いがしそうな空気をまとっていた。


「黒峰くん、明日すごくいい顔しそう」


「その期待のかけ方やめてくれ」


「でも本音」


「知ってる」


 いろはは楽しそうに、けれど静かに笑った。


「班行動って、だいたい誰が誰の近くにいるかで空気変わるでしょ」


「そういう分析を今いらないんだよな……」


「でも綺麗だよ。位置関係って」


 やっぱりこの人の感覚は少し違う。


 ことねが頭を抱えるように言った。


「ちょっと待って、この班、まだ始まってないのに全員もう何かしら黒峰くん前提で喋ってない?」


「それな」


 恒一は本気で同意した。


 まだ前日だ。

 実際には何も起きていない。

 なのにもう全員が、それぞれ自分なりの班行動を思い描き、その中に恒一の位置まで組み込んでいる。


 その現実が、地味に一番怖かった。


     ◇


 結局、その日の午前中はずっとそんな調子だった。


 授業中はさすがに静かだ。教師がいればみんな表面上は大人しくなるし、ノートを取る音と黒板にチョークが走る音だけが教室を満たす。だが、そういう静かな時間ほど、恒一は逆に意識してしまう。


 明日、班行動。

 誰がどこで、どんなふうに話しかけてくるのか。

 自分はどこに立てば一番揉めないのか。

 いや、そもそも“揉めない”ルートなんて存在するのか。


 そんなことを考えているうちに、あっという間に昼休みになった。


 弁当を取り出しながら、恒一はひどく疲れた気がしていた。まだ午前しか終わっていないのに、すでに一日分の会話をこなした感覚がある。


 そこへ、いつものようにことねが寄ってくる。


「ねえ、やっぱりさ」


「またその話か」


「だって気になるし! 明日のお昼どうする? 班で一緒に食べる流れとかになるのかな」


 そこまで考えてなかった。

 というか、そこまで考えたくなかった。


「ありえるんじゃない?」


 凛が自分の席でパンの袋を開けながら言う。


「その時点で死ぬほど疲れてそうだけど」


「朝霧さんもそう思ってるなら、かなり危険なんだね……」


 ことねが真顔になる。


 朱莉は弁当の蓋を開けながら、さらりと言った。


「昼は場所、ちゃんと決めたほうがいい」


「なんで」


 恒一が聞くと、朱莉は箸を持つ手を止めずに答える。


「適当に座ると、絶対めんどくさいから」


 断言された。


 その言い方があまりにも自然で、反論する気も起きない。たしかに、適当に座った結果、誰の隣か、誰が近いか、誰が遠いかで空気が変わる未来は容易に想像できた。


 しおんが静かに言う。


「黒峰くん、真ん中に座れば?」


「またそれか」


「たぶん一番平等」


「平等で済むなら苦労しないんだよ」


 ましろは自分の小さな弁当箱を開きながら、小さく手を挙げた。


「先輩の利き手側は空けたほうがいいと思います」


「なんでそこだけ具体的なんだ」


「食べやすいので」


 ことねが吹き出しそうになるのをこらえる。


「ましろちゃん、発想が生活密着すぎる……」


「大事ですよ」


「大事だけど!」


 そこへいろはが、窓のほうを見ながらぽつりと落とす。


「困る顔見るなら斜め前がいい」


「もう席の話を芸術鑑賞みたいにするな」


 恒一は本気で頭を抱えそうになった。


 この班、本当に大丈夫なのか。

 いや、大丈夫ではない。

 もう前日段階でこれだけ各自の位置取りが始まっている時点で、大丈夫なわけがない。


 その昼休みの会話の最後、ことねがぽつりと本音を漏らした。


「私、ほんとに普通に楽しくしたいだけなんだけどなあ」


「俺もだよ」


 恒一が返すと、ことねは一瞬だけ目を丸くして、それから少し笑った。


「だよね。黒峰くん、たぶん一番“普通”求めてるもんね」


「なのに一番普通から遠ざかってる気がする」


「それも分かる」


 ことねのその返しは、妙に優しかった。


 優しい。

 けれど、それだけで終わらないのが今のこの教室だ。


     ◇


 午後の授業も終わり、放課後の空気が教室を満たし始める。


 机を引く音、部活へ向かう声、鞄のファスナーを閉める音。春の夕方独特の、少しだけ浮いた空気だ。窓からは傾いた日差しが差し込み、教室の床に長い影を作っている。


 ことねは「じゃあ明日、なるべく平和にね!」と半分祈るみたいに言い残して帰っていった。

 凛は「遅れないでよ」とそれだけ言って、運動部らしい足取りで教室を出る。

 朱莉は「朝、ちゃんと来て」と念押ししてきた。

 しおんは「明日、にぎやかそう」と小さく言っていた。

 ましろは「先輩、歩きやすい靴がいいですよ」と最後まで生活密着型だった。

 いろはは「疲れた顔も見られそう」と本当に楽しそうだった。


 誰一人、穏やかに終わらせてくれない。


 教室を出た恒一は、半分無意識に購買のほうへ足を向けていた。何か飲み物でも買って帰ろうと思ったのだ。甘いものでも口に入れないと、やっていられない気分だった。


 放課後の購買前は、昼ほど混んではいないが、部活前の生徒や帰宅前の買い足しでそこそこ人がいる。蛍光灯の白い光の下、パンの袋やカップ麺の棚が並び、レジの向こうでは購買のおばちゃんが慣れた手つきで会計をしていた。


 恒一が飲み物棚の前で立ち止まった、そのときだった。


 少し離れたカップ麺コーナーの前に、一人の女子が立っているのが見えた。


 同じ星ヶ峰の制服。

 小柄。

 ふわっとしたボブヘア。

 一見すると大人しそうで、図書委員か保健委員あたりにいそうな雰囲気。


 だが、その子の目は本気だった。


 棚の一番上に置かれた、派手な赤いパッケージのカップ麺――

 「謎肉激盛り限定MAX」

 と書かれたそれを、食い入るように見つめている。


 視線の熱量だけがおかしい。


 周囲の人間がパンやジュースを選ぶ中、その子だけが完全に別の戦場に立っていた。

 可愛いとか、おとなしいとか、そういう印象より先に、真剣すぎるという感想が来る。


 彼女は棚の前で、ほんの少しだけ唇を動かした。


「……第三ロットだ」


 恒一は思わず足を止める。


 なんだ今の。


 その子はパッケージを一つ手に取り、裏面を見て、さらに目を細めた。


「香料、変わってる……」


 その瞬間、恒一の中で小さな警報が鳴った。


 まただ。

 また新しいタイプが来た。


 星ヶ峰学園のヒロイン追加タイミングは、どうしてこうも嫌な予感とセットなのか。


 夕方の購買前、謎肉激盛り限定カップ麺を本気の目で見つめる謎の女子。


 彼女がまだこちらに気づいていないことだけが、今のところ唯一の救いだった。

 だが恒一は、その救いもたぶん長くは続かないだろうと、なぜか本能的に悟っていた。

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