銀猫の少女とその後
「――ちょっと!起きて!起きなさいよー!」
ヴェルが意識を取り戻すと、妖精がヴェル頭上でけたたましく声をあげていた。
「――なんだ?」
起きぬけのヴェル声は、普段の無機質な声よりも、さらに一段低い。
「なんだ、じゃないわよ!いつまで寝てるの!?どーすんのよこの後、それにこの子は大丈夫なの!?」
「――どれくらい時間が経った?」
ヴェルの質問に妖精は困惑したように首を傾げる。
「時間?時間なんて知らないわよぉ!――月があっちからあっちまで移動したくらいよ!」
妖精が忙しなく空を指差す。
……2時間くらいだろうか。
ヴェルはそう結論づけると、周囲と己の状況を確認する。
まずは自分の状態、腹の傷は塞がりつつある。少なくとも皮膚は繋がっている。
だが、ピクピクと痙攣しているところを見ると、内側の方はまだ治りきっていないらしい。
そして右腕、こちらは完全に砕け散ってしまったため、治りきっていないらしい。
肘の手前ほどまでしか再生していない。
最後に左足。
――だがこちら意外にも治っていた。
再生したのではなく、繋がったようだ。
妖精が足をつなげようとして、そばに置いたらしい。
「――あー、それ。あたしじゃくっつけられなかったんだけどぉ、そばに置いたら勝手にくっついてたわぁ」
「そうか、助かる。1から再生するより、繋げた方が早い」
足があるのなら歩ける。それならばすぐに森を出ることもできるだろう。
そして妖精の言う「この子」がヴェル横に寝かされていた。
ヴェルたちはトレントのそばで、木の葉を敷き詰めた柔らかい寝床の上にいたようだ。
その横で静かな寝息を立てる彼女がいた。
「その子の傷は直しておいたけどぉ、全然目を覚さないのよ、多分魔力の使い過ぎで動けないんだと思うけど…」
(魔力枯渇か)
「あの果実は、やはり出せないのか?――でなければ、早めに連れ帰った方がいいだろう」
ヴェルの言葉に、妖精はやや考える仕草をしながら答える。
「いや、あそこまでのものは必要ないわ。ちょっと魔力を補充してあげればいいなら、この子ができるんだけど……」
妖精はそう言うと、立派に成長したトレントを見上げる。
「――こっちも今寝てるみたいなのよ。植物みたいなものだから、あんまりこういうことってないんだけど…」
妖精の言葉はどれも歯切れが悪く、少々不安げな様子が声から伝わる。
ヴェルも彼女とトレントをみて魔力の澱みがないか確認する。
「問題は無さそうだが、なにぶん普通の個体ではない。何が起こるかわからん。――だが報告はしておく、そのうち誰かが来るだろう」
ヴェルの言葉に妖精は、ムッとした表情で腕を組む。
「誰かって誰よ!変なのは寄越さないで!来るならあんたが来なさい。それ以外はダメ」
「――そうか、ならばまた来よう。それまではお前が見ていてやればいい」
妖精はフンと顔を逸らし、当然よ!と言葉を残して飛び去って行った。
さて、ヴェルの方も動いた方が良さそうだ。
彼女の状態も良くない、依頼も達成した。
ヴェルは粉々になった巨大蜘蛛の残骸の中から、大きな牙を一つ皮袋の中に押し込み、討伐の証明とする。
――あの少年も随分と待たせてしまっている。
そして彼女の元へ戻り、肩に抱えようとして、ヴェルは思い直す。
「――せめて背負って欲しい、だったか」
ヴェルは彼女を背中に乗せると、歩き出す。
右腕がないためバランスがとりづらいが、なんとか支えて、ゆっくりと出口に向かって歩き出した。
――――――
「――今回は、意外と早かったですね」
少年は安堵したような表情で、馬車の上からヴェルを見下ろす。
「――急いで戻ってくれ」
ヴェルの言葉に、何かを感じ、少年は馬車から降りてくる。
そしてヴェルが背負っている何かに気がつく。
「この方は、まさか」
「――ああ、昨日森に入ったという冒険者だろう」
言いながらヴェルは、彼女の名前を聞いていなかったことに思い至る。
これではギルドに引き渡すまで身元の確認が取れない。
――まぁ今後会うこともないのだから、どうでもいいことだが。
少年は心底意外そうな顔で、少女を見つめる。
「生きていたんですか!血がこんなに…早く治療しないと!」
慌てる少年の声を、ヴェルは遮って言う。
「いや、これは俺の血だ。彼女に怪我はない。魔力枯渇だ。早めにギルドに引き渡す」
ヴェルは馬車の椅子に、彼女を静かに寝かせると反対側に座る。
少年は彼女に毛布をかけてやり、ヴェルに尋ねる。
「――それで、依頼の方はどうでしたか?相手は確認はできましたか?」
「ああ、でかい蜘蛛だった」
ヴェルの言葉に、少年は苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
「――そうですか……ならやはり最低でも銀級のパーティを派遣する必要がありそうですね」
「その必要はない」
ヴェルの言葉に少年は、首を傾げる。
何を言ってるんだこいつ、と口には出さないが、顔にはでている。
人の機微に疎いヴェルですら、彼の表情は読みやすい。
「――もう殺した」
「はぁ!?殺したって、あなた1人で!?」
ヴェルは皮袋から、少年の腕ほどもある大きな牙を取り出し、放る。
「うわっ!」
渡された牙に驚きつつも、少年は真剣な眼差しで検分する。
「――間違いなさそうですね、でもどうやって1人で…まぁ後でいいです。今は街へ戻りましょう」
少年は御者に一声かけると、馬車は反転し走り出す。
僅かに喧騒の戻った夜の森を眺め、ヴェルは深く息を吐く。
――今夜は、少し疲れた。
――――――
セシルは、柔らかいベッドの上で目を覚ます。
視界にあるのは木造の天井と、据え付けられた灯りだけ。
あの淡い光は、火ではなく、魔石の光だ。
どことなく、あの小さな妖精と似ている気がした。
「――よう、目が覚めたかい?」
部屋の隅から、声が聞こえた。
少々ガラついた、通りの良い声だった。
声の主は、赤い鱗の蜥蜴男。
にやついた顔で、起きぬけのセシルを見下ろしていた。
「えっ?あの、その、ここは?えと……」
突然知らない場所、知らない男、セシルが混乱するには十分な状況だった。
だが、蜥蜴男の方も、その反応は見越していたようで、至って冷静に話し始める。
「まぁ待て、質問は受け付ける。――だが、まずは言っておくことがある」
蜥蜴男は、離れた場所に腰掛けており、それ以上こちらに近づく気配はない。
「俺はロック。この街で情報屋をしている。ここは水の街フォンティア。その冒険者ギルドの医務室だ」
ロックと名乗った蜥蜴男は、セシルの相槌も待たずに続けて話す。
「あんたは、セシル・レイト。西の街で依頼を受けて、森へ入った。――そんでそこで倒れた。一緒に男がいただろう?そいつがここまで運んできた」
セシルの名前から、行動まで大筋は合っている。
現在地が分かったのはいいが、目の前にいるロックという男は、なぜこの場にいるのだろうか。
「あんたは魔力枯渇で倒れて、ここで治療を受けた。これ以外で聞きたいことがあれば、答えてやる」
蜥蜴男は腕を組んで、こちらに水を向ける。
聞きたいことは、概ねロックの情報の中にある。
だが一つ気になったことがある。
「あの、私を運んでくださったという方は……」
セシルの言葉に蜥蜴男はにやけ顔をさらに歪めて牙を剥き出す。
「――ほう、最初に気にするのはそこか。」
「あ、いえ、ヴェルさんは私を助けてくださった方ですし、それになんだかんだで、ちゃんとお礼も言えてませんし……」
セシルはしどろもどろになって答える。
「そうかい、それで?」
蜥蜴男は、意地の悪い顔を隠しもせず、再び水を向ける。
「えと、それでって…、だからあの、一度ちゃんとお礼をと……」
「聞きたいことは、あいつの所在か。――まぁいい、俺もあんたに聞きたいのはあいつのことだ。あいつと一緒に戦ったんだろ?――率直に聞くが、あいつのことどう思った?」
セシルは、先に情報を与えられたことにより、質問に答えなければいけない、という義務感のようなものが生まれていた。
根が真面目のセシルは、ロックにとってさぞ扱いやすい相手だろう。
「――えっと、どうって、それは、命を救ってくださった方ですし、感謝はしてます。…それに」
「――それに?」
ロックはオウムのようにセシルの言葉を繰り返す。
「ちょっと線は細いですけど、――強くて、優しい人だと思います。(それに、ちょっとかっこよかったですし…)で、でも種族も違うし、そういうつもりはないですけど、その、お礼くらいは……」
セシルの途中の言葉はごにょごにょとして聞き取れなかった。
だが想定と違う反応に、ロックは少々面食らう。
だが、これはこれで面白いので、もう少し泳がせようかとも思ったが、本題はそこではない。
「まぁいい、あいつの話だとあんたも戦いに一役買ったって聞いたが、――てことは見たんだろ?あいつの戦いを」
「え、ええ。見ましたけど、――不思議です。死んでも生き返り、傷も再生する…でもあの戦い方は良くないと思います!」
またしても想定と違う回答だ。
――こいつ面白いかもしれない。
「――気持ち悪いとは、思わなかったのか?」
「――え?」
セシルの反応は、心底意外だと言葉にされなくてもロックには分かった。
セシルは少し考えるように虚空を眺め、当たり前のことのように、告げる。
「最初に見た時はびっくりして逃げちゃいましたけど、あれは、死んでいると思ったからで、でもちゃんと話してみたらとてもいい人でしたし…」
「――くくっ……いい人、か」
セシルの言葉にロックは思わず笑いがこぼれた。
そもそも、人間かどうかもわからないあいつを、いい人、ねぇ。
ますます面白い。いいな、合格だ。
「な、なんですか?」
ロックの態度に少しむっとした表情のセシル。
手をひらひらと降り、ロックは無言でなんでもないと言うと、話題を変える。
「それはそうと、あんたの依頼はキャンセルされてる。それに依頼の薬草も取ってこれてないだろ?」
「あ……」
セシルはロックの言葉に、青ざめる。
危険な森での採集依頼。そこそこの報酬額だった。
そのついでにセシルの目的である、世界樹の探索をしようと思っていたのだ。
結局どちらも行えないまま、今に至る。
当然セシルの荷物もない。
と言うことは現在セシルは無一文だ。
「――あんたが待ってたのはこれだけだ」
ロックはベッドの脇にあるローテーブルを指差す。
セシルが腰につけていたベルトとポーチ。
中身は小さいナイフと懐中時計。
「その時計なら多少は金になる、買い取ってやろうか?」
「――いえ、これは、いいです…」
ロックの言葉にセシルは、一瞬何かを懐かしむような顔になり、すぐに時計をしまう。
「あ、ここの治療費って…」
セシルは直近の金の問題に思い至り、ロックを見返す。
「ああ、それなら心配いらねぇ。あいつが払って行ったよ」
「ああ、そうですか」
何から何まで世話になってしまった。
セシルは申し訳ない気持ちで、あの青年を思う。
お礼を言うにしても、まずは自分の問題を片付けねばなるまい。
幸い目の前のロックという男は何か知っているようだから、いずれ聞く機会もあるだろう。
「そんで、お前さんはこれからどうする?」
ロックの言葉に、セシルは考える。
知らぬ街で、女1人、依頼を受けようにも装備もない。
頼るあてなどない。
「もし、あんたが望むなら、仕事を紹介してやれないこともないが」
ロックはセシルの現状を知ってか知らずか、選択肢のない提案をしてくる。
「――えと、ちなみに、どんな仕事なんでしょうか?」
おずおずとセシルは聞き返す。
「それは行ってから、雇い主に聞くんだな。ただ、住み込みだぞ?――それに今日から入れる…どうする?」
セシルは最初から、この蜥蜴男に会話の主導権を握られっぱなしだ。
もうこうなったら最後まで泳いでやろうと、セシルはにやけ顔の蜥蜴男に向かって、ゆっくりと頷いた。




