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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


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9/12

銀猫の少女とその後


「――ちょっと!起きて!起きなさいよー!」


 ヴェルが意識を取り戻すと、妖精がヴェル頭上でけたたましく声をあげていた。


「――なんだ?」


 起きぬけのヴェル声は、普段の無機質な声よりも、さらに一段低い。


「なんだ、じゃないわよ!いつまで寝てるの!?どーすんのよこの後、それにこの子は大丈夫なの!?」


「――どれくらい時間が経った?」


 ヴェルの質問に妖精は困惑したように首を傾げる。


「時間?時間なんて知らないわよぉ!――月があっちからあっちまで移動したくらいよ!」


 妖精が忙しなく空を指差す。

 ……2時間くらいだろうか。

 ヴェルはそう結論づけると、周囲と己の状況を確認する。

 

 まずは自分の状態、腹の傷は塞がりつつある。少なくとも皮膚は繋がっている。

 だが、ピクピクと痙攣しているところを見ると、内側の方はまだ治りきっていないらしい。

 

 そして右腕、こちらは完全に砕け散ってしまったため、治りきっていないらしい。

 肘の手前ほどまでしか再生していない。

 

 最後に左足。

 ――だがこちら意外にも治っていた。

 再生したのではなく、繋がったようだ。

 妖精が足をつなげようとして、そばに置いたらしい。


「――あー、それ。あたしじゃくっつけられなかったんだけどぉ、そばに置いたら勝手にくっついてたわぁ」


「そうか、助かる。1から再生するより、繋げた方が早い」


 足があるのなら歩ける。それならばすぐに森を出ることもできるだろう。

 

 そして妖精の言う「この子」がヴェル横に寝かされていた。

 ヴェルたちはトレントのそばで、木の葉を敷き詰めた柔らかい寝床の上にいたようだ。

 その横で静かな寝息を立てる彼女がいた。


「その子の傷は直しておいたけどぉ、全然目を覚さないのよ、多分魔力の使い過ぎで動けないんだと思うけど…」

 

 (魔力枯渇マインドダウンか)


「あの果実は、やはり出せないのか?――でなければ、早めに連れ帰った方がいいだろう」


 ヴェルの言葉に、妖精はやや考える仕草をしながら答える。


「いや、あそこまでのものは必要ないわ。ちょっと魔力を補充してあげればいいなら、この子ができるんだけど……」


 妖精はそう言うと、立派に成長したトレントを見上げる。


「――こっちも今寝てるみたいなのよ。植物みたいなものだから、あんまりこういうことってないんだけど…」


 妖精の言葉はどれも歯切れが悪く、少々不安げな様子が声から伝わる。

 ヴェルも彼女とトレントをみて魔力の澱みがないか確認する。


「問題は無さそうだが、なにぶん普通の個体ではない。何が起こるかわからん。――だが報告はしておく、そのうち誰かが来るだろう」


 ヴェルの言葉に妖精は、ムッとした表情で腕を組む。


「誰かって誰よ!変なのは寄越さないで!来るならあんたが来なさい。それ以外はダメ」


「――そうか、ならばまた来よう。それまではお前が見ていてやればいい」


 妖精はフンと顔を逸らし、当然よ!と言葉を残して飛び去って行った。


 さて、ヴェルの方も動いた方が良さそうだ。

 彼女の状態も良くない、依頼も達成した。

 ヴェルは粉々になった巨大蜘蛛の残骸の中から、大きな牙を一つ皮袋の中に押し込み、討伐の証明とする。

 

 ――あの少年も随分と待たせてしまっている。


 そして彼女の元へ戻り、肩に抱えようとして、ヴェルは思い直す。


「――せめて背負って欲しい、だったか」


 ヴェルは彼女を背中に乗せると、歩き出す。

 右腕がないためバランスがとりづらいが、なんとか支えて、ゆっくりと出口に向かって歩き出した。



 ――――――

 


「――今回は、意外と早かったですね」


 少年は安堵したような表情で、馬車の上からヴェルを見下ろす。


「――急いで戻ってくれ」


 ヴェルの言葉に、何かを感じ、少年は馬車から降りてくる。

 そしてヴェルが背負っている何かに気がつく。


「この方は、まさか」


「――ああ、昨日森に入ったという冒険者だろう」


 言いながらヴェルは、彼女の名前を聞いていなかったことに思い至る。

 これではギルドに引き渡すまで身元の確認が取れない。

 ――まぁ今後会うこともないのだから、どうでもいいことだが。

 

 少年は心底意外そうな顔で、少女を見つめる。


「生きていたんですか!血がこんなに…早く治療しないと!」


 慌てる少年の声を、ヴェルは遮って言う。


「いや、これは俺の血だ。彼女に怪我はない。魔力枯渇だ。早めにギルドに引き渡す」


 ヴェルは馬車の椅子に、彼女を静かに寝かせると反対側に座る。

 少年は彼女に毛布をかけてやり、ヴェルに尋ねる。


「――それで、依頼の方はどうでしたか?相手は確認はできましたか?」


「ああ、でかい蜘蛛だった」


 ヴェルの言葉に、少年は苦虫を噛み潰したような顔で唸る。


「――そうですか……ならやはり最低でも銀級のパーティを派遣する必要がありそうですね」


「その必要はない」


 ヴェルの言葉に少年は、首を傾げる。

 何を言ってるんだこいつ、と口には出さないが、顔にはでている。

 人の機微に疎いヴェルですら、彼の表情は読みやすい。


「――もう殺した」


「はぁ!?殺したって、あなた1人で!?」


 ヴェルは皮袋から、少年の腕ほどもある大きな牙を取り出し、放る。


「うわっ!」


 渡された牙に驚きつつも、少年は真剣な眼差しで検分する。


「――間違いなさそうですね、でもどうやって1人で…まぁ後でいいです。今は街へ戻りましょう」


 少年は御者に一声かけると、馬車は反転し走り出す。

 僅かに喧騒の戻った夜の森を眺め、ヴェルは深く息を吐く。


 ――今夜は、少し疲れた。



 ――――――

 

 

 セシルは、柔らかいベッドの上で目を覚ます。

 視界にあるのは木造の天井と、据え付けられた灯りだけ。

 あの淡い光は、火ではなく、魔石の光だ。

 どことなく、あの小さな妖精と似ている気がした。


「――よう、目が覚めたかい?」


 部屋の隅から、声が聞こえた。

 少々ガラついた、通りの良い声だった。

 声の主は、赤い鱗の蜥蜴男。

 にやついた顔で、起きぬけのセシルを見下ろしていた。


「えっ?あの、その、ここは?えと……」


 突然知らない場所、知らない男、セシルが混乱するには十分な状況だった。

 だが、蜥蜴男の方も、その反応は見越していたようで、至って冷静に話し始める。


「まぁ待て、質問は受け付ける。――だが、まずは言っておくことがある」


 蜥蜴男は、離れた場所に腰掛けており、それ以上こちらに近づく気配はない。


「俺はロック。この街で情報屋をしている。ここは水の街フォンティア。その冒険者ギルドの医務室だ」


 ロックと名乗った蜥蜴男は、セシルの相槌も待たずに続けて話す。


「あんたは、セシル・レイト。西の街で依頼を受けて、森へ入った。――そんでそこで倒れた。一緒に男がいただろう?そいつがここまで運んできた」


 セシルの名前から、行動まで大筋は合っている。

 現在地が分かったのはいいが、目の前にいるロックという男は、なぜこの場にいるのだろうか。


「あんたは魔力枯渇で倒れて、ここで治療を受けた。これ以外で聞きたいことがあれば、答えてやる」


 蜥蜴男は腕を組んで、こちらに水を向ける。

 聞きたいことは、概ねロックの情報の中にある。

 だが一つ気になったことがある。


「あの、私を運んでくださったという方は……」


 セシルの言葉に蜥蜴男はにやけ顔をさらに歪めて牙を剥き出す。


「――ほう、最初に気にするのはそこか。」


「あ、いえ、ヴェルさんは私を助けてくださった方ですし、それになんだかんだで、ちゃんとお礼も言えてませんし……」

 

 セシルはしどろもどろになって答える。


「そうかい、それで?」


 蜥蜴男は、意地の悪い顔を隠しもせず、再び水を向ける。


「えと、それでって…、だからあの、一度ちゃんとお礼をと……」


「聞きたいことは、あいつの所在か。――まぁいい、俺もあんたに聞きたいのはあいつのことだ。あいつと一緒に戦ったんだろ?――率直に聞くが、あいつのことどう思った?」


 セシルは、先に情報を与えられたことにより、質問に答えなければいけない、という義務感のようなものが生まれていた。

 根が真面目のセシルは、ロックにとってさぞ扱いやすい相手だろう。


「――えっと、どうって、それは、命を救ってくださった方ですし、感謝はしてます。…それに」


「――それに?」


 ロックはオウムのようにセシルの言葉を繰り返す。


「ちょっと線は細いですけど、――強くて、優しい人だと思います。(それに、ちょっとかっこよかったですし…)で、でも種族も違うし、そういうつもりはないですけど、その、お礼くらいは……」


 セシルの途中の言葉はごにょごにょとして聞き取れなかった。

 だが想定と違う反応に、ロックは少々面食らう。

 だが、これはこれで面白いので、もう少し泳がせようかとも思ったが、本題はそこではない。


「まぁいい、あいつの話だとあんたも戦いに一役買ったって聞いたが、――てことは見たんだろ?あいつの戦いを」


「え、ええ。見ましたけど、――不思議です。死んでも生き返り、傷も再生する…でもあの戦い方は良くないと思います!」


 またしても想定と違う回答だ。

 ――こいつ面白いかもしれない。


「――気持ち悪いとは、思わなかったのか?」


「――え?」


 セシルの反応は、心底意外だと言葉にされなくてもロックには分かった。

 セシルは少し考えるように虚空を眺め、当たり前のことのように、告げる。


「最初に見た時はびっくりして逃げちゃいましたけど、あれは、死んでいると思ったからで、でもちゃんと話してみたらとてもいい人でしたし…」


「――くくっ……いい人、か」


 セシルの言葉にロックは思わず笑いがこぼれた。

 そもそも、人間かどうかもわからないあいつを、いい人、ねぇ。

 ますます面白い。いいな、合格だ。


「な、なんですか?」


 ロックの態度に少しむっとした表情のセシル。

 手をひらひらと降り、ロックは無言でなんでもないと言うと、話題を変える。


「それはそうと、あんたの依頼はキャンセルされてる。それに依頼の薬草も取ってこれてないだろ?」


「あ……」


 セシルはロックの言葉に、青ざめる。

 危険な森での採集依頼。そこそこの報酬額だった。

 そのついでにセシルの目的である、世界樹の探索をしようと思っていたのだ。

 結局どちらも行えないまま、今に至る。

 当然セシルの荷物もない。

 と言うことは現在セシルは無一文だ。


「――あんたが待ってたのはこれだけだ」


 ロックはベッドの脇にあるローテーブルを指差す。

 セシルが腰につけていたベルトとポーチ。

 中身は小さいナイフと懐中時計。


「その時計なら多少は金になる、買い取ってやろうか?」


「――いえ、これは、いいです…」

 

 ロックの言葉にセシルは、一瞬何かを懐かしむような顔になり、すぐに時計をしまう。


「あ、ここの治療費って…」


 セシルは直近の金の問題に思い至り、ロックを見返す。


「ああ、それなら心配いらねぇ。あいつが払って行ったよ」


「ああ、そうですか」


 何から何まで世話になってしまった。

 セシルは申し訳ない気持ちで、あの青年を思う。

 お礼を言うにしても、まずは自分の問題を片付けねばなるまい。

 幸い目の前のロックという男は何か知っているようだから、いずれ聞く機会もあるだろう。


「そんで、お前さんはこれからどうする?」


 ロックの言葉に、セシルは考える。

 知らぬ街で、女1人、依頼を受けようにも装備もない。

 頼るあてなどない。

 

「もし、あんたが望むなら、仕事を紹介してやれないこともないが」


 ロックはセシルの現状を知ってか知らずか、選択肢のない提案をしてくる。


「――えと、ちなみに、どんな仕事なんでしょうか?」


 おずおずとセシルは聞き返す。


「それは行ってから、雇い主に聞くんだな。ただ、住み込みだぞ?――それに今日から入れる…どうする?」


 セシルは最初から、この蜥蜴男に会話の主導権を握られっぱなしだ。

 

 もうこうなったら最後まで泳いでやろうと、セシルはにやけ顔の蜥蜴男に向かって、ゆっくりと頷いた。



 

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