表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/12

狂気と勇気


 悠然と目の前に現れた、巨大な蜘蛛。

 死糸を織るデスウィーバー


 通常の進化の過程では、到底辿り着きそうにない異形の怪物。

 体長は3メートルほど、高さだけでもヴェルの身長に届きそうだ。

 実際に対峙してみて、ヴェルは冷静に事実のみを思う。

 

 (――勝てない。)


 持久戦が可能ならば、何度でも這い上がり、いずれは殺すことができるだろう。

 だが、現在の勝利条件はそうではない。

 後ろで震えているお荷物を守りつつ、相手を無力化する。または彼女だけでも遠くへ逃し、ヴェルが残る。

 ただ、彼女の様子を見る限り、二手に分かれることが得策とは思えない。

 

 現在は小さな小川を挟んで蜘蛛の大群と睨み合っている。

 逃走か戦闘か。

 さて、こちらの手札はいかほどか。

 

 ヴェルの戦闘能力はそれほど高くない。

 純粋な身体能力は、一般人にすら遠く及ばない。魔力でドーピングして、ようやっと銅級冒険者程度。

 巨大蜘蛛の周囲にいる有象無象くらいなら、どうにかなるだろう。

 だが、本命の巨大蜘蛛はどうにもならない。

 切り札はあるが、使えても2回が限界だ。

 それに小さいのに群がられてはそれも叶わない。


 ――どうするか、とじりじり詰め寄る蜘蛛と距離を測る。

 そのとき、背後のお荷物から声がかかった。


「――どうしましょう。逃げますか?」


 それは無理だろう、あの巨体に加えてあの数だ。

 いずれ追い付かれてなぶり殺しにされるだろう。

 それよりかは、開けたこの場所で迎え撃つ方がまだ勝つ目がある。


「いや、ここで迎え撃つ。俺があのデカブツを抑えられたら、逃げろ。そうでなければ…。」


 ヴェルは途中で言葉を切る。みなまで言うつもりはなかった。


「――そうでなければ?」


 お荷物は声を震わせながら、続きを促す。


「……諦めろ」


「――そうですか、でも、嫌です!私もできる限りサポートします」


 そう言うと彼女は、ヴェルの横に並び立つ。

 そして静かに、だが強くまっすぐに相手を見据えていた。


 ――お荷物というのは訂正しよう。

 名ばかりのヴェルとは違い、彼女はそれだけで立派な冒険者だった。

 そして小さく息を吐き、ヴェルは拳を硬く握った


 

 ――――――



「まずは私が魔法で牽制します!」


 彼女が手を前にかざし、自身に暗示をかけ、詠唱する。


「――ファイア!」


 初歩的な魔法の一つ、ファイア、それは指先に小さな炎を灯すだけの魔法だ、出力を上げれば拳大の大きさくらいにはなる。

 だがセシルの前に現れた炎は1メートルを悠に超えている。


「え!?なんで、こんなに威力が?」


 セシルの魔法が大幅に強化されている。

 セシル自身も驚いているようだ。

 なぜかと言われれば、あの得体の知れない果実だろう。

 

 (――やはり、エリクサーの類いだったか)


 ヴェルは一歩間違えば、戦争が起きるほどの不穏な単語を思い出す。


「ちょうどいい。そのままくれてやれ」


「っはい!!」


 セシルは両手を振り下ろした。

 

「――よいしょ!」

 

 灼熱の火球が蜘蛛たちの頭上に降り注ぐ。


「今ならなんだかいけそうな気がします!――ウインドブラスト!」


 降り注ぐ灼熱に加え突風を浴びて、蜘蛛たちの大半は焼け死に、残りは散り散りになっていった。


 彼女の魔法は、開幕の狼煙としては十分すぎる戦果をあげる。

 だが、それだけでは終わらない。

 足元の有象無象は消し飛んだが、膝下ほどの小型の蜘蛛が約十体そしてその後ろに構える死糸を織る者。

 あれらをなんとかしないと活路はない。


 そして小型の蜘蛛の1匹が、目の前の小川を一跳びで跳躍し、セシルの顔面目掛けて飛びかかる。

 すかさずヴェルがセシルの襟首を掴み、後ろに下がらせる。

 

 代わりに前に出たヴェルが、左手でそれを受ける。

 彼女の短い悲鳴には気にも留めない。

 腕に鋭い牙が噛み付くが、ヴェルはむしろその腕を蜘蛛の口の中へと押し込む。

 

 ヴェルは血が滴るのも気にせず、右手に魔力を集中させる。

 集めた魔力を一気に凝縮し、硬質化させる。

 これで、そこらの岩よりも固い拳が出来上がる。

 そして左腕に食いつき、宙ぶらりんになっている蜘蛛の腹に一気に叩き込む。


 ぐしゅっ!と肉の潰れる嫌な音を立てながら、ヴェルの拳は蜘蛛を貫通する。

 死に絶えた蜘蛛を脇に放る。

 

 そして足元に忍び寄っていたもう1匹を、腰を落とし、瓦割りのように拳を振り下ろす。

 再び肉の潰れる音が響き、これで2つ。

 

 残りは小型が7〜8、デカブツが1。

 巨大蜘蛛はまだ動かない、その八つの眼光でこちらをじっと観察している。


 次の手はどうする。

 後ろであわあわとしている彼女も、十分に戦えている。


「――ヴェルさん、その腕、大丈夫なんですか?血が出てます」


「気にするな、すぐに治る。それよりも、他には何ができる?」


 火球、追い風、威力は申し分なかったが、奴らを焼き殺すには少々足りない。

 水場の近くというのもいただけない。


「氷はどうだ?」


 ヴェルは彼女を振り返らずに尋ねる。


「――氷は、少し苦手なんです。いつもなら周囲をちょっと冷やす程度ですが、でも今なら川ごと凍らせられると思います!」


「ならそれだ、俺が奴らを川の中へ引き込む、そこを凍らせろ、タイミングは任せる」


「はい!」


 打てば響く、いい返事だった。

 ヴェルは振り返らずに、川の中へと飛び込む。

 そのまま対岸へと走って行き、手近な蜘蛛に拳を叩き込む。

 ツーマンセルが解けたからか、巨大蜘蛛の方もやっと動きを見せた。

 巨大蜘蛛はギチギチと顎を鳴らして、何やら小型の蜘蛛に指示を飛ばす。

 ヴェルの周囲を囲むように陣取り、じりじりと間合いを詰めていく。


 巨大蜘蛛の前脚は、鎌のように鋭い。

 あの脚で切り裂かれれば、ヴェルの体など容易く両断されるだろう。

 無理に距離を詰めすぎてはいけない。

 

 ヴェルは腰に履いた黒曜石のナイフを取り出す。

 ヴェルが持ちうる唯一の武器を、微塵も惜しむことなく巨大蜘蛛へと投擲する。

 巨大蜘蛛の前脚の片方がそのナイフを弾く。

 だがナイフは囮だ。

 本命は……こちらだ。


 ヴェルは巨大蜘蛛の複眼を、硬質化した拳でいくつかまとめて抉り出す。

 巨大蜘蛛は悲鳴のように、顎をガチガチと鳴らしながら数歩後退り、残った足でヴェルを切り裂かんと振り下ろす。

 ヴェルは転がるようにそれを避け、すかさず転進する。

 巨大蜘蛛とその他を引き連れ、小川へと飛び込む。


「――ヴェルさん!」


 対岸で待っていた彼女の腕を掴み、その勢いを借りて川から這い出る。


「――いきます!フロスト、バインド!!」


 瞬間、周囲一帯の温度が急激に下がり、蜘蛛達の足元の水が一瞬にして凍結する。


「上出来だ」


 そしてヴェルは、ゆっくりとした動作で蜘蛛に歩み寄り、左手を前に突き出す。

 蜘蛛達は身動きが取れないまま、じたばたと足元の氷を叩く。


 そして、目に見えない何かを握りつぶすように、硬く拳を握っていく。

 すると蜘蛛の周囲に大量の魔力が集まり、そして蜃気楼のように視界がぼやけていく。

 明らかに異様な光景に、セシルは背筋が冷たくなる。

 ヴェルの左手が完全に閉じられた時。

 魔力が凝縮していく。

 耳をつんざくような高音と共に、それは完成した。


 魔力の檻。

 まるでガラスに埋め込まれたかのように、何もかもが動きを止めた。

 そして右手は、先ほどよりもさらに硬く硬く魔力を練っていく。

 拳が最高高度に達した時、風の音さえも静止した。

 不気味な静寂の中ヴェルの足音だけが響く。

 硬質化した魔力の檻に、最高硬度の拳を叩き込む。

 ヴェルの拳が炸裂する。


 鏡砕

 

 拳が檻に触れたその瞬間。

 

 ――世界が割れた。

 

 まるで鏡を叩き割った時のような大きな音が鳴り響く。

 ヴェルはそのまま、拳を振り抜き、世界に大きな穴を穿つ。

 魔力の檻の破片が、ガラガラと崩れ、やがて再び世界に溶けていった。


 そして世界に残っているのは、バラバラに散らばった蜘蛛たちの残骸のみだった。


「――倒したん、ですか?」


「…………。」


 ヴェルは彼女の問いかけに答えない。

 蜘蛛の残骸の上を歩き、周囲を確認する。

 巨大蜘蛛の身体が見当たらない。

 ――いや、違う。

 氷の中に残されているのは巨大蜘蛛の脚だけだった。

 鋭い鎌のようなそれは、間違いなく巨大蜘蛛のものだ。

 だが、それだけだ。

 仕留めきれなかった。

 凍った脚を数本切り落として、逃げたのだろう。


 ヴェルはその場に膝をつくと、彼女が駆け寄ってくる。


「ヴェルさん!大丈夫ですか?……ひっ!?」


 彼女はヴェルの右腕を見て、顔を引き攣らせた。

 指先から肩にかけて、腕全体がボロボロなって裂けている。

 夥しい量の血が流れ、今にも千切れてしまいそうだ。


 彼女は自分の荷物の方へ走っていくと、包帯を持って戻ってきた。


「――必要ない」


 ヴェルは煩わしさを隠しもせず言い放つ。


「……そんなわけにはいかないです」


「すぐに治る」


「……すぐって、いつですか。こんな、こんな無茶な戦い方、ないですよ…」


 彼女から微かに鼻を啜る音が聞こえる。

 彼女は手が血で汚れるのも気にせず、ボロボロの腕に包帯を巻いていく。

 ヴェルも諦めて、されるがままにしている。


 ――奴は逃げた。

 それなりに深傷を負ったはずだが、いずれ戻ってくるだろう。

 その前に休息と、撤退の準備をしなければならない。

 だがそれを行動に移す前に、ヴェルの視界がだんだんと霞んでいく。


 (――血を失いすぎたか)


 ヴェルは、この状況に似つかわしくない冷静さで、静かに目を閉じる。

 次第に意識が遠のいていく。

 彼女がヴェルの名前を叫んでいる。

 しきりに、何度も、何度も。


 そんな彼女の悲痛な叫びを聞きながら、ヴェルの意識は溶けて、静かに消えていった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ