表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

果実と羞恥と黒い影



 (――もうちょっと、どうにかならないものでしょうか…)


 セシルは、青年の背中に向かって静かに抗議する。

 現在セシルは、先ほど出会った青年によって担いで運ばれている。

 ただ、重たい荷物のような扱いに、多少の不満が出てきた。

 今の所、こちらに敵意や害意はないようで、少し気持ちも落ち着いてきた。

 そうして次に気になったのが現在の状況だ。


 (――樽じゃないんですから、もう少し丁寧に運んで欲しいものです…)


 厚かましくもそう思いながら、ただ青年の細腕に、姫のように抱えてくれと言うのは酷だろう。

 だがせめて背中におぶってくれるくらいは許されないだろうか?

 肩に担がれて、前も見えない。

 そして肉が薄く、骨ばった肩や腕が、セシルの柔らかい肌に容赦なく食い込む。

 正直、すごく痛い。

 それに道も平坦ではないし、乱暴な歩調に気分も悪くなってきた。

 耐えかねたセシルは、恐る恐る提案を試みる。


「――あのー、もしよければ、もう少し普通に運んでいただけないでしょうか……。」


 セシルの言葉に青年は立ち止まり、無機質な声で返す。


「――普通とは、なんだ?」


 青年の声には感情が一切感じられない。セシルは青年の気に触れたと思い、慌てて訂正する。


「ああ、違うんです!違うんです!荷物みたいな扱いに不満があるとか、腕が食い込んですごく痛いとか、せめておんぶがいいとかそう言うのじゃなくてですね……」


 ……全部出てしまった。

 

「そうか」


 短くそう言うと青年は、少々雑にセシルを下ろし、地面に座らせる。

 ぺたんと尻をついて、呆然とするセシルは、置いていかれると思うと、はっとして、両手で宙を掻く。


「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。何でもいいですから!こんなところに置いていかないでください!」

 

 慌てて謝罪するが、青年は立ち去るわけではなく、しゃがみ込み、こちらに背を向けている。


「――どうした?乗れ。」


「……へ?」


 状況がわからず動けないセシル。

 痺れを切らした青年はセシルの腕を掴んで自分の首へ回し、勢いよく立ち上がる。

 きゃ、という短い悲鳴も気にせず、青年はセシルの足を抱えて背負い直す。

 しばし呆然としていたが、青年が自分の気持ちを汲んでくれたことが、セシルには意外だった。


 そして背負われていると、抱えられた足や、さして大きくもない胸が密着してることを意識してしまう。

 自ら望んだ状況に文句はないが、これはこれで居心地が悪い。

 先ほどまでは驚くほど冷たく、硬直した体だったのに、今は密着した背中や腕からは確かな体温を感じられる。

セシルは気恥ずかしさを振り払うように、青年に話しかける。


「――どこへ、向かっているんですか?」


 青年はセシルの急な問いかけにも、動じた様子はない。

 少し間があってから、青年は返答する。


「――目的地があるわけではない。魔物を探している。」

 

「――魔物、ですか。一体どんな魔物なんですか?」


 言いながらセシルは、嫌な予感が胸をよぎる。


「――蜘蛛だ。でかいやつだ」


 当たってほしくないセシルの予感は見事的中した。

 おそらくは、宿屋の店主が言っていたあれだろう。フィアーだ。


「だか、その前に少し休む。それにお前を連れたままでは戦えない」


 青年はセシルを文字通りお荷物である、と臆面もなく言い放つ。

 セシルは申し訳ない気持ちになり、か細い声で、――すみません。と俯く。


「――あ、でも休むのでしたら、いい場所があります。私が野営していた場所なんですが。荷物もそこにありますし…。」

 

「――どちらだ?」


 青年は立ち止まり、尋ねる。


「あっちです。そこに小川があって、下流に向かっていくとすぐです」


「わかった。向かおう」


 そう言うと青年は進行方向を変えて、再びセシルを背負い直し、歩き出した。



 ――――――


 

 2人が野営地に着いた時には、セシルの抜けた腰も正常に戻っていた。

 本当は少し前から歩けそうだったが、言い出すタイミングを掴めず、結局野営地まで運ばせてしまった。

 運ばせてしまった手前、到着してすぐに動き回るのも気が引けて、現在は天幕の側に座らされている。

 そして目の前にはこちらをジロジロと観察する黒髪の青年。


「――あの、なんでしょうか?」


「怪我は?痛む場所はあるか?」


 ――あ、心配してくれるんですね。

 青年の声からは微塵もそんな気配は感じないが、そう思うことにした。

 そうしてセシルは全身を確認する。

 腕や足、肌が露出していた部分に、切り傷擦り傷が多数。服の内側はトレントに締め付けられた痣がくっきりと残っている。

 

「血は止まっていますし、骨は折れていません。これくらいなら平気です」


「ならいい」

 

 セシルは青年に対して、まだ多少の警戒は残しているものの、助けられて、ここまで運んでくれた。

 そんな彼が今更セシルに、何かするつもりなどないことは分かりきっていた。


「――あの、ヴェルさん、でしたよね?」


「ああ」


「ヴェルさんは、私を助けてくれたんでしょうか?もしそうだとしたら、私とても失礼なことを……」


「――いや、いい。いつものことだ。」


「――でも!命の恩人に、私、剣まで向けて……」


 言葉にしてみると、申し訳なさと恥ずかしさが込み上げてくる。


「――とにかく、お前が死んでいないのならいい」


 セシルの言葉を遮るように短く言い放つと、ヴェルは背負っていた皮袋の中身を漁る。

 そして一本の瓶を取り出して、セシルに差し出す。


「――これは?」


「ポーションだ、飲め」


 ポーション。冒険者なら喉から手が出るほど欲しい高級品だ。マジックポーション、スタミナポーション、ヒールポーション。用途に応じて使い分けるものだが、銅級冒険者のセシルには、どれも縁のないものである。

 目の前の男は、それをくれると言うのか。

 

 ――だか、突き出した瓶をヴェルは不意に引っ込めた。

 

(――え、ひどい……)

 

 セシルは迎えた手のやり場がなくなり、意地悪をされた子供のように、涙が出そうになる。

 だがヴェルは意地悪をしたわけではなく、瓶に違和感を感じたようだった。

 蓋を開けて、中を覗き込む。そして何を思ったか、瓶を逆さまにしてしまう。


「ああ、そんなもったいな……」


 言い終わる前に、セシルにもわかった。

 ――瓶の中身は空になっていた。


「――ヒビが入っていたようだ。中身が溢れている。」

 

 言われてみれば、皮袋の底に水が染みたような跡が残っている。

 セシルを助ける際に割れたのだろう。

 重ね重ね申し訳ない気持ちになる。

 

 ヴェルは今にも泣き出しそうなセシルには目もくれず、再び皮袋を漁り、思い出したかのように何かを取り出した。


 (――あ、それって、さっきの)


 ヴェルが取り出したのは、先ほどのトレントから実った真っ赤な果実だった。


「――食え」


「――えっ?」


 差し出される果実。

 見た目は美味しそうだが、そういうことではない。


「――でもそれ、魔物から出たやつですし、ど、毒とかあるんじゃ……」


「ない」


 え、でも……とセシルがもじもじと受け取れないでいると、ヴェルは小さくため息を吐いて、果実に小さく齧り付く。


 (――うわぁ、すごく美味しくなさそう……)


 これまでヴェルは一切表情が変わることはなかったが、その果実に口をつけたとき、ほんの僅かにだが嫌そうな顔をした。

 その僅かな表情の変化こそが、逆にその果実の不味さを物語っているようだった。


 ヴェルは果実を飲み込み、一瞬間を置いて深く息を吐いた。

 

 そして果実をセシルに向かって放り投げると、2、3度手の中で跳ねてから、セシルの胸の前に着地した。

 セシルは両手で握った果実とヴェルを交互に見て、不安を露わにする。


「――毒はない」


 そうは言うが、先ほど死んで蘇った人間から言われても説得力などない。

 だが、手にとってみれば、その不安は消えていく。

 香りは芳醇で、今まで見てきたどの果実とも違う香りがする。

 さらには良く観察してみると、赤い果実は半透明で透き通っている。

 果実を通して向こう側が見えるほどだ。

 さらに太陽にかざしてみれば、その実は黄金のように光り輝き、神秘的で幻想的で、とてもこの世のものとは思えない。

 そんなものに、毒などあるはずがない。

 ましてや不味いなどと、どうやっても想像できそうにない。


 気づけば、セシルは果実に齧り付いていた。

 柔らかく歯を押し返す弾力。

 咀嚼するたびに口の中で弾ける果肉。

 喉を通るその時まで、口の中に残り続ける強烈な甘さ。

 そして訪れる、嚥下した後の喪失感。

 身体が次の一口を切望する。


  先ほど彼はこれを食べて、あんな嫌そうな顔をしたのか?

 セシルは先ほどとは全く違う意味で、果実とヴェルを交互に見つめる。


「――これっ!本当に美味しいです!」

 

「そうか」

 

「ヴェルさん、これ、本当に全部もらっていいんですか!?」


 言いながらセシルは、誰にも渡さんとばかりに、果実を抱きしめている。


「ああ、構わない」


 セシルは信じられないとという表情でヴェルを見て、それでいて食べるのをやめるつもりはない。

 ヴェルの方はすでに興味を失ったようで、小川の方へと歩いていく。


 それを眺めながら、セシルはなおも齧り付く。

 そして不意に全身に、痛みとも痒みともつかない感覚が駆け巡る。

 安らぎとも違う心地よさだ。

 そして、体の底から魔力が溢れ出る感覚に、まるで自分がふわふわと宙に浮いているかのような錯覚に陥る。


「えっ?えっ?なに?」

 

 突然の出来事に、何が何だかわからず軽くパニックになっていると、ヴェルが戻ってきて、セシルの手にそっと触れる。

 セシルは一瞬びくりと緊張すると、触れられた手が熱を持ち、なぜだがわからない羞恥の感情に飲み込まれる。

 感覚が鋭敏になっており、触れられた手にむずがゆいような心地よさを覚えて、思わず顔を赤らめる。

 

「――問題ない、じきに収まる」


 ヴェルはそれだけ言うと、また小川の方へ歩いて行ってしまう。


 (ふぇぇーーー……。)


 

 ――残されたセシルは彼に触れられた手を胸に抱き、羞恥の熱が引くまで、うずくまって悶え続けるのだった。



 ――――――



 ――迂闊だ。

 現在の状況を端的に表せば、迂闊、その一言に尽きる。

 目を覚ましたセシルは、音を立てないように周囲を観察する。

 ――こんな状況で、眠ってしまうなんて…。

 今セシルは寝床に横になり、毛布までかけられている。

 夏が近いとはいえ、森の中は涼しく、ひんやりとした風が吹いている。

 そして視線の先には、件の青年、ヴェルもいる。

 目の前には、セシルが起こした焚き火の炎が、今まさに消え入ろうとしている。

 ついさっきまで、薪がくべられていたのだろう。


 (――ヴェルさんも、眠っているようですね)


 直前までは、見張りをしてくれていたのだろうが、現在は静かな寝息が聞こえる。

 それもそうだ、彼とて、魔物に襲われ、そしてセシルをここまで担いできたのだ、疲労がないわけがない。

 ぐーすか眠っていたセシルに、彼を責める権利などあるはずもない。


 (それにしたって、さっき会ったばかりの男の人の前で眠るなんて……うぅ)


 セシルが冒険者になってから2年ほど。

 当初こそ色んな失敗をした。

 だが、ここまで油断しきった自分など、どこを探しても見当たらない。

 思えば、あの果実を食べてから、セシルの様子はだいぶおかしかった。

 返事のないヴェルにしきりに話しかけて、しまいには拗ねて不貞寝するなんて。自分の行動が信じられない。

 ――あの果実、味こそ至高のものだったが、気分を高揚させるアルコールのようなものが含まれていたのだろうか?

 なんにせよ、恥ずべき失態だ。

 ただ、幸いに彼は寝込みの女を襲う趣味はなかったようで、何事もなく目を覚ますことができた。


 そして気になったのが、自らの有様だ。

 服はボロボロで、顔も体も土まみれだ。

 よくこの状態で眠れたものだと、またしてもセシルは過去の自分を呪う。

 セシルは静かに起き上がり、音を立てないように小川へ向かって歩き出す。

 現在陽は傾いているが、夜にはまだ時間がある。

 静かに水面を覗き込み、己の顔を確認してまた絶望する。

 少々顔を洗ったくらいではどうにもならない状態だった。

 セシルはヴェルの方を向き、起きる気配がないのを確認して、服を脱ぎ出す。

 ボロボロの服は後で着替えるとして、下着姿になり、水の中へゆっくり歩いていく。

 腰の深さまで歩いていくと、そこから一気に水の中へ潜る。

 セシルの髪に塗られた灰色の香油が溶けて、広がっていく。

 そのまま土や乾いた血を洗い流し、全身の汚れを落とす。

 

 そして再び水面へと顔を出す。

 琥珀色の陽光に、透き通る銀色の髪が、飛沫を散らす。

 見る者が見れば、さぞ幻想的な光景だろう。

 絵画にでも残して、飾っておきたいほどに。

 

 ――ただし、それを見ているのが、感情の欠落した無感動で無表情の男でなければ、だ。


「…………。」


「……………………。」


 流石のセシルも、羞恥のあまり悲鳴を上げるなどという愚は犯さなかった。


 口をぱくぱくと開けては閉じて、何を言えばいいのかわからない。

 ただひたすらに視線だけが交わり続ける。

 せめてヴェルの方から、何かしらの行動を起こしてくれないか、というセシルのささやかな願いは、叶うことはなかった。


「――あの、は、恥ずかしいので、向こうを向いていてもらえませんか……?」


「わかった」


 ヴェルは短い返事と共に、セシルの言葉に従う。

 セシルはいそいそと川から上がり、布で体を拭い、急いで着替える。

 せっかく冷水で清めた身体が、今にも沸騰しそうなほどに、羞恥で赤くなっていた。


「……もう、大丈夫です」


「そうか」


 こちらに向き直るヴェルの顔は、殴りたくなるほどに無表情だった。


「――すみません。お見苦しいものを…。」


 もう感情がいっぱいいっぱいのなか、それだけを口にすると、


「構わない」


 これである。

 セシルは硬く握った拳を静かに下ろし、何か話題はないかと、視線を彷徨わせる。

 結局話題は見つからないまま、どうしようもない情けなさだけが胸に渦巻く。


 するとヴェルは急に立ち上がり、足早にこちらへと向かってくる。

 驚いて後づさるセシルの腕を強引に掴むと、力任せにに引っ張る。


「立て、こちらだ」


 そのまま小川へ飛び込み、対岸まで走って渡る。

 そして先ほどまでセシルたちがいた場所を振り返る。

 何が何だかわからないセシルは、とりあえずヴェルの後ろへと隠れ、様子を伺う。

 そしてすぐに、それは来た。

 無数の黒い影が地面を覆うように現れた。

 それは次の瞬間セシルの荷物と天幕を音もなく飲み込んでいく。


「――あれか」


 ヴェルの言葉にセシルは、ついに出会ったしまったと悟る。

 夥しい数の蜘蛛の群れ。

 そしてその奥に、八つの眼光が光る。


 ――恐怖の怪物、死糸を織るデスウィーバー




改行が少なく、少々読みづらいかもしれません。

以後改善します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ