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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


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4/12

常識と非常識



 セシルは枝をかき分け、息を切らしながら、森の中を駆け抜けた。

 まもなく息が続かなくなり、その場に崩れるように座り込む。

 そして近くを流れる小川まで這っていき、手のひらで水をすくう。

 渇ききった喉に、強引に水を流し込む。

 終いには、小川に顔を突っ込み、溺れるように水を飲む。


「――はぁ、はぁ……。」


 ひとしきり水を飲んだあと、顔をあげ、水面に映った自分を見る。

 ――酷い顔だ。とても誰かに見せられる状態ではない。

 そんな中、自らの状況を顧みる。


 ――あれはなんだったのでしょう。


 昨夜の自分は、おそらくあの妖精に誘われて崖から滑落したのだろう。

 そしてその下にいたのが、おそらくはあの魔物。

 セシルが目を覚ました時には、特に動いている様子はなかったが、おそらくはトレントだったのだろう。

 そのあと訳もわからず逃げ出してしまった。


 セシルは立ち上がり、小川に沿って歩き出す。

 しばらく歩くと、開けた場所にでた。既視感がある。

 ――昨夜、セシルがいた野営地だった。

 セシルは小走りに駆け寄り、自分の荷物を確認した。

 幸い荒らされた様子もなく、昨夜のままの状態で残っていた。

 微かにだが、鳥の鳴き声や小動物の気配も感じ取れた。

 セシルはほっと胸を撫で下ろし、座り込む。

 膝に顔を埋めて、しばし気持ちを落ち着ける。


 ――あのひとは、何を思ったのでしょうか。


 先ほどセシルの腕を掴んでいた黒髪の青年を思い出す。

 セシルは掴まれていた左腕をみる。

 青年の手の形のまま、痣になっている。

 青年もトレントに襲われて、意識のないセシルに助けを求めたのか、それともセシルを助けるためにあの場にいたのか。


 (やっぱり、私を助けるために……。)


 セシルはもう一度左腕を見る。

 そもそも、あの青年にはあれだけ根が絡みついていたのに、セシルには一本も巻きついていなかった。

 おそらく青年が捕まる前に、トレントから引き抜いてくれたのだろう。

 そして腕を掴むことによって、セシルの魔力が枯渇しないように、自らの魔力を流し続けていたのかもしれない。

 でなければセシルはもっと衰弱していたはずだ。


 (――やっぱり、このままにはできません)


 セシルは立ち上がり、荷物を漁る。

 油と松明、そしてロープを取り出し、短剣を腰に履き、歩き出す。


 昨夜辿った道をしばらく進むと、崖が見えた。

 平時のセシルであれば、こんな場所から足を踏み外すことなどまずない。

 やはり、昨夜の自分は普通ではなかったようだ。

 あの妖精についても気になるが、今はそれより青年のところに戻らなくては。

 自分を救ってくれたかもしれない人間を、あのまま放置などできない。

 崖上から下を確認し、近くの木にロープを結び、崖下まで垂らし、静かに降りていく。

 するりと地面に降り立ったところで、セシルは小さく呪文を詠唱し、松明に火をつける。

 物陰から頭だけを出して、先ほどまで自分がいた場所を確認する。


 (――あれは、本当にトレントなんでしょうか?)


 セシルもトレントの存在は知っている。図鑑で見たこともあるし、実際に遭遇したこともある。

 だがその記憶のどれとも、目の前の"それ"は一致しなかった。


 (――大きい、ですね)


 ざっと目で測っただけでも、10メートルはありそうだ。

 今降りてきた崖と同じくらいはあるかもしれない。

 そして、その青々と茂る枝や葉は、わずかに発光している。

 少々薄暗いとはいえ、陽が昇った今でもそれが確認できる。


 セシルは近く落ちている小石を拾い、トレントのすぐそばに向かって軽く放る。

 流ゆらかな放物線を描き、トレントの近くに落ちて転がっていく。

 コツンと地表に飛び出した根のひとつにぶつかり止まる。

 トレントの反応はない。

 セシルは松明をかざしながら、ゆっくりと近づき、死体のすぐそばまでやってきた。

 先ほどはあまりよく見ていなかったが、黒髪の男性で、種族は…よくわからない。だが腕にはめられたそれは、冒険者の認識表。

 装飾や、はめ込まれた宝石から、明らかにセシルよりも高位の冒険者であることがわかる。


 (――私のせいで、こんな……、)


 涙で視界が滲む。

 悔しさか、情けなさか、申し訳なさか。


 セシルは近くに松明を立てて、袖で涙を拭い、青年の腕を引っ張る。

 全身を絡め取られた青年の身体は、容易には引き抜けない。

 細い根から順に引っ張ってその拘束を緩めていく。

 そしてある程度隙間ができたところで、再度腕を掴み、引っ張る。


 ――その時、掴んだ腕が一瞬ぴくりと動いた気がした。


 セシルは硬直する。

 そしてすぐさま警戒する。トレントがまた動き出したのかもしれない。

 獲物を獲られそうになっているのだ、トレントとしても看過し難いだろう。

 そして、それ以上の動きがないのを確認して、青年の体を一気に引き抜こうと力を込める。


「――おい」


 不意に声をかけられる。セシルはびくりと体を震わせ、反射的に後ろを振り向く。

 ――だがそこには誰もおらず、風が通り抜ける音だけが響く。

 そして、掴んでいた青年の腕が、セシルの腕を掴み返してきた。

 驚いて視線を前方に移すと、うつ伏せのまま、首だけを起こした状態の青年と目が合った。


「――おい、何をしている」


「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 セシルは掴まれた腕を振り払い、転がるように後ろへ下がる。

 すかさず短剣を引き抜き、這いずる青年に向ける。


「――静かにしろ。あれを刺激するな」


 まるで今起きたとは思えないほど落ち着いた声だった。

 だが、気だるげな様子でかけられる言葉も、セシルの耳には届いていない。


 トレントに魔力を吸われて、脈もなく、冷たくなっていた体。あの状態で、生きているわけがない。


 ――Living Deadリビングデッド


 昔読んだ本に、そういった魔物の記述があったことを思い出す。

 いわゆる、ゾンビだ。


「……はぁ。」


 青年は小さくため息を吐く。

 震えて奥歯をガチガチと鳴らすセシルを無視して、立ち上がる。

 そしてトレントに向き直り、その様子を観察している。

 周囲を歩き回り、木の幹に手を触れて何かを確かめている。


「――…な…………くか?」


 ぶつぶつと呟く青年の声はセシルには届かない。

 青年は何かを探すようにゆっくりと空をふり仰ぐ。

 そして上から、七色の光がゆったりと青年の元へ降りてくる。

 そして青年の周りを、くるくると嬉しそうに回るとトレントのそばに来て、淡く明滅する。


 (――これは、一体……)


 セシルは青年に完全に無視されたまま、ちょっぴりほんわかとした、妙に緩い不思議な空気の中、ぽつんと取り残されていた。



 ◇


 

「――静かにしろ、あれを刺激するな」


 目の前で騒ぐ少女に、ヴェルはぴしゃりと言い放つ。

 そして、拘束の緩んだ根っこから、ぶちぶちと細い根を引きちぎりながら強引に這い出る。

 少女は怯えながらこちらに剣を向けて固まっている。

 ――知ったことではない。

 生きているならそれでいい。

 その後、彼女が何をしようと、どうでもよかった。


 ヴェルはトレントの周囲を観察して、魔力の流れを辿る。


「澱みは、消えているな。――これで満足か?」


 ヴェルは、近くにいるであろうあの妖精に向けて、話しかける。

 すると上から降りてきた妖精は、ヴェルにまとわりつき、やがて離れていった。

 ――満足したのだろう。それよりも、最初に発見した時よりも、トレントがさらに大きくなっている。

 死にかけだったはずだが、今は枝葉は青々と茂り、花まで咲いている。

 そして花から溢れ出る魔力は視認できるほどで、光り輝いているようにも見える。


 (――魔物の成長を助長してしまったか?)


 ヴェルはそれ以上は考えず、あとは知ったことではないと、その場を去ろうとする。

 だがその行手を、一本のトレントの枝が遮る。


「――まだ、何かあるのか?」


 目覚めた時点で日は高く昇っている。だいぶ長く寝ていたようだ。そのためすぐにでも本来の依頼に戻るべきなのだが、

ヴェルを遮る枝の先に、小さな蕾をつけている。

 そしてその蕾は、みるみるうちに花が咲き、最後に赤い果実となった。

 ヴェルがその果実を手に取ると、実はひとりでにヴェルの手の中に収まった。

 行手を遮る枝もなくなり、振り返れば、トレントがさらさらと音を立てながら静かに揺れていた。


 ヴェルは再び歩き出す。

 

 ――あとの問題は助け出したあの少女をどうするか、だ。

 


 ◇


 

 ――青白く不健康な顔色の男が、ゆらゆらと陽炎のごとくセシルに近づいてくる。


「――来ないでください!」


 セシルは震える指先に力を込め、定まらない剣先をなおも青年に向ける。

 セシルの言葉に青年はぴたりとその場で動きを止める。

 そしてお互い睨み合ったまま、たっぷり1分以上もその場で動きを止めていた。

 剣を持つ手もだんだんと痺れてきた。

 ――どうしたらいい。

 先ほど驚いて尻餅をついた時から、正直に言って腰が抜けている。

 足に力が入らず、立ち上がることすらできない。

 目の前には、動き出した死人。

 一度死んで再び立ち上がる。

 それはおそらくはパラサイト《寄生生物》の類、もうすでに元の人格はなく、怪物となっているに違いない。

 ――などとセシルが絶望の淵に立たされているとは知らぬまま、目の前の青年は、ため息を交えた声で一言告げる。


「――まだか?」


 急に青年からかけられた声に、セシルは警戒を強める。


「――なにが、です…か?」


 セシルは震える声でかろうじて会話を試みる。


「――俺はその先に用がある。来るなというなら、どいてくれ」


 セシルの後ろの方を指差しながら青年が告げる。

 セシルは青年から目を離さない。

 青年の言葉は無機質だが、どこか苛立ちのようなものを感じられ、セシルの頬に冷たい汗が伝う。

 ――それに動けるものならとっくに逃げ出している。

 それができなくてこんな状況になっているのだ。


「――できない、と言ったら?」


 精一杯の強がりをセシルは口にする。


「――なら、こちらから行く」


 青年の言葉にセシルは覚悟を決め、短剣を両手で握り直す。

 青年の足音が響く。

 セシルは思わず目を瞑って己の最後を悟る。


 ――だがいつまで経っても、その時は訪れない。


 それどころか、青年の足音は離れていく。

 恐る恐る目を開けると、青年はあさっての方向へ歩き出していた。


「――へっ?」


 思わず間の抜けたこえが漏れたセシルだったが、青年は振り返りもしない。

 そのうち、茂みの中へガサガサと入っていき、周囲の草や蔓に鬱陶しそうにナイフを振るう。


「――ちょ、ちょっと待ってください!」


 状況を脱したにもかかわらず、セシルは思わず声をかけてしまった。


「――何だ?」

 

 青年は首だけで振り返り、変わらず無機質な声で返答する。

 セシルは自分で声をかけたにもかかわらず、何を言えばいいのかわからない。咄嗟に出た言葉は、


「――ど、どこへ行くんですか?」


 引き止めてしまった。

 青年は再びセシルの後ろの方を指差し、告げる。


「――あちらだ、お前が来るなと言うなら、こちらから回っていくしかあるまい」

 

 ――青年の言葉を、セシルの頭は理解を拒んでいる。


 だが、冷静に判断すれば、青年はこちらの言葉に従っていただけ?

 来るなというから立ち止まり、どかないと言ったから、回り道をすると言っている。

 頭の中を寄生された化け物が?

 そんなわけない、だが会話は成立していた。

 ぐるぐると思考がから回るなか、青年はなおも茂みをかき分けて進もうとする。


「――ですから、ちょっと待ってくださいよ!」


 思わず叫んでいた。

 青年は、渋々と言った様子で、茂みをかき分けて戻ってくる。

 そして先ほどと同じ場所で立ち止まる。


「――何だ?用があるなら言え」


 呼び止めておきながら、何も言わないセシルに、青年から急かすように促される。

 聞きたいことは山ほどある。

 だが何から聞いたらいいのかわからない、その中で絞り出した言葉が、


「――あなたは、何なんですか?」


 抽象的な質問になってしまった。これでは青年も答えづらいかもしれない。


「それが用か?――俺は、ヴェル。何でも屋のヴェルだ。」


 唐突に始まる自己紹介。

 いや、セシルの方から訪ねたのだから、唐突ではないが、聞きたかったのはそういうことではない。


「――いえ、そうではなくて、あなたは、先ほど死んでいたはずです。どうして動けるんですか?」

 

 セシルの問いかけに、青年は少し考えてから短く告げる。


「知らん」


「――え、し、知らんって、……人間は普通死んだら生き返ったりしません!」


「――だろうな」


 青年は、何の感情もなくただ事実のみを告げる。


「――普通の人間は死んだら生き返らない。……ならば普通の人間ではないのだろう、そもそも人間かどうかすら、俺にもわからん」


 セシルは、青年の言葉を何とか飲み込んで、続ける。


「――でしたら、あなたは以前にも今みたいに死んだことがあるんですか?」


「――ああ、よくある」


 理解を拒み続けるセシルの頭は、許容の範囲を超えて、恐怖の感情の振子がくるりと一周まわった気がした。


「――もういいか?俺は依頼がある。時間もない」


 だからだろうか、得体の知れない"何か"にこんなことを頼むなんて。


「――あ、あの、私も……連れて行ってくれませんか?」


 青年は少しだけ考えて、短く一言。


「構わない」


 青年は背を向けて歩き出す。

 だが今度は、振り返りセシルに問う。


「どうした?早く来い」


 青年の言葉に、セシルは羞恥に顔を赤らめて、ぽそぽそと言葉を紡ぐ。


「――あ、あの、実は腰が抜けて、歩けなくて……」


 ――青年は今日一番のため息をこぼした。

 そして何の躊躇もなく少女を担いで、足取り重く歩き出した。

 


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― 新着の感想 ―
Ep1を読んだ時はセシルは少し腕が立ちそうな予感がていたんですがこういう展開は少し意表を突かれました。 久しぶりにこの先の展開が面白そうな作品に出会いました。
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