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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


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3/12

何でも屋と妖精



 風のない静まり返った森の中を、地を踏み締める音だけが響く。

 木々の枝葉に遮られ、月のあかりも届かない。足元を見ていても何かに躓きそうになる。

 ヴェルは歩きながら、時折右手に持った黒曜石のナイフで木に印を刻んでいく。

 地図は頭の中に入っている。だが、森の中に入ってしまえば、地図など役に立たない。

 そもそも自分がどこにいるのかさえ、すでにわからなくなっている。

 かなり歩いてきたと思うが、それらしい痕跡は発見できていない。

 あの少年の話では昼間に冒険者が1人、森へ入っていったのだという。

 

 ――魔物に遭遇していれば、まず助からないだろう。


 もし見つけたら、装備や認識表だけは回収してやれ、とは言われているが。

 相手がフィアー級の魔物であれば、それすらも難しい。

 ヴェル自身も経験があり、知っている。

 魔物の大半は人を喰う。大型の魔物に襲われれば、痕跡など残らない。

 ヴェルの腕にはめられている黒曜石の認識表も、幾度となく再発行されている。

 いくつ無くしたのかは、もう数えていない。

 ギルドの受付は再発行のたびに呆れた顔をしていた。

 少々疲れた顔で笑っていたあの受付は、はたしてどんな顔だっただろうか。


 ――依頼に関係のないことを考えている。

 集中力が切れているようだ。少し休んだほうがいいかもしれない。

 ヴェルが森に入ってから、すでに数時間が経過している。

 その冒険者が昼間に森に入ったのなら、距離的にはこのあたりで野営をしていてもおかしくはない。

 ヴェルは休める場所を探しながら、闇の奥地へと目を凝らした時、


 ――月が、降りてきた。


 暗闇に慣れた目には眩しすぎる光が網膜を焼き、ゆったりとした動作で目を覆う。

目を閉じて、もう一度開く。

 ――違う。月ではないようだ。

 月の光と見紛う七色に光るそれは、


「――妖精、か。」


 ヴェルはそれの名を口にして、浅く息を吐く。

 妖精については、ロックから聞いたことがある。

 ヴェルも以前に一度だけ遠目に見かけたことがあった。

 ロックが言うには正直、関わらないほうがいいという。

 妖精の実態は未だ解明されておらず、謎が多い。


「お前に構っている時間はない。どいてくれ」


 ヴェルは構わず歩き出す。

 すると妖精はヴェルの行手を阻むように浮遊する。

 進行方向を変えようとしても、回り込まれる。


「…………。」


 妖精とは、多くの場合は幸運や吉兆の兆しだと言われている。

 だが、実際に遭遇した者が必ずしも幸運になるとは限らない。

 ロックの話では、あれは善悪のわからない子供のような存在らしい。

 善意も悪意もこちらにとっては等しく同じものだと言う。

 ゆえに、関わるな。とのこと。

 再度進行を試みるが、妖精の方も諦める様子はない。

 ヴェルは、先ほどよりも深いため息をひとつこぼすと妖精に問いかける。


「――どこへ連れて行きたいんだ?なるべく、手短に頼む」


 言葉は通じているのか、七色の光がまるでうなづくようにゆらめいた。そして

 ゆっくりとヴェルから離れ、少し先の方でぴたりと止まる。


 (――ついてこい、ということか。)


 ヴェルは近くの木に印を付けてから、妖精の後を追って静かに歩き出した。


――――――


 妖精の後を追って歩いていくと、程なくして周囲に異様な雰囲気を感じ取った。

 魔力が絡まり、停滞し、澱んでいる。


「――やはり、罠か」

 

 これを感じる時、いつも良くないものがそこにいる。

 ヴェルは少しだけ警戒を強める。――何かが蠢いている。例の蜘蛛だろうか。

 ヴェルは近くの木に背を預け、覗き込むようにその奥を確認する。


 ――そこにあったのは、力無く佇む、枯れた一本の木だった。


 ヴェルは澱みの発生源の枯れ木を観察する。

 青々と茂る木々の中、その枯れ木だけが周囲からぽつんと浮いていた。

 根は地表に飛び出し、しきりに何かを探すように蠢いている。

 しばらく観察したのち、


 (――トレントか)


 そう結論づけた。ただし、ヴェルの知るトレントとは些か趣が異なる。

 トレントは木の魔物で、周囲の木々に擬態し、通りかかった獲物に襲いかかる厄介な魔物だ。


(――擬態できていない。それにしきりに何かを探すように動き回っている。弱っているのか)

 

 そしてもう一つ、ヴェルの知っているトレントとは決定的に違う点があった。


 (――でかい。)


 そう、通常の個体は大きくても2mか3mほど、だが目の前の個体の大きさは、5mはゆうに超えているだろう。

 そしてその下に蠢く根っこには、灰色の何かが絡みついているのに気がつく。――よくよくみてみれば、灰色の髪をした人間のようだ。

 

 (あれがおそらく昨日森へ入ったという冒険者だろう)

 

 ぐったりと投げ出された手足に、トレントの根が容赦なく絡みついている。

 トレントのそばで妖精はふわふわと明滅している。


 (あの冒険者を助けろということか?それでここまで案内を?)


 ヴェルは一瞬考えたが、自らに都合がいいように捉えるのは危険だ。

 だが、それはそれとして、あの冒険者の安否くらいは確かめねばならない。


 『――人を助けなさい。null 』


 その時ふと頭の中で、誰かの言葉が蘇る。

 赤い髪の……、思い出せない。


 まぁいい。今はどうやってあの冒険者を助けるか、考えねばならない。

 ロックから聞いたトレントの対処法としては、多くの場合火を使う。油を撒き、火を放つ。それだけでトレントは死ぬか、逃げる。

 だがあいにくと、火をつける道具は手持ちにない。

 それに捕まっている冒険者ごと焼き殺しかねない。

 ヴェルは仕方なく取り出した黒曜石のナイフを、腰のベルトに挟みゆっくりと近づいていく。

 音を立てないようゆっくりと歩く。

 はたして、目や耳のない木の魔物に対し、“静かに歩く“行為に意味があるのかはわからない。

 それでも、今できることをやる。それだけだ。


 あと数歩でのところまで来たとき、倒れているのは猫の耳をした灰色の髪の少女だとわかった。

 そして、わずかに膨らみのある胸は、微かにだが上下に動いている。――死んではいないようだ。

 だが呼吸はかなり浅く、顔色も悪い。

 おそらくは長い時間拘束され、魔力を吸い取られているようだ。

 そして、もう一歩踏み込んだ際、足の裏に硬い感触を覚える。


 その瞬間、地中に隠れていたトレントの根が一瞬のうちに現れ、ヴェルの足を絡めとる。

 ヴェルはそのまま引き倒され、地面に頭を強く打ち付けた。

 そのままずるずると根元まで引きづられていく。

 想定とは違ったが、幸い倒れている少女の近くまで来ることはできた。

 ヴェルは、彼女の力なく投げ出された腕を硬く掴み、どうしたものかと、思案する。

 その間もヴェルに絡みつく根の数は増え続ける。

 彼女に巻きついてるものより、明らかに過剰である。

 ヴェルを最上の獲物と認識したらしい。


 (――これで彼女の負担が少しでも減るといいが)


 絡みつく根はヴェルの全身を覆い尽くすのに然程の時間はかからなかった。

 終いには彼女に巻きついていた根もヴェルの方へと狙いを定めたようだ。

 ついには首にも根が絡みつき、だんだんと窒息していく中で、硬く握りしめた腕だけは離すまいとして、ヴェルの意識は静かに溶けていった。


 

 

 

 セシルは全身に酷い倦怠感を覚えながら、目を覚ます。

 視界に映るのは木々の間から見える、嫌味なほど清々しく晴れた空。

 寝そべっているのは硬い地面。

 全身は傷だらけで、泥に塗れている。

 セシルは昨夜のことを思い出し、ハッとした表情と共に体を起こす。

 その時に左腕が何かに引っかかり、再び地面へと倒れ込む。

 

 ――セシルの腕に絡みついたものは、青白い人間の腕だった。


 その状況に背筋がゾッと寒くなり、悲鳴も上げられないほど恐怖し、硬直する。


 腕を引き剥がそうと、恐る恐る触れてみる。

 とても冷たい手で脈はなく、間違いなく死人の腕だとわかる。

 そして、死後に硬直したのか、硬く握られた腕はなかなか外すことができない。


 セシルが腕を外そうとした時ふと気づいた。

 腕の先は木の根に埋もれているが、それが人外の存在ではなく、元は生きていた人間のものだとわかった。


 (――あれ、でもこの腕……。)

 

 そしてセシルは、この腕は自分を襲おうとしたのではなく、逆に助けようとしていたのでは、と気づいた時、先ほどとは違う意味で背筋が冷たくなる。

セシルは恐る恐るその腕の先を確認する。

 

 根の隙間から、その腕の持ち主の全身が見えた。


 ――それは、大小様々な、おびただしい数の根が絡みつき、完全に息絶えている青年の姿だった。


「いやああああああぁぁっ!」


 そして、セシルの悲痛な叫びが静かな森に響き渡った。




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