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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


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11/12

何でも屋と冒険者


 とてもいい陽気の昼下がり、セシルはあくびを噛み殺しながら、退屈を紛らわすために本を読んでいた。


 セシルはカウンター越しにちらりと目を向ける。

 そこには柔らかいソファに腰を沈めるヴェルの後ろ姿があった。


 今日は特に用事もないようで、朝からずっとあの状態だ。

 ――腰が痛くはならないのだろうか?

 セシルが時より話しかけても、一言、二言返ってくるのみで、会話はあまり弾まない。

 ついには話題も尽きて、セシルも借りてきた本に没頭する。


 しばし沈黙の時間を経て、店の扉がノックもなく無遠慮に開け放たれる。


「――おう、いるか?」


 勝手知ったる我が家のように、ずかずかと中に入ってくるのは、赤い鱗の蜥蜴男。


「いらっしゃいま……あ、ロックさん。こんにちは」


 セシルの声にロックは片手をあげて返事をすると、

 ヴェルの正面に腰掛け、軽口を叩く。


「――へっ、今日はちゃんと生きてたな。その様子じゃ特に依頼もねぇみてぇだな」


 言いながらロックは、ヴェルの前に置かれたティーカップに目を落とす。

 セシルが朝に、試しに出してみたのだが、手をつけられた様子はない。

 お茶はすっかり冷めてしまい、寂しげにテーブルのオブジェと化している。

 ――まぁ予想はしていた、だが実際に目の当たりにすると地味にショックであった。


「茶なんかあったのか?――いや、あんたが買ってきたのか。悪いが、俺にも一杯もらえねぇか?」


「あ、はい!もちろんどうぞ」


 セシルがぱたぱたと、お茶の準備を始める。

 ロックは返事のないヴェルに世間話をしている。

 だが、ロックが世間話をするためにここにくることはない。

 何かしらの用事があるのだろう。


 セシルがロックにお茶を出すと、ロックは礼を言い、口をつける。


「――ヴェルさんのも入れ直しますね」


 セシルがヴェルのカップを下げようとすると、ロックがそれを止める。


「あ?お前ぇせっかく入れてもらったんだろうが。ちゃんと飲め」


「……ああ、そうだな」


 ロックに言われて、ヴェルはすっかり冷めてしまったカップを手に取り、それを飲み干した。


「ああ、いえそんな。私が勝手に入れただけですし……」


 セシルが言い切る前に、ヴェルは空になったカップをテーブルに戻す。


「――礼くらい言ったのか?」


「…………。」


 無言のヴェルにロックはやれやれといった態度で促す。


「ああ、ありがとう」


 ただ言わされただけのお礼になど、なんの意味もなかったが、セシルはそれでも嬉しかった。


「これから毎日入れますから、嫌じゃなければ飲んでくださいね!」


 ヴェルからの返事はないが、沈黙を肯定と受け取ったセシルは、少し弾んだ耳と尻尾を振りながらキッチンへと引っ込む。


 ロックがお茶を飲み干した後、いつもの如く仕事の話を始める。


「仕事だ。だが今回は珍しくギルドからの依頼だ」


「ギルド……」


 ロックの言葉にはセシルが反応する。


「ギルドからの指名の依頼ですか?」


「ああ、こいつも一応冒険者だからな、たまにそういうのがくる」


 セシルはヴェルの腕にはめられた冒険者の認識表に視線を落とす。


「そっか、でもヴェルさんの認識表って、私のとは違いますよね?」


 ヴェルの腕輪には黒曜石がはめられており、鈍い光を放っている。

 普通の冒険者の認識表は、鉄、銅、銀、金の順で序列が決まっている。

 セシルは銅級の冒険者だが、ヴェルの認識表はそのどれにも当てはまらない。

 セシルの疑問にロックが答える。


「ああ、こいつはオニキス級だ。金や銀とは別枠だな」


「そんな階級があるんですね。知らなかったです」


 セシルは、銀や金の冒険者など縁がなかったため、よく知らない。

 セシルがロックに続きを促すと、俺の情報は高ぇぞ?と茶化しながら続ける。


「一般的には銀や金の冒険者ってのは、それなりの時間をかけて、ギルドから信用を得てなるもんだ。」


 ロックの得意気な高説に、セシルはふむふむと相槌を打つ。


「だか、時折それをすっ飛ばす奴がいる。それが宝石の名を冠する冒険者だ。――よく聞くのはルビー級、サファイア級、エメラルド級あたりだな。それぞれ魔法や魔術、知識と研究、治療に優れた奴らだ」


「私は聞いたことなかったですね」


 セシルの言葉にロックが続ける。


「一つのギルドに2〜3人はいるもんだが、表にはほとんど出てこない連中だ。まぁ要するに専門職ってやつだ」


 セシルはロックの説明にふーんとだけ返し、1番聞きたかった部分に触れる。


「それで、ヴェルさんのオニキスっていうのは、どんな依頼が来るんですか?」


 セシルの問いにロックは、まるで自分のことのように続ける。


「ギルドでのこいつの専門は、調査、探索、採集だ。その分野のエキスパートってわけだ。」

 

「――エキスパート……」


 セシルは、失礼な視線を気取られないようにヴェルを見る。

 ――エキスパート、という言葉がこれほど似合わない人も珍しい。

 でも言われてみればそうだ。

 ヴェルは体質的に死なないのだ。危険な場所の調査や探索に、彼ほど適任な者はそういないだろう。


「まぁこいつの場合は、ほぼ在籍してるだけだがな。こっちから依頼を受けに行くことはない。逆にギルドから依頼されて仕事を受けるんだ。だから冒険者っつーより、"冒険屋"だな」


 なるほど、冒険者として名をあげていれば、なんでも屋としても依頼を受けやすくなるのか。

 ――とセシルは思い至ったが、実際のところはこの店に依頼など来ていないので、なんとも言えない。

 

「まぁ、そういうわけで今回の依頼は、遺跡の調査だ」


 ロックは無駄話は終いだ、と言わんばかりに本題に入る。


「――遺跡の調査、それでヴェルさんを指名の依頼ってことは、もしかして……」


 ロックは、セシルが思い至ったことを察して言葉にする。


「――ああ、ダンジョン探索だ」


 ダンジョン探索!

 なんと心踊る言葉だろうか、セシルとて冒険者の端くれだ。

 駆け出しの冒険者ならば、誰しも一度は行ってみたいと思う場所――それがダンジョンだ。


「あ、あの、それってもしかして、私も一緒に行けたりするんでしょうか?」


 セシルはおずおずと小さく挙手し、ロックへ提案を試みた。


「ダメだな。未踏のダンジョンなんざ、基本国の管理で機密だらけだ。経験と実績のある奴にしか依頼は来ねぇ」

 

 ロックの容赦ない言葉にセシルは、あうっと額を小突かれたように僅かにのけぞる。

 セシルの淡い希望を、一瞬にして打ち砕いたロックは、さらなる追撃を開始する。


「そもそも、この依頼はオニキス級冒険者のヴェルに来たもんだ。街に来て日が浅い冒険者に、任せられる仕事じゃねぇ」


「……ですよね、わかってました」


 目に見えてしゅんと俯いたセシルは、ロックが口の端をニヤリと歪めたことに気づかない。


「――普通は、な」


「え?」


 その声にセシルは顔を上げ、ロックの表情を見て、また弄ばれたのだと気づく。


「ククッ、そういうだろうと思ってな。なんでも屋の従業員として、今回は俺が推しといた。――同行者は嬢ちゃんに限り許可が下りてるぜ」


 なんということだ。

 弄ばれたことは腹ただしいが、そんなことは些細な問題となった。

 夢にまで見たダンジョン探索に同行できる!

 駆け出しの冒険者にとって、これほど嬉しいこともない!


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」


 セシルは素直にお礼を言い、高まる気持ちを抑えられない。


「ダンジョンってことは、魔物を倒して宝箱を見つけたり、仕掛けを見破って、隠し通路を見つけたり、伝説の武具や珍しい魔道具なんかがあるんですよね!?」


 セシルの剣幕にやや気圧されながら、ロックはなぜか天井の方に視線を向けると、少し申し訳ないような表情で答える。


「あ、ああ。まぁ間違っちゃいねぇが……そりゃあれのこと言ってんのか?」


 ロックはカウンターに置かれた一冊の本を指差す。

 セシルはキラキラと目を輝かせながら、ぱたぱたカウンターへ走り本を持ってくる。


「そうです!伝説の英雄ギルバートの冒険譚です!」


「そりゃ空想の……まぁいいや、行ってみりゃわかる」


 ロックは少々気まずそうな顔で、言葉を濁す。

 ロックとて、純粋な子供が描く夢を、意地悪く壊す趣味はない。

 

「まぁそういうことだ。だから嬢ちゃんも準備だけはしっかりしていけよ。――前の装備はぼろぼろになってたろ?新しいのを買ったほうがいい」


「あ……。」


 ロックの言葉に、セシルは1番大事なことを思い出す。

 セシルは今、装備がないのだ。

 せっかくダンジョンに行けるというのに、丸腰ではどうにもならない。

 ヴェルの店で働いて(?)から、きちんと日当はもらっているが、それでは全然足りない。

 セシル程度の冒険者でも、装備はそれなりに気を使っていた。

 とても数日働いただけで買い揃えられるものではない。

 セシルはまたしても、残酷な現実に打ちひしがれる。


「あ?金がねぇのか。なんでだ?もらってねぇのか?」


 ロックが続け様に疑問を呈する。


「いえ、お給金はちゃんともらっていますが……」


「それじゃねぇ、討伐報酬だ。あのデカブツをぶっ殺した報酬があんだろ?」


 ロックはセシルではなく、ヴェルの方へ水を向ける。


 今まで黙って話を聞いていたヴェルだが、そこでようやく口を開く。


「……報酬?」


「お前……あれからギルドには行ったのか?」


「行ってないが」


 ロックは頭を抱えて、絞り出すように口にだす。


「レイから聞いてねぇのか?――あのガキだ。」


 ロックから知らぬ名前が出てきたが、ヴェルはあの少年のことか、と思い至る。


「聞いてはいるが、金の管理はいつもお前がしていただろう?」


 ヴェルの言葉にロックは、さらに頭が痛くなる。


「ギルドからの報酬を俺が受け取れるわけねぇだろ。お前が行かなきゃダメなんだよ」


「そうか」


 これは俺が悪ぃのか……とため息をつくロックだが、セシルは状況がわからない。


「あのデカブツの死体はギルドが買い取った。そんで指定討伐対象フィアーに認定されてる。――それを討伐したこいつには報酬が出てんだよ。もちろん一緒に戦った嬢ちゃんだって受け取る権利がある」


「そ、そうだったんですか?ってことは……」


「ああ、それなりの金額を受け取れる。だから金の心配なんかしてねぇと思ってたんだがな、ったくこのバカが!」


 ロックはヴェルへ暴言を吐き捨てるが、当然の如くヴェルは気にした様子はない。


「まぁ、出発は明日だ。今からギルドに行って報酬をもらってこい、装備もそれで揃えろ」


 言われてセシルは準備のために自室へ戻った。

 手持ちの少ない服の中で、悩んだ末に買ったばかりのワンピースを手に取る。

 別にギルドに行って、装備を買うだけなので、オシャレをする必要はないのだけれど。

 ――うん、でもこれにしよう。

 

 そうして戻ってきたのは、それから20分後のことだった。


 

 ――――――



 冒険者ギルドに着くと、ヴェルは受付のカウンターが並ぶ端へ歩いて行く。

 酒と皮の匂いが混じる広いホールには、まばらに冒険者の姿があった。

 少々退屈そうに資料を整理していた受付嬢の1人が、ヴェルに気づいてぱたぱたとかけてくる。


「あ、ヴェルさん。やっといらっしゃったんですね。」


「ああ、報酬を」


 営業スマイル全開の、可愛らしい受付嬢に対してもヴェルの態度はぶれない。


「はぁーい。では認識表の提示を……あら?セシルちゃん!」


 名前を呼ばれてセシルはヴェルの後ろから、ひょこりと顔を出す。


「こんにちは。ミーナさん」


「あれあれー?なんだか今日はおしゃれさんですねー。可愛いです!」

 

 ミーナの何か勘繰るような視線に、セシルは顔を赤らめる。


「い、いえ、そんなことないですよ。普通です、普通」


「そーですかー?――で、今日はどうしたの?」


 ミーナは話しながらも報酬の準備をして、セシルに対しての敬語を崩す。


「えっと、今日はヴェルさんの付き添いと、この本を返しにきました」


 ミーナはふーんと言いながら、セシルとヴェルに意味深な視線を向ける。

 そして本を受け取ると、代わりにフィアー討伐の報酬を差し出す。


「正式な依頼前の討伐ですので、予想された危険度に応じた報酬となります。――こちら、金貨10枚です。ご確認ください」


 確認するまでもないと言わんばかりに、ヴェルは金貨を受け取ると、そのままセシルに押し付ける。


「え?いえいえ、そんなにもらえませんよ!?」


「だが、装備を買うのだろう?俺は相場がわからん。持っていろ」


「え、でも……」


 いくらなんでも、金貨10枚はもらいすぎだ。

 実際にフィアーを倒したのはヴェルなので、セシルはその10分の1でも文句はない。


「もらっておけばいんじゃない?セシルちゃんの荷物もほとんど回収できなかったんでしょ?」


 セシルがまごついていると、ミーナが口を挟む。


「それに、セシルちゃんはヴェルさんのお店の従業員なんでしょ?経費ってことでお店のものとか買えばいいんじゃない?」


 ミーナの提案に、なぜかヴェル本人も同意する。


「ああ、それでいい。店の経理もお前に任せる」


「ええー、そんな簡単に……」


 雇われて10日程度のセシルに、店の経理まで任されてしまった。

 だが、引き出しの中に雑に保管しておくヴェルよりは、まだセシルの方がマシかもしれない。


「はい決まり!じゃあミーナさんは忙しいので、用事が済んだら行った行った」


 ミーナはあからさまに忙しいふりをして、表情と言葉を営業用に戻してから、ヴェルに向き直る。


「ヴェルさんには、別の依頼が来ていますが、ロックさんからもう聞いていますか?――依頼内容を詳しくご説明することもできますが、どうしますか?」


「いや、不要だ。ロックが知っているのだろう?」


「はい、お伝え済みとのことです」


「ならいい、ロックに任せる」


「かしこまりました。ではお気をつけて」


 淡々としたやりとりを経て、ヴェルたちはギルドを後にした。


 その後、セシルの買い物に長々と付き合わされたヴェルだったが、特に文句を言うこともなかった。

 そして2人で大量の荷物を抱えて帰宅した頃には、日は傾いていた。

 


 そして待ちくたびれたロックに、2人して小言を言われるのだった。

 


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