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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


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退屈と日常



 (――暇です)


 セシルは店内のバーカウンターに頬杖を付き、手持ち無沙汰に足をぷらぷらとし、退屈に押しつぶされそうになっていた。


 ロックという蜥蜴男に唆されて、ヴェルの店を訪れてから、早くも3日が経っていた。

 それなりに覚悟をして戸を叩いたというのに、出迎えたのは無表情を崩さないあの男だった。

 

 最初こそ驚いて固まってしまった。

 だが、後にあの蜥蜴男に謀られて、弄ばれたのだと気づいたとき、沸々とした怒りと、恥ずかしさが込み上げた。


 それでもセシルにとって再会は嬉しかった。お互い無事で会えたのだ。

 多少なりともヴェルの方にも、そういった反応を期待したのだが、


『――ああ、お前か、どうした?』


 これである。

 ヴェルの淡白な反応に、自分だけが再会を喜んでいたのが恥ずかしくなり、その後セシルは淡々と、あの時のお礼を言い、事情と要件を話した。

 

 思い返せば、セシルはヴェルに助けられただけであり、言ってしまえば迷惑しかかけていない。

 再会を喜ばれるはずもなかった。


 だが、従業員募集の張り紙を見せると、ヴェルは二つ返事で『よろしく頼む』と言い採用された。


 それから業務内容について尋ねたのだが、その内容は3つ。

 ・依頼を持ってきた者の対応。それと日程や報酬額を決める

 ・ヴェルが不在の間のこの店の管理

 ・わからないことは少年を通じてロックに聞け


 これだけである。

 これで本当に1日銀貨1枚ももらっていいのだろうか。

 そして、依頼者など滅多にこないらしい。

 

 そもそもなんでも屋とはヴェルが自称しているだけで、ギルドや諸団体に登録しているわけでもない。

 知名度などないに等しい。


 あのロックという情報屋が仕事を持ってくることがほとんどで、現在もヴェルは何かしらの依頼に出かけている。

 採用したばかりセシルに、早速店をあけ渡して行ってしまった。

 不用心だなぁとは思う。

 セシルがよからぬことをするとは思わないのか、それともされても気にしないのか。


「――はぁー」


 男女で同じ屋根の下。共に生活をする。

 相手は自分を救ってくれた恩人で、ちょっとばかりのロマンスを期待したとして、17歳の少女を誰が責められようか。

 

 だが現実は、1人で放置され、日がな一日椅子に座っているか、気が向いたら掃除をする程度。

 ため息もでる。


 セシルはさっき掃除したばかりの、埃ひとつない室内を見渡す。

 店の中の探検は、初日にすでに終わっている。

 掃除も業務のうちだと、セシルは勝手に決めてあちこち見て回った。

 

 ここは元々は酒場だったらしい。

 特に改装することなく、そのまま使っている。

 入り口の正面には年季の入ったバーカウンターが残っている。

 その他はテーブルとソファ以外は何もない店かと思えば、物は少ないが、ある物はある。

 

 触れるだけで水が無限に出てくる水晶玉。

 これは魔法を使わずとも魔力に干渉する魔道具の一種だ。

 それに、火の魔石が組み込まれたコンロ、食材を冷やす奇妙な箱まである。

 キッチン周りは十分すぎるくらい充実している。

 ――使われた形跡はないのに。


 そもそも、人が生活しているという痕跡がほとんどない。

 唯一それだと分かるのは、少しだけへたれて、形の変わったソファくらいだ。

 空き家だと言われればそのまま信じてしまいそうである。

 

 他にも説明を受けていない魔道具があちこちにある。

 だが、どれも日常で使用する、初歩の魔法の代用品だ。

 値段の割に使い道の少ないものばかり。

 ――あの人は普段あまり魔法を使わないのでしょうか?


 そしてこの仕事は、住み込みが可能だったので、押しかけたその日に早速部屋を当てがわれた。

 階段を上がって2階に部屋が3つ、そのうちの一つをセシルが使っていいとのこと。

 ベッドとクローゼットがあるだけの、広すぎる部屋だった。

 隣が家主であるヴェルの部屋だったが、覗いてみるとなんとセシルの部屋の方が広かった。

 本当にいいのかと尋ねたが、『使っていないからいい』とのこと。


 もう一部屋あるのだが、そこは物置代わりの部屋だという。

 ――これまでの経緯からなんとなく予想はしていたが、物置なのに、置いてあるものなど一つもなかった。


 あとひとつ不可解なものがある。

 2階には部屋は3つあるのだが、扉は4つある。

 一部屋に2つ付いているわけではなく、どの部屋とも隣接していない扉がある。

 

 扉の横に窓もあるため、構造的にその扉の先は外だ。

 だからと言って外に階段などがあるわけではない。

 なんなら外側から見ても扉などない。

 扉を開けたとして、その先にあるのはただの壁だ。

 増築の予定でもあったのかと聞いたが、そういうことではないらしい。

 そして、その扉はヴェルかロックにしか開けられないという。


 詳しくは教えてもらえなかったが、どうせ開かないから気にするなと言われた。

 ――めっちゃ気になります。


 すでに掃除していない場所も見当たらず、時刻は昼過ぎになっていた。

 小腹も空いてきた。

 何か食べるものでも買ってこようかと思い立った矢先に、入り口の扉のドアノッカーが響く。

 

 (お客様でしょうか?)


 そう期待したセシルの予想は、瞬時に裏切られる。


「こんにちは、セシルさんいますか?」


「あ、レイ君!こんにちは!」


 セシルは椅子から立ち上がると、入り口まで出迎える。

 ロックとの連絡役をしている少年。

 名前をレイと言うそうだ。


 出迎えられた少年は、少し照れくさそうに顔を背ける。

 栗色のふわふわした髪に、幼さが残る凛々しい顔立ち。

 セシルよりも3つ年下の可愛い男の子だ。

 

「今日はどうしたんですか?」


 セシルが尋ねると、少年は両手に抱えていたものを差し出す。


「お昼ご飯を買い過ぎてしまったので、もしよければ一緒にどうかと思いまして」


「え!いいんですか?ちょうど何か食べに行こうと思ってたんです!」


 レイの提案にセシルは、ポケットからお金を取り出そうとすると


「ああ、お金はいいです!いつも1人分しか買ってないのに、店の人が余分にくれるだけなので」


「あら?そうなんですか、でも……」


 セシルが取り出したお金をしまえずにいると、少年はいいですから、と念を押す。


「いつも僕1人じゃ食べきれないんです。ですから、どうぞ」


「えっと、じゃあいただきますね!――今度は私がご馳走しますから!」


 セシルはそう言うと、レイをソファに座らせる。

 そしてお茶の準備を始めると、レイは意外そうな様子で尋ねる。


「お茶なんてあったんですね、ここ」


 そう言われてセシルは、レイを振り返る。


「――いいえ、なかったですよ?私が買ってきました」

 

「ああ……そうですよね。あの人がお茶なんて飲むわけないか」


 レイは納得した様子で、買ってきたサンドイッチを広げると、セシルがお茶を持って戻ってくる。


「ポットや食器はそれなりにあるのですが、お茶や食べ物は何もないんですよ、ここ」

 

「まぁそうでしょうね、僕もポットがあること自体初めて知りました」


 セシルとレイは、お互いに同じ人物を思い浮かべながらなんとも言えない表情で分かりあう。


「あの人、ヴェルさんって、本当に何も食べないんですか?」


 セシルはカップにお茶を注ぎながら、レイに尋ねる。


「そうみたいです。本人は必要がないからだって言ってましたが、あれは明らかに食べるのを嫌がってますね」


「なんで食べないんでしょうか。別に食べられないわけじゃないんですよね?」


 2人はサンドイッチに齧り付きながら、答えの出ない疑問に首を傾げる。


「さぁ?でも、あの人は滅多に食事をしないから、結構な頻度で餓死してるらしいです。――こないだ見たときも眠ってると思ったら、呼吸が止まってました」


 少年はおぞましいものを見たような顔で、小さく身震いする。


「それに、あなたも見たんでしょう?あの人の、その……」


 レイはその先の言葉を言い淀むが、セシルには皆まで言わずとも分かる。


「――ええ、まぁ。腕が、粉々になってました。でも次に会ったときには治ってましたね」


「そうなんですよ、本当に変な人です。ロックさんは色々知ってるみたいなんですが、僕には教えてくれなくて」


 レイの言葉にセシルは思い出したように尋ねる。


「そういえば。ロックさんって普段は何してるんですか?」


 セシルの問いに、レイは言いづらそうに顔を背ける。


「ロックさんのことは、あんまり話せないんです。僕も詳しく知ってるわけじゃないですし…」


 レイの表情をみる限り、あまり踏み込まない方が良さそうな雰囲気だ。

 "情報屋"とはそういうものなのかもしれない。


 セシルは話題を変えようと思ったとき、別のことを思い出してレイに詰め寄る。


「あ!そうだレイ君!これ見てください!」


「んん、ゴホッ……な、なんですか?」


 レイは急に近づいたセシルの顔に、サンドイッチを喉に詰まらせかける。


「あ、ごめんなさい。でもこれ見てください。昨日見つけたんですけど……」


 そう言うとセシルは、カウンターの中に引っ込む。

 レイはサンドイッチをお茶で流し込むとセシルについていく。

 そしてセシルは、バーカウンターの内側にある引き出しを開ける。


「――え、なんですかこれ。」


「私も昨日見つけてびっくりしました」


 2人が覗き込む引き出しの中には


 ――溢れんばかりの金貨が詰め込まれていた。


 その光景に、思わず息を呑んでしまう2人だったが、セシルはそっと引き出しをしまう。


「――いくらあると思います?」


 セシルは、少々はしたない表情を浮かべながら小声で問う。


「この店がもう一軒建てられるくらいはありそうですね」


 2人は誰が見ているわけでもないのに、カウンターの中で息を潜めて話す。


「ちょっと待ってください。そういえばあの人、ここの鍵をかけ忘れて出かけてることありますよ?」


 しかも、とレイは続ける。


「金庫に入ってるわけでもなく、こんな引き出しに適当に入れておくなんて信じられないです……」


 セシルはコクコクと頷くと、もう一度引き出しを開けようと手を伸ばす。

 レイはその手を優しく制して、静かに首を横に振る。

 

 (何も見なかったことにしましょう)


 セシルも静かに頷くと、2人は何事もなかったかのように昼食を続ける。



 ――本当に、ヴェルさんってなんなんでしょう。


 セシルの問いに応えるものはなく、ただ静かに退屈な午後は過ぎていった。



 ――――――



 ヴェルは森の中を歩いていた。

 木々に刻み込んだ印を辿って、目的地までひたすらに歩く。


「――この先か?」


 隣を歩くのは赤い鱗の蜥蜴男。

 先日ヴェルに依頼を持ちかけ、裏で色々と手を回していたのだが、ロックの予想に反して、フィアー《死糸を織る者》はヴェルによって討伐された。


 そのときに、突然変異を起こしたトレントがいたらしい。

 そのトレントの周りには、言葉を理解する妖精もいたと言う。

 どうにもヴェルの話だけでは要領を得ないため、今回はロックも同行している。


 そして目的地に着くと、ヴェルは周囲を見渡す。

 

 ――そこには枯れた大木が力無く佇んでおり、周囲にあの妖精の気配もなかった。


「ここなのか?」


 ロックはヴェルに問う。


「――ああ、間違いない。だが、妖精はいないようだ」


 それに、とヴェルは続ける。


「あの木はトレントの残骸だ。魔力を感じない。――死んでいるようだ」


 ヴェルの言葉に、ロックは舌打ちを返す。


「ってことは、その辺に散らばってるのが死糸を織る者か……素材としての価値は残ってねぇな、もちっと綺麗に倒せよったく」


 それでもフィアーの素材は貴重だ。

 ロックは、後ろで待機していた部下に死体の回収を命じる。

 そして自分はトレントの残骸へと歩き出す。


「――確かに、トレントにしちゃデカすぎる。それに死んだわけじゃなさそうだ。中身が抜け落ちたみてぇな感じだな」


「――そうか」


 ヴェルはトレントを見上げて、その先の空を眺める。


「その喋る妖精ってのも見てみたかったが、いねぇんじゃ仕方ねぇな。死体を回収して、引き上げだ」


「ああ」


 ヴェルはそれだけ返事をすると、トレントの根元に黒曜石のナイフを突き立てる。


 そしてそのまま背を向けて、振り返ることなく歩き出した。




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