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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁


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銀猫の少女と冷たい誕生日

初めての投稿です。


「従業員募集」


 上等な紙に書き殴られたその文字は、薄ぼんやりとした視界の中でもセシルははっきりと見えた。

 普段の彼女なら目に留めることもない張り紙だが、今の自分にとっては救いのように思えてならない。

 彼女は紙切れの貼られた建物を観察する。

 

(――紹介されたお店はこちらで合っているんでしょうか?)


 建物自体はとても立派で、手入れも行き届いているように思う。

 ただ、従業員募集の張り紙には仕事内容などは一切書かれておらず、そもそもなんのお店なのかも知らされていない。

 にやけ顔の蜥蜴男が言うには、困ってるならいってみればいい。とのこと。

 ここはこの地域では比較的大きな街だが、大通りを外れれば、街の明かりも少なくなり、薄暗い。

 だいたい看板すらも掲げていない怪しい店で、一体何をやらされるのだろう。

 

(――夜の…お店だったりするのでしょうか。)

 

 うーん、と悩んでいる視界の端には「日当銀貨1枚」と書かれた文字を捉えて目が離せない。

 日当で銀貨1枚は相場の倍以上だ。それにすぐに手に入る現金は今の自分には大変ありがたい。

 穴でも空いているのかと思うほど、今の彼女の懐はずいぶんと風通しがいい。

 じきに日も暮れる。彼女自身の影も長く伸びつつある。

 ここで悩んでいても、余計にお腹が空くだけだ。

 幸いカーテンの閉まった窓から明かりが漏れている。中にまだ人はいるようだ。

 なに、自分にも荒事に対して多少の心得はある。いざとなれば自分1人逃げるくらいは可能だろう。

 そして彼女は窓に映った自身の姿を見る。土と埃に塗れた薄汚れた格好である。

 明らかに訳ありといった格好だった。もしかしたら門前払いかもしれない。

 だが彼女もここを逃すと、今夜は野宿だ。知らない町で夜を明かせば、明日には冷たい眠りについているかもしれない。

 彼女は意を決した。

 入り口に貼られた紙切れを千切れんばかりに握りしめ、ノックを3回。

 相手の返事も待たずに、彼女は得体の知れない店に踏み込むのだった。

 


 **********

 


 ――それは、昨日の出来事だ。


 ぎしりと軋むベットの上で彼女は目を覚ました。

 まだあたりは薄暗く、寝ぼけた眼ではいささか視界が悪い。

 

「ファイア」

 

 彼女は自らへの暗示の呪文を口にした。

 指先に灯った小さな炎はこちらの世界に住む人間ならば、比較的誰でも使える初歩的な魔法。それを燭台にある蝋燭へ移す。

 わずかに明るくなった部屋の中、目的のものを探す。

 ベッドと鏡が一つあるだけの狭苦しい部屋だったが、自分で望んだ1番安い部屋に、文句をつけるつもりはない。

 眠い目を擦りながらベッドから降り、鏡の前に座る。

 鏡に映る眠そうな目をした自身の姿。

 透き通るような銀髪を伸ばし、目鼻立ちの整った顔。

 青空を映したようなスカイブルーの瞳。

 伝説に登場するエルフという種族が、皆銀髪だったと聞いたことがある。実物を見たことはないため実際のところはわからない。

 エルフは耳が長く尖っていたというが、私の耳は丸く短い。

 だが、彼女には音を捉えるもう一つの感覚器官がある。

 頭の上にちょこんと生えた、猫のそれに似たもう一つの耳だ。

 さしものエルフとてこの猫の耳は持っていないだろう。

 これは獣人特有のものだ。

 獣人は体の一部もしくは全体に、宿す獣の特徴が現れる。

 人の姿に近い者ほど知能が優れ、逆に獣の姿に近い者は身体性能に優れると言った具合だ。

 彼女はどちらかといえば人寄りだ。

 獣の特徴といえば耳と尻尾くらいで、そのほかは西の大陸に住む人間と変わりない。

 彼女は細く絡み易い髪に櫛を入れる。

 その際に髪に香油を塗り込んでいくが、この香油には香草の灰が混ぜられている。

 銀色の髪は目立つので、出かける際は少し色を変えている。

 少し影のある灰色で猫の獣人としてはポピュラーな色だ。

 それに旅慣れてきたとはいえ、女の一人旅だ。あまり目立ちはしたくない。

 よし、と仕上がりに満足した彼女は手早く衣服と装備を身につけていく。

 彼女とて年頃の女だ。おしゃれをしたい気持ちももちろんある。

 だか旅の最中、余分に使えるお金などない。持ち歩く荷物も増える。

 全体的に茶色の装備で多少可愛くないのは仕方がない。

 機能性重視ということで。

 支度を終えて、部屋を出る。

 軋む階段を音を立てないように、するりとしなやかに降りていく。

 

「お早い出発だね」

 

 1階のカウンターから声がかかる。

 初老の獣人。この宿屋の店主だ。

 1週間近く世話になった宿屋の店主、セシルと同じネコ科の獣人だ。

 柔和な笑みを浮かべて、毎朝穏やかに話しかけてくれる。

 宿の一階は食事処となっている。

 ここの店主の作る食事は美味しい。

 特にスープが良かった。彼女は食事をするたびに頼んでいる。

 まだ早朝で日も昇りきっていないのに、店内ではセシルの他に女が1人、静かに食事をとっていた。ちらりと横目で覗き見る。やはり、あのスープを頼んでいる。

 

「何か食べていくかい?」


 ええ、食べていきたいですとも、ですが――

 

「いえ、今日は森の方まで行ってみたいので、すぐに出ます」


 やんわりと断りを入れ、今日の予定を告げる。

 

「ここいらで森ってことは、あの異界の森かい?なんだってあんなとこまで」

 

「ギルドの依頼で薬草の採取と、それと…調べたいこともありまして…」

 

 店主は不安げな顔で「そうかい」と返すと、帳簿を差し出した。

 この宿に泊まるのも今日で最後だ。彼女は自らの名前を丁寧な筆致で帳簿に記入した。


 セシル・レイト


 店主が帳簿をしまい、店の奥から預けていた荷物を持ってくる。

 セシルはそれを受け取り、背負い袋に押し込む。

 すると店主がいつものごとく、「そういえば…」と何かを思い出したように話しかける。

 

「行商人にから聞いたんだが、近頃、森に危険な魔物が出たって噂になってるそうだよ」


 話好きの店主は、いつも誰かを捕まえては少々長い世間話を始めてしまう。今日はセシルの番だった。もう1人の客の女は黙々と朝食を口へ運んでいる。

 

「――あそこはもともと危険な魔物だらけだったと思いますが、どうして今更また…」


「どうやら森に入ってすぐの浅い場所に、フィアーが出たらしいんだよ」


 ――フィアー。恐怖の怪物。

 人々の恐怖の象徴であり、魔物の中でもギルドから特別に討伐依頼が出されるほどの強大な魔物だ。

 行きがけにそんな話は聞きたくはなかった。だか、こちらもギルドの依頼の期限が迫っている。この日のために準備もそれなりにした。

今更依頼をキャンセルしたら、赤字もいいとこだ。それに冒険者たるもの、危険はつきもの。

 などと虚勢を張ってはみるが、内心では出鼻を挫かれた思いだ。


「どんな魔物が出たんでしょうか?」


 それでも行くしかないのであれば、多少なりとも情報は欲しい。

 

「んー、詳しくは聞いてないけれど、蜘蛛みたいな魔物だって言ってたかね」


「蜘蛛…ですか、それはまた……」

 

 嫌な相手だ。

 蜘蛛は粘着質だ、狙った獲物は執拗に追う。捉えた獲物は離さない。

 正直あまり知りたくはなかった。

 でもそれはそれとして情報というのは貴重だ。

 冒険者にとって情報とは金を払って買うものだ。

 世間話ついでにもらえる情報ならありがたくもらっておこう。


 「――本当に行くのかい?」

 

 店主はセシルの身を案じてか、心配そうな顔を向ける。

 セシルとてこんな話の後に冒険になど行きたくはない。

 だが、もう決めたことだ。

 セシルは静かに頷き、決意を新たにする。

 ――そうかい、と困った笑みを浮かべる優しい店主に、後ろ髪を引かれながらもセシルは店を後にした。

 

 扉が閉まる直前、「ごちそうさま!」と元気な女の声が響いた。

 気分の沈んだセシルとはあまりにも対照的だった。


 ――――――

 

 まだ辺りは薄暗く、動き出す前の街を眺めながら東へ向かう。

 途中で買った卵とベーコンのサンドイッチを多少はしたないとは思いながらも、歩きながら齧り付く。

 空いた手で懐中時計を取り出し、その針を目で追う。

 そろそろ馬車が出る時間だ。少し急がねば。

 空腹に負けて少しばかり寄り道をしたのが失敗だった。

 馬車乗り場へ着く頃には陽は登り、街が動き出す。

 昨日予約しておいた馬車を見つけると、セシルは小走りに駆け寄る。

 少し遅れたが、ちゃんと待っていてくれたようだ。

 セシルは礼を述べ、森の近くを通るという行商人に代金を支払う。

 馬車の荷台にちょこんと腰を下ろすと、御者が手綱を引き、緩やかに走り出す。

 ゆっくりと離れていく街をぼんやりと眺める。

 悪くない街だった。

 行商人の出入りも多く、ほどほどに栄えていて、治安も悪くない。この街を拠点としている冒険者も多かった。

 旅人であるセシルにも好意的に接してくた。

 滞在中はギルドの依頼を受けて路銀の準備などをして過ごしただけ。本当に良い街だった。だがこの街でもセシルは腰を据えようとは思わなかった。

 故郷を離れ、流れ流れてもう2年になる。

 両親にはあの日、何も言わずに飛び出してきてしまった。セシルの誕生日の夜だった。

 困ったような、申し訳ないような笑みを浮かべていた両親。それが故郷での最後の記憶。

 だが今となっては、手紙の一つでも残せばよかったと後悔した。その後も手紙は出せていない。まだ何も成せていない自分では、何も書けない。

 揺れる馬車の中でセシルはゆっくりと目を閉じる。

 まだ、帰れない。

 

 ―セシルが森へ到着したのは、日も高く登りきった正午過ぎのことだった。


 ――――――


 そびえ立つ木々の前で、しばしセシルは立ち尽くす。

 馬車から遠目に見ていた時は違い、実際に目の前に降り立ってみるとその迫力は圧巻だった。

 広大な草原の先に、侵入者を拒む要塞のように木々が立ち並ぶ。その一本一本が悠久の時を刻んだかのような大木だ。

 

 この場所は人間の領域ではないということを、目の前に立ってみて肌で感じ取った。

 少々怖気づいてしまったが、ここまで来て何もしないで帰るわけにもいかない。

 早く目的のものを探しにいかねば。

「よし!」と両頬を叩き、自分に喝を入れたところで、木の根を飛び越えて未知なる森へと踏み込んでいった。

 

 森の探索は順調に進んでいた。

 今のところ危険な生物の気配もなく、小動物も多く活動していて普通の森という感じだ。

 ただ何如せん陽の光が枝葉に遮られて、今は真昼だというのに辺りは少々薄暗い。

 彼女は猫の獣人のため、夜目はきく方だが探索に関しては明るいに越したことはない。

 夏も近いため、地面からは背の高い植物も多く、草葉をかき分けるようにして前に進む。

 そうしてしばらく進むと、開けた場所に出た。

 すぐ近くに小川が見える。

 小動物たちが水を飲みに来ていたのか、セシルの気配を感じ取ると散り散りになって逃げていく。

 小動物が多く集まっていたということは近くに天敵となるものは少ないのだろう。

 そろそろ陽も傾き始める時分だ。

 今日はここで野営をすることにして、手早く天幕を張っていく。

 そして慣れた手つきで火を起こし、持参した食材で簡単にスープを作る。

 料理は下手ではないが、持ち歩ける食材には限りがある。宿屋の店主のスープを真似てみるが、即席で作るため、味は落ちる。

 野菜と干し肉を入れたスープ。味付けは少し薄めが好みだ。

 食事をしているうちに辺りは暗くなる。

 光源は目の前の今まさに燃え尽きようとしている焚き火と、いつのまにか昇っていた淡い月明かりのみとなった。

 月明かりに照らされ、キラキラと波打つ川面を眺め、取り留めのないことを考えては、消えてゆく。

 しだいにセシルの意識を微睡みへと誘う。

 

 そろそろ眠ろうかと考えた矢先、それは現れた。

 

 幻想的に川面の上に浮かぶ、七色の光。

 

 思わず息をのむほど美しい光だった。

 この世界の何もかもが霞んで見えるようだ。

 

 とても、綺麗で――そして異質だ。

 

 ここは異界の森。

 誰がそう呼んだのかはわからない。

 だが、そう呼ばれるのには理由があるのだろう。

 あれは異界のものか、それとも罠か。

 どちらにしても、危険なもの。

 セシルの目的のものではない。――世界樹では、ない。

 逃げるべきだ。あれは人を惑わし、奥へ引き込む。

 わかっている、わかっているのに……

 それでも、セシルはその光から目を離せない。

 それほどまでにこの世界のものとは一線を画す存在のように思えた。

 気づけばセシルは立ち上がり、その光にゆっくりと手を伸ばす。

 あともう少しで触れられるというところで、光はするりとセシルの手をすり抜ける。

 そしてそのまま淡く明滅しながら森の奥の方へと去ってゆく。


 (――あっちに、なにが……)

 

 光の軌跡が尾を引いてる。それはセシルを導いている気がした。

 セシルは後を追って、ゆっくりと森の奥へと入っていく。

 罠だ。わかっている。

 だがどうしてか、追わなければいけないと思った。

 あの光は私を呼んでいると。そう思った。

 しばらく歩き続けると開けた場所に出る。

 木々がひとりでにセシルの進むべき道を開ける。

 その先まで光の尾は続いている。

 そして道の終わりで光はぴたりと動きを止めた。

 光は月を背にして、一層強く輝きを増した。

 セシルはその光を欲し、愛おしく、手を伸ばさずにはいられない。

 もう少し、あと一歩でその光を手に取ることができる。

 そして踏み出したその足が、踏み締めるべき地面は、


 ――そこにはなかった。


 落ちている、それはわかる。

 恐怖よりも、光が遠ざかっていく悲しさが勝り、セシルはなおも頭上の光に手を伸ばす。

 程なく硬い地面に容赦なく叩きつけられ、セシルの意識はそこで途切れた。

 意識を手放す刹那、微かに妖精が囁くように、くすくすと笑う声が遠くで聞こえた気がした。


 ――この日、セシルは硬く冷たい地面の上で、17歳の誕生日を迎えた。


 

  

 



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