人ならざるものが見える作家令嬢 〜前世も今世も振り回されます〜
怪異は嫌いだ。
神谷陽菜乃は昔からそう思っていた。
小さい頃から誰も見えていない場所に、人が立っていると言って嘘をついているか勘違いだと思われた。
髪で顔が見えない幽霊?に追いかけられたこともあるし、けむくじゃらの丸っこい怪異とかに探し物を手伝わされるなんてしょっちゅうだ。
動物のような怪異には何故か好かれているのかイタズラなのか、家の前にどんぐりやらきのこやらをたくさん置かれる。
大体は母親が動物の仕業だろうとそれらをゴミ箱に捨ててしまっていた。
きのこは無害かどうかの判断がつかないし、どんぐりも使い道がないので自然なことなのだが、拗ねた怪異が二階の窓から侵入して自室に入り、私物を荒らしていくことが多いので散々な毎日だった。
そんな陽奈乃は、二十代後半となった今小説家として働いている。
ペンネームは本名そのままだ。考えるのが面倒臭かった。
陽奈乃は今、一人暮らしのワンルームの中で二徹中だった。
周りにはエナジードリンクが数本転がっている。
一昨日編集に「神谷さーん、締め切り近いのにこの進捗はまずいです。スピードアップお願いします!」
と言われ、何とかアイデアを捻り出そうとした努力の跡が見える。
陽奈乃は頭を抱えてため息を吐き、
「はあ…何か調子が上がらない。コンビニでも行って気分転換してこようかなぁ」
そう呟き、外に出てしばらく歩いた道路で見逃してはいけないものを見てしまった。
赤信号なのに気づいていないのか、小さな女の子が道路を横断しようとしている。
二徹中で頭が回っていなかったのだろう。
思わず横断歩道に駆け寄り、女の子を突き飛ばす。
その瞬間、ドンっと体に大きな衝撃が走った。
何が起こったのか分からず倒れたまま周りを見てみると、あたり一面赤色に染まっている。
痛みは麻痺しているのか、ほとんど感じない。
辛うじて動く頭を横に向けると、トラックらしきものが見えた。
そうして察する。
(ああ……私轢かれたのか……)
そうして薄れゆく意識の中で助けたであろう女の子の声が聞こえた。
どうやらこちらを覗き込んでいる。
そうして可愛らしくも小生意気な声でこう言った。
「おねーさん、おっちょこちょいだねえ。私は普通の人には見えないし、車だって素通りするのに」
そう、彼女は怪異だったのだ。
(ああ……これだから怪異は……)
「でも私を助けようとしてくれたお礼をしてあげる。次は上手くやりなよ」
その声と共に、意識がプツンと途切れた。
◇◇◇
次に陽奈乃が目を覚ました時、ふかふかな羽毛布団の上だった。
ここはどこだろうか。
実家にも一人暮らしの部屋にもこんな上等な布団はなかった。
しかも体が熱っぽい。喉が異常に渇いている。
「水……」
そう声を出した時、何か違和感があった。声が何か幼いというか、舌が上手く動かない。
手を伸ばしてみると、異様に小さな手だった。
その事に戸惑っていると、コンコンとドアを叩く音が鳴り、誰かが部屋に入ってきた。
そちらの方をみると、メイド服を来た女性がお皿の入ったスープを持ってこちらへ来るところだった。
女性は陽奈乃が起きたことに気づいたのか、ホッとしたような笑顔を浮かべている。
「エレリア様、お気づきになられたのですね。あれだけ熱を出してしまったのですから寝込んでしまうのも当然ですが」
「エレリア……?」
「はい、エレリア様、どうかされましたか?」
そう言われた途端、エレリアとしての記憶が浮かんできた。
エレリアはスタンフォード侯爵家の長女。今は6歳。
数日前、庭の水路で魚と一人遊びをしていたら足を滑らせて水路に落ちてしまったのだ。
案の定熱を出してしまい、今に至る。
陽奈乃、いや、エレリアは状況を理解し、そっと天井を見る。
(あの怪異……次は上手くやりなよって、こういうこと……)
前世は大分ヘビーな環境ではあったが、それなりに愛着もあったので怪異に対しては感謝3割、呆れ7割である。
とりあえず今は体が辛いので、大人しくメイドに甘えることにする。
確かこのメイドの名前はクラリスだ。
「クラリス、お水が欲しい」
「はい、分かりました。今注ぎますね」
水差しからコップに水を注いでもらい、それをもらって口に含む。
熱で火照った体によく染み渡った。
その様子をみてクラリスが言う。
「お母上もお父上も心配されていましたよ。ゆっくり休んで早く治るようにしましょうね」
「うん……」
そうしてエレリアは眠りについた。
数日すると体は回復し、屋敷の中を歩き回れるようになった。
父親や母親はどちらも優しい人だった。病み上がりのエレリアをとても気遣ってくれたし、快気祝いにとショートケーキを出してくれた。
元気になったエレリアは、この世界のことについて調べてみることにした。
エレリアの知る範囲では、どうやら小説は令嬢達の娯楽となっているらしい。
特に恋愛小説が人気だそうだ。
そうなると小説家魂が疼くというもので、早速執筆に取り掛かった。
前世では面倒臭くてそのままだったペンネームも、今回はおしゃれなものにしてみよう。
そして15歳の春。
エレリアはエンダー=スミスというペンネームで令嬢界に名を馳せていた。
本の売れ行きも好調で、もし結婚が出来なくても一人で暮らすのに困らないぐらいのお金は稼げている。
しかし、困ったことが一つあった。
エレリアが執筆の気分転換に庭を散策していた時のことである。
「エレリア様、魔法の練習をしませんか?最近執筆業にかかりきりでなまっているでしょう」
そう言うのは、自称光の高位精霊、リーンノアである。
金髪の髪をキュッと後ろにまとめた碧眼の少女の形をしており、趣味なのかメイド服を着ている。
エレリアは呆れたように、
「あなた、相変わらず私に着いて来るのね」
「受けた恩がありますから」
そう、エレリアはこの世界でも人ならざるものが見えてしまっていたのだ。
執筆業の合間にやって来る蝶々や小さな人間の姿をした妖精に蜂蜜や飴玉をやっていたら、とんでもない大物が来てしまった。
何でも部下たちがお世話になった恩、ということらしい。
精霊は一部の人にしか見えず、中でも光の精霊を使役できる者はとても貴重だと聞く。
これはバレたら速攻で魔法学校、そして魔道塔行きだ。
魔道塔とは、魔法を使ったり精霊を使役できる者たちが集まって世界に役立つ新しい術式を作る機関である。
光の精霊を使役できる者は、基本的に使える魔法の範囲が広く、回復魔法や治癒魔法を得意とする。
回復魔法や治癒魔法は人民の命に直結する。
そのため、研究を盛んに行いたいが実践できる魔法師の数が限られており、貴重な人材なのだ。
執筆業がノリにのっているエレリアとしては、是非とも避けたい案件であった。
「でも、魔法の練習ねえ。貴方に教えてもらった魔法、大体は習得しちゃったし、鍛錬する意味あるかしら?」
「ブランクがあると、実戦に支障が出ます。日々精進しておくに越したことはないかと」
「はあ。実戦なんて勘弁願いたいけど。まあ、今日は暇だし、やっても良いわよ」
「では、そのように」
そうしてリーンノアによるエレリアの魔法練習が始まる。
それがエレリアの日常であり、それが続くようにというのが今のエレリアの願いである。




