第2話 『元勇者』
数年の月日が経った。
かつて魔王討伐の英雄と言われた俺は、今、雨風が最低限凌げるボロ小屋に住んでいる。
机の上、床には空になった酒瓶が大量に転がっている。
俺は汚いベッドの上に腰掛け、酒をあおる。
瓶が空になり、腹が立って無造作に投げ捨てた。
「クソが……。おい、酒を持ってこい!」
叫んでも、反応はない。
当然だ。
このボロ小屋には俺しか居ないのだから。
「ちくしょう」
フラつきながら、袋一杯に入っている金貨を適当に掴んでポケットに入れて外に出た。
久々の太陽に目が眩む。
俺が住んでいるボロ小屋は、町から離れた森の一番奥にひっそりと建っている。
「……なんで俺だけこんな目に遭わないといけないんだ」
魔王討伐から最初のうちは誰もが俺を英雄と称えてくれた。
どこへ行っても声を掛けられ、握手を求められ、話が聞きたいと──。
気が大きくなっていたのは否定できないが、傍若無人な態度は取らないで、誰に対しても誠心誠意に接するようにしていた。
それなのに徐々に俺の周りからは人が居なくなって、最終的には誰も居なくなった。
それどころか疎まれるようになって、あらぬ噂を流され、嫌悪の視線で俺を見るようになった。
家に落書きをされ、ガラスを割られ、ゴミを撒き散らされた。
人々の悪意に恐怖した俺は町から飛び出して、酒に逃げた。
そして、酒が無くなれば町に降りて、酒を買ってボロ小屋に帰る。
魔王討伐の報酬があるから一生この生活を続けることはできる。
この地獄を続けることは──。
酒を買って、ボロ小屋に帰る途中、俺は魔法使い──アルマと偶然にも再会した。
アルマは苦い表情を浮かべて話かけてきた。
「久しぶり、だね」
意識的か無意識かは分からないが、彼女はお腹を触った。──大きく膨らんだお腹を。
俺という存在から、我が子を守ろうとする母親の図。
そう思うと怒りが湧いてきた。
俺は何もしていない……ただ立っているだけなのに。
「……おめでとう。相手は?」
「………………」
無言で俯くアルマ。
質問する必要なんてない。
もう答えは知っている。
だけど、違う人の名前を言って欲しかった。
そうしてくれたら、俺の気持ちも少しは変わったかもしれない。
でも、現実は残酷でしなかった。
俺は奥歯を噛み締めて、拳を強く握りしめた。
呪詛を唱えるように、言葉を吐いた。
「なんで、俺じゃなくてヨゼフなんだよ……?」
「それは……」
魔王討伐の後、俺はアルマに告白した。
でも、断られた。
理由を聞いたが、どうしても答えてくれなかった。
それからしばらくして、アルマと戦士──ヨゼフが付き合い出したことを知った。
アルマが告白を受け入れてくれた、とヨゼフが嬉しそうに話してくれたからだ。
目の前のアルマの感じからして、二人は結婚したのだろう。
そして、子どもを授かって……幸せの絶頂って感じだ。
「ふざけんな」
「え?」
「ふざけんなよ! 俺はこんなに辛い思いしているのに、お前たちはそんなに幸せそうなんだよ! どうして、ヨゼフなんだ!? なんで俺じゃないんだ!? 答えろよ!!」
叩きつけた酒瓶が割れて、中身が渇いた石畳を濡らしていく。
想いを吐きだして、肩で息をする俺を見るアルマの目は酷く冷たかった。
「怖いのよ」
「…………は?」
アルマが何を言っているのは分らなかった。
俺が怖い? なんで?
「私は貴方のその強さが怖いのよ。ううん、私だけじゃない。彼も、街の人も、誰も彼もが貴方を怖がっているの」
「そ、そんなこと……俺は何もしていないのに」
「強大な力を持った人は存在しているだけで恐怖の対象なのよ」
「だから、俺じゃなくてヨゼフを選んだのかよ?」
アルマは首を横に振った、
「彼はひた向きで、努力を決して怠らなかった。そんな姿に自然と惹かれていったの。それに魔王と戦った時、身を呈して私を庇ってくれた。その時思ったわ。この人となら……」
「もうやめろ!!!」
これ以上聞きたくなかった。
ただの惚気じゃないか。
聞いているだけで吐き気がする。
「なんだよそれ……。俺が怖い? ちょっと前まではあんなに慕ってくれてたじゃないか! 俺は今だって、この国に、世界に危機が迫ったら戦うつもりだ! 俺は救うためならなんだってできる! それなのに、どうして誰も俺を認めない! どうして悪意のこもった目で見るんだ! 俺は……」
今まで募っていた想いが勝手に口から溢れた。
そして、ずっと言えなかった本心を。
多くは求めない。
一つ、ただ一つだけ。
「みんなと普通に接したいだけなんだ……」
アルマの顔を見て、凍りついた。
人間を見る目じゃない。
「無理よ」
それは、まるで──、
「貴方は普通じゃないもの」
バケモノを見る目だった。
──オレノココロハ、オレタ…………。
俺はボロ小屋に帰る途中、泣いた。
いくら拭っても眼からは涙が溢れてきた。
世界を救うために尽力したのに、こんな仕打ちはあんまりだ。
魔王という恐怖を倒した俺が新たな恐怖って訳か……皮肉が効きすぎだ。
その時、魔王の死に際の表情の意味が分かった。
「こうなることを分かっていたのか……魔王っ」
叫んでも、魔王はもういない。
もしかしたら、俺はこの世界でたった一人の理解者を殺してしまったのかもしれない。
そのことに気づいた俺を襲ったのは、言いようのない不安と孤独感だった。
それからの俺は、ボロ小屋に引きこもり魔王のことばかり考えるようになった。
魔王。
君の名前はなんだったんだ?
君はどんな人生を歩んでいたんだ?
君もこうして人間に裏切られたのか?
俺は、君と話がしたかった。
それからどれほどの時が経っただろう。
俺はある決心を決めた。
「…………俺は、君を知りたい」
数年振りに剣を腰に差して、俺はボロ小屋から飛び出した。
前は魔王を倒すためだった。
でも、今回は違う。
彼女がどんな人物だったのかを知るため、俺は新たな旅へと一歩踏み出した。




