第18話 『告白』
暗い。
どこを見ても暗い。
上下左右の感覚が麻痺する。
俺は立っているのか、座っているのか、寝ているのか。
………………。
感覚がない。
意識はあるが、何も動かせない。
俺は死んだのか?
だとしたら、これは死後の世界か?
「死後の世界を信じてるとは意外だな」
声が聞こえた。
それは、俺がずっと聞きたかった声だ。
やがて姿が見えた。
濡羽色の髪に碧い瞳。
寂しさと儚さを兼ね備えた、いまにも壊れそうな雰囲気を醸し出す美女。
俺がずっと探して求めていた女性──魔王がそこにいた。
いや、そんなわけはない。
これは俺が作り出した幻覚だ。
魔王はすでにこの世にいない。
「これが夢か現かはお前が決めればいい」
魔王は両手を広げる。
すると、手のひらの上に光の球が浮かぶ。
右手には金色の光が四つ。
左手には黒い光が二つ。
「勇者、真実と向き合う覚悟があるか?」
「なければ、私の欠片を追うのは止めろ」
「選ぶのはお前自身だ」
それを言うと魔王の姿は霧のように消えていった。
×××
目がさめるとベッドの上に居た。
酷い倦怠感と痛みがある。
痛みが走らないようにゆっくりと起き上がり、自分の体を確認すると全身包帯だらけだった。
ふと見ると、エメリがベッドに突っ伏して寝ていた。
「調子はどうだい、勇者」
部屋の壁際で立っていた賢者が安堵の声をこぼす。
「俺はどれくらい寝ていた?」
「十日かな」
「そうか。ここは?」
「王都で最も安全な宿屋。かなりぼったくられたけど、背に腹はかえられないからね」
賢者の顔は疲労でげっそりとしていた。
理由は俺だ。
ずっと回復魔法をかけていてくれたんだろう。
だから、今この程度の痛みで済んでいるのだ。
「助かった、感謝する」
「僕よりエメリちゃんにお礼を言いな」
賢者の言葉に俺は首を傾げた。
「エメリちゃん、ずっと君のそばにいて看病していたんだよ」
「そうか」
申し訳なく思った。
自分も体調が悪いはずなのに、俺を診ていてくれたなんて。
「口では怒っていても、本心じゃ君を信頼しているんだろうね」
「………………」
賢者は部屋の扉に手をかけながら言う。
「君の気持ちも分かるけど、そろそろエメリちゃんを信じてあげていいんじゃないかな」
「ああ、そうだな」
「僕はしばらく情報収集してくるから、安静にね」
そう言って、賢者は部屋を出ていった。
×××
それからしばらくしてエメリは目を覚ました。
彼女は起きている俺を見ると一瞬安堵の顔を見せてから、すぐにツンとそっぽを向いてしまう。
「起きたんだ」
「ああ。お前と賢者のおかげだ。感謝している」
「どういたしまして」
会話はそこで止まってしまう。
エメリが怒っているのは俺のせいだ。
俺が過去について何も話さないからだ。
理由は単純だ。
恥ずかしいのだ。
俺の過去は恥に塗れている。
それをひと回りくらい歳の離れたエメリに話すのが恥ずかしくてしょうがなかった。
しかし、エメリは俺にとって大切な仲間になっている。
だから、俺は話すことを決意した。
だが、なかなか切り出すことができない。
ようやく、言葉が出てきたのは会話が途切れて小一時間くらい経った後だった。
「魔王討伐をした俺は仲間と国へ戻った。国王や国の重役、そして多くの国民に歓迎された」
エメリは俺が話し出したことに驚き、口をポカンと開けていた。
俺は続ける。
「その時は何十日間にも及ぶ祭りが開催されたな。国民は魔王の恐怖から解放され、誰もが浮かれていた。俺たちは国を救った英雄として常に祭りの中心にいた。あれは楽しかった……飲んで食って、魔法使いのアルマと戦士のヨゼフと馬鹿騒ぎしたもんだ」
思えば、あの祭りの期間が俺が俺のままでいられた瞬間だったかもしれない。
「魔王討伐の報酬を貰い、大きな屋敷も手に入れた俺は少し休むことにしたんだ。魔王討伐を掲げてからまともに休む暇がなかったからな。ちょっと街に出れば声をかけられ、握手やサインを求められた。悪い気はしなかった」
「そうなの? 握手とかそういうの嫌いかと思ってた」
「今はな。その時は……まぁ」
いつの間にか、エメリは体をこちらに向けて俺の話を真剣に聞いていた。
正直、そんな真剣に聞こうとするなと言いたい。
ここから先は辛いことしかないのだから。
アルマに振られたこと、アルマとヨゼフが付き合い始めたこと。
周りから人が居なくなり、やがて拒絶されたこと。
逃げるように町から出て、ボロ小屋で独りで暮らしたこと。
現実から逃げるために酒に縋ったこと。
かつての仲間にバケモノ扱いされたこと。
そして、失意の中で魔王という人間のことを知りたくなって旅に出たこと。
俺は洗いざらい全てエメリに話した。
話し終えて、エメリを見ると泣いていた。
「なぜ泣いてる?」
「だって国のために、頑張ったのに……そんなの悲しすぎるよ。ブレイブ、全然報われてない……」
「いや、そんなことはない」
あの時は世界を恨んだ。
でも、今は違う。
「国での辛い経験があったから、エメリに出会えた」
「え?」
順風満帆に国での生活を送っていたら、魔王のことは記憶から消えていたかもしれない。
そうだったら旅に出ようとも思わなかっただろう。
「俺はこの旅が楽しい。エメリが居て、賢者が居る、この旅が楽しくて仕方ない」
「私、足手まといになってない?」
俺は首を横に振る。
そんなわけがあるわけがない。
エメリの明るさで何度助けられたか。
エメリの優しさで何度救われたか。
エメリの力で何度危機を乗り越えられたか。
言い出したらキリがない。
「エメリが居てくれたからここまで来れた。だから、これからも俺を助けてくれ」
エメリは真っ赤になった頬を押さえて、背を向けてしまう。
「エメリ」
「もう、何も言わないで……これ以上ニヤけたくないから」
俺は言われた通り、これ以上何も言わなかった。
ともあれ、俺はエメリと無事に和解できたことに安堵した。




