第17話 『敗北の痛み』
気付くと俺は絨毯の上で大の字になって倒れていた。
顔の左半分に鈍い痛みがある。
口の中は血の味が広がっている。
舌に何か当たった。
それが砕けた歯だと理解するのに時間は要らなかった。
俺は立ち上がって、口に溜まっていた血と砕けた歯を吐き捨てる。
体に意識を向ける。
大丈夫だ。
痛みや不調はない。
今後の戦闘に支障はない。
賢者が不安そうな表情をしている。
俺は問題ないとジェスチャーを送る。
破滅の魔王は俺を見て破顔した。
「今までの奴はひと殴りで頭が吹き飛ぶか、衝撃で死んじまうかだったから生きていてくれて嬉しいぜぇぇぇぇ!!! やっぱ勇者は最高だなぁぁぁぁ!!!」
コイツの言っていることに嘘はないだろう。
一瞬だが記憶が飛ぶほどの一撃。
間違いない。
単純な力でいえば破滅の魔王は、俺が倒した二人の魔王よりも遥かに高い。
その反面、知性は低そうだな。
「なぜ、俺が元勇者だと?」
「んなもん見りゃ分かるんだよ! テメェの魂に刻まれたモンを見りゃなぁぁぁぁ────!!!! さぁ、殺ろうぜ勇者! 最終決戦ってヤツをなぁぁぁぁ────!!!!」
再び迫る破滅の魔王。
先程は不覚を取られたが今は違う。
剣を引き抜き、俺は走り出す。
破滅の魔王から繰り出される打撃を回避しつつ斬撃を放つ。
奴も俺の攻撃を避けて攻撃に転じる。
一進一退の攻防。
そのどれもが決定打にならず膠着状態が続く。
必ず隙が現れるはずだ。
俺は己を奮い立たせて攻撃の手を決して緩めなかった。
「………ッ」
目も眩むような苛烈な戦闘の刹那。
俺はついに破滅の魔王の隙を見つけた。
この一撃で均衡を崩す。
剣を渾身の力で振るう。
破滅の魔王を屠れるかは怪しいが、大ダメージは与えられる。
「おおぉぉぉ!?」
隙を突かれた破滅の魔王が防御の姿勢に移ろうとする。
だが、遅い。
もうこの一撃は止められない。
次の瞬間、俺は目を大きく見開いた。
俺の剣は破滅の魔王を斬り裂くことはなかった。
それどころか、触れた瞬間に刃が折れて宙を舞う。
「──なっ」
折れた刃が床に落ちる僅かな時間。
破滅の魔王の連打が俺を襲う。
頬骨、左鎖骨、肋骨、左大腿部──あらゆる箇所がほぼ同時に砕かれる。
さらに腹部に衝撃が走る。
内臓が破裂した感覚。
俺は血反吐を撒き散らしながら、何度も床を転がり壁に激突する。
「勇者!」
賢者の声を無視して立ち上がる。
動くたびに全身に激痛が走る。
それを無視して、俺は拳を握りしめた。
「すげぇなテメェ!! 今ので死んでねぇのが驚きなのによぉ、まだ立ち向かって来んのかよ!! オレ様が殺した中で一番すげぇぞぉぉぉぉぉぉ────!!!!」
「殺される、気は、ない」
朦朧としている意識の中で俺は歩を進める。
不思議なことに恐怖はない。
それどころか、俺はこの状況を楽しんでいる。
強敵の出現に心が躍っている。
「テメェ、笑ってんのか?」
「………………」
「最高だなぁぁぁ! オレ様はもっとテメェと殺し合いがしえぇぇぇぇ────!!!」
激しく笑いながら破滅の魔王が拳を放つ。
俺は最小限の動きで一撃をかわし、懐に潜り込む。
まだ生き残っている右拳に全てを乗せて殴った。
「ぐあ゛ぁぁぁぁっ……」
決死の一撃は破滅の魔王には届かなかった。
俺の右腕はぐちゃぐちゃにひしゃげて、もはや腕として機能できるかも怪しい。
破滅の魔王の悪意に歪んだ笑みが見えた。
「良い拳だったけどよぉ〜、オレ様には届かねぇなぁぁぁぁ────!!!」
「──っ」
「これで死にぞこなったら、また来いや。そん時はきっちり殺してやるよ」
直後、顔面にかつてない衝撃が走った。
俺の意識は断裂した。




