第10話 『恋の終わり』
時は少し遡る。
「──これは私の単なるわがままなの」
「わがまま?」
ユーリアの言葉をおうむ返しする。
「そう、わがまま。ロナルドにはね、好きな子が居るの。確か相手国の公爵家の娘。幼なじみなんだって。その子とは一度パーティーで会ったことあるの。とっても可愛くて、彼女と一緒にいた時のロナルドは常に笑っていたわ」
「………………」
「何度かロナルドとは顔合わせしたけど、彼ね、私と居る時は作り笑いばかり。それはそうよね。互いの親が国力増強のために子どもを結婚させようとしているんだもの。そこに感情なんてあるわけがない」
ユーリアはどこか落胆しているようだった。
「私、思うの。結婚は好きな人とするべき。政治に使われるなんて絶対にダメよ」
「だから拒絶していたのか」
「そう。好きな人がすぐ側にいるのに他の女と結婚するなんて悲しすぎるわ。私、物語はハッピーエンドが好きなの」
ロナルドのためにユーリアは婚約を頑なに拒んでいたのか。
だが、それでは……。
×××
決闘が終わった後、ユーリアの真意を知ったロナルドは彼自ら婚約破棄を申し出た。
国王は酷く驚き、なんとか考え直してくれるように説得したがロナルドはテコでも動かなかった。
それにユーリアも婚約には反対していたこともあり、最終的には国王も婚約破棄を認めざるを得なかった。
俺はというと決闘のしばらく後、謁見の間に呼ばれていた。
「ブレイブよ。先の決闘は見事だった。しかし、どこの者とも分からぬお前に大事な娘はやれん」
「ああ、俺ももとよりユーリアと結婚する気などない」
「そうか。なら、この話は手打ちだ」
断言すると、国王は喜びを浮かべるが少しだけ不服そうな顔をしていた。
こんなに美しい娘は是非とも伴侶にしたい、させて下さい。──とでも言って欲しかったのだろうか。
ふざけるな。
「なぜ、政略結婚すら使って戦力を増強していた?」
「それは……」
国王が難しい顔をする。
額には汗が滲んでいた。
まあ、大方の予想はついているがな。
「『渇望の魔王』」
「なぜそれを!?」
「やはりそうか。『渇望の魔王』を討伐するために戦力を蓄えようとしていたんだろ。一つ聞くがこの国に勇者は存在しないのか?」
国王は玉座の肘掛けに置いていた拳を強く握りしめる。
それは憤りだった。
「なぜかは分からぬが、ここ数年勇者の出現は確認されて居らんのだ」
「そうなのか?」
「だから、兵を育てて魔王討伐に向かわせているが結果は惨敗。いたずらに兵を消耗するより、十全な戦力を増強し一気に攻め込もうと考えていたのだ」
勇者不在の事実は疑問に思うが、ある意味では好都合だ。
俺は国王に言う。
「俺と仲間で『渇望の魔王』を討伐に行く」
「何を言っているのだ!? 相手は魔王だ。勇者パーティーでもないお前たちがどうにかできる訳がない! 死に行くようなものだ!」
「安心しろ。俺たちには秘策がある」
もちろん、そんなものは無い。
そうでも言わないと色々とうるさいだろう。
国王はかなり悩んでいる様子だ。
だが、そんなの関係ない。
コイツが悩もうが悩まないが、俺は『渇望の魔王』に会いに行くのだから。
「魔王討伐したら報酬金は受け取りにくる」
それだけ言って、謁見の間を後にしようとする。
俺の背中に目がけて言葉が投げかけられた。
「死ぬ気なのか?」
「死ぬつもりはない」
俺にはやるべきことがあるからな。
×××
俺はユーリアと城門前に来ていた。
国に帰るロナルドを見送るためだ。
「ユーリア姫。貴女の心遣い一生忘れません」
ユーリアは首を横に振り、柔らかく微笑む。
「彼女と幸せになって」
「はい。必ず」
ロナルドは深々と頭を下げてから、馬車に乗り込んだ。
進んでいく馬車を見送る。
やがて、その姿が見えなくなると、ユーリアは俯いた。
「お前はよく頑張った」
「何よ……何が分かるの?」
「アイツのこと好きだったんだろ」
垂れ下がる髪の隙間から滴がポロポロと落ちていくのが見えた。
ここまで気丈に振る舞っていた。
それがついに崩れてしまったのだ。
「そうよ、そうよそうよそうよそうよ! 好きだった! パーティーで初めて会った時に一目惚れしたの! でも、彼の隣にはあの子が居たの!」
「ああ」
「政略結婚の相手が彼だって分かった時は、多少の罪悪感はあったけど死ぬほど嬉しかったわ! でも、彼は私の前じゃ心の底から笑ってくれない! 彼の心の中にはあの子がずっと居るの! 無理よ、私じゃ絶対に勝てない!」
「ああ」
「彼が幸せになればそれで良い……それで良いと思ってたのに……」
大粒の涙を流しながらユーリアは俺の胸に飛び込んで来た。
誰かに支えてもらってないと崩れ落ちてしまいそうなのだろう。
俺は彼女を優しく抱きしめて頭を撫でた。
「ユーリア、お前は凄い奴だ。本当によく頑張った」
その日、一人の少女の恋が儚く散ってしまった。
想いを寄せる人の幸せを願って、自らの恋を終わらせた少女を俺は心から尊敬した。




