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第1話 『最終決戦』


 俺が勇者と呼ばれるようになったのは約一年前のことだ。

 いたって普通の両親から生まれた。

 可もなく不可もない人生を歩んでいくんだと思っていた俺に、突然訪れた奇跡。


 それは神の気まぐれか、悪戯かは分からない。

 だが、確かに俺は祝福を受けた。


 その結果、人生が大きく変わった。

 ちょっと冒険者家業をやってみれば、あっという間に国最強に。

 闘技場では無敗記録をいとも簡単に更新した。

 様々な国のお姫様が結婚してくれと言い寄ってきた。


 圧倒的な力は俺を輝かせ、人々の尊敬と敬愛をまるで灯りに群がる虫のように集めてくれた。

 その功績は国王の耳にまで届き、魔王討伐を依頼された。

 俺は何の考えもなしに承諾した。

 正直に言うとこの頃は調子に乗っていた。

 魔王を斬り、闇を祓い、この世界を救ってみせると本気で思っていた──。



×××



 魔王討伐の旅の最中、三人の仲間と出会えた。

 魔法使い、戦士、賢者──みんな俺のことを認めてくれ、信頼してくれた。

 俺たちのパーティーには女性が一人いる。

 やっぱり男女で長く旅を続けていると恋心は生まれてくるのは無理もないと思う。

 俺が恋したのは魔法使い。

 彼女は誰に対しても優しく、いつだって明るくてパーティーの雰囲気を良くしてくれていた。

 俺は、魔王を倒したら魔法使いに告白しようと密かに思っていた。



×××



 魔王討伐の旅は決して楽なものではない。

 毎日宿に泊まれる保証はなく、野宿は日常茶飯事だ。

 辺りは暗闇に包まれ、月明かりが世界を淡く照らしている。

 森の中を進んでいたが、流石に危険と判断して野営をすることに。

 焚き火を囲み、俺たちは温かい飲み物を片手にたわいのない話をする。


「そういえば、魔王ってどんな奴なんだ?」


 ふとそんな疑問が過って、みんなに聞いてみた。

 賢者が顎をさすりながら、魔王について思案する。

 整った顔立ちをした、落ち着いた雰囲気を醸し出している美丈夫だ。

 魔法、剣術、肉弾戦、頭の良さ──どれをとっても一級品。

 天才を具現化したような人間だ。


「僕もはっきりとは知らないが、彼女は元人間らしい。なぜ、魔王に堕ちた理由は定かではないけど」

「なんか、凄い魔法を使うって聞いたことがあるわ」


 賢者に続いて魔王についてのことを述べる魔法使い。


「すげぇ魔法だ何だか知らねぇけどよ、とにかくぶっ潰すだけだぜ」


 拳を強く握りしめて、戦士は闘争心を燃やす。

 鍛え抜かれた肉体は凄まじい鍛錬の成果だと素人の俺でも分かる。

 みんなが寝静まったあと、こっそりとトレーニングを重ねているのは公然の秘密だ。

 彼は努力の天才だ。



×××



「よく来たな、憐れな勇者とその仲間たち」


 魔王城の玉座の間で、俺たちを待ち構えていた魔王は美しかった。

 艶やかな濡羽色の髪、天を穿つような碧い瞳。

 女性らしい曲線を描く肢体を黒の法衣のような衣服で包んでいる。

 寂しさと儚さを兼ね備えた、いまにも壊れそうな雰囲気は俺のイメージしていた魔王とは大きく異なっていた。

 でも、だからどうした。

 目の前の存在は世界に闇を敷く元凶。

 俺は剣を引き抜き魔王を睨みつける。


「お前の命運もここまでだ」


 その一言で、みんなも戦闘態勢を整えた。

 魔法使いは恐怖に抗いながら杖を構え、戦士は大剣を力強く握り、賢者は悠然と錫杖を振るう。

 対する魔王はどこまでも自然体だ。

 一瞬、視線が賢者に向く。

 ふん、魔王とは言っても美丈夫には興味はあるんだな。


「行くぞ──!」


 俺たちは広大な空間に敷き詰められた絨毯を力強く蹴り、魔王に立ち向かう。


「さあ、来るがよい。我を滅ぼしてみろ」


 魔王が手をゆっくりとあげる。

 瞬間、無数の魔方陣が展開されて、数々の魔法が一斉発射された。

 まるで色彩鮮やかな流星群。


「──っ」


 俺は身体を捻り、剣でいなし、殺人流星群を掻い潜る。

 だが、完全に回避することはできずに痛みと熱が身体を掠る。

 魔法使いと賢者が相殺しようと奮起するが、いかんせん数が多くて対処仕切れていない。

 俺と戦士は傷を負いながら駆ける。


 すると、戦士が一気に跳躍、渾身の力で大剣を魔王の頭に振り下ろす。

 ──兜割り。

 巨大なモンスターの脳天を叩き割った、あの時の衝撃と興奮が蘇る。

 いくら魔王と言えども、喰らえばひと溜まりもないはずだ。


「うおおおおおおおおお────っ」

「陽動もなしの単調な一撃……喰らうのは知性の無い獣ぐらいだろうな」


 戦士の兜割りをヒラリとかわす魔王。

 その流れで、戦士の鍛え抜かれた腹筋に掌底を叩き込む。


「ごっ」


 戦士の身体が放たれた矢のように飛び、玉座の間唯一の扉に激突する。

 静寂が俺たちを襲う。

 ぐったりと倒れる戦士を呆然と眺める魔法使いと賢者。

 俺も立ち止まってしまう。


「……魔法だけじゃないのか?」


 いくら考えたところで答えは見つからない。

 なら、直接ぶつかって見極めるしかない。

 俺は剣を握る手にさらに力を込めて、魔王に斬りかかった。


「そうだ。その意気だ、勇者よ」


 どこか愉しげに、魔王は俺と相対する。

 銀閃が走り、色彩を帯びた極光が煌めき、拳が唸り、脚が咆哮し、肉体が慟哭する。

 俺の攻撃を躱し、反撃する魔王。

 魔王の攻撃を躱し、反撃する俺。

 命と命の、魂と魂のぶつかり合い。


「────」

「────」


 いつの間にか俺は目の前の魔王しか見えなくなっていた。

 同格との勝負。

 純粋な力の鍔迫り合い。

 身体の奥から、今まで冷め切っていた何かが再燃した。


「楽しいだろう?」


 魔王は笑っていた。

 多分、俺も笑っていたと思う。


「分かるぞ、お前の心の内が。己が授かった力を全力で使える相手に出逢えて歓喜しているだろう」


 否定することは出来なかった。

 彼女の指摘は図星だった。

 俺は、彼女との戦いを楽しんでいた。

 出来ることなら永遠に続けばいいとすら思っていた。


「加勢する!」

「支援するわ!」


 賢者と魔法使いが俺と魔王の世界に割って入ってきた。

 有難いと思う反面、邪魔だという相反する感情が心中で渦巻いた。


 賢者の加勢により、風向きが俺たちの方に向き始めた。

 魔王の掌底が俺に襲い掛かる。

 よく見ると掌には圧縮された莫大な魔力の球体。

 そうか、殴っていたわけじゃないんだ。


 俺は、一歩後ろに下がり、魔王の腕を蹴り上げる。

 球体は天井にぶつかり、抑圧されていた魔力が一気に弾け飛んだ。

 天井が崩壊を始め、瓦礫が暴力的に降り注ぐ。

 薄々感じていたが、今ので確信に変わった。


 ──魔王は接近戦に弱い!


「くっ……猪口才な!」


 それまで平然としていた魔王の表情が初めて歪んだ。

 しかし、押し切るにはあと一歩及ばない。

 あと一歩──。


「うおおおおあああああああああ────っ」


 突然の咆哮。

 魔王が振り返ると、腹筋を血塗れにした戦士が大剣を振り下ろす。

 激しい轟音が空間に響き渡る。

 頭部から鮮血を撒き散らし、魔王が膝をつく。

 絶句した。

 あの一撃を受けて、まだ生きているなんて。

 魔王の全身から禍々しい魔力が迸る。


「まずい! みんな退避し……」

「おのれ……小癪な羽虫がぁぁぁぁぁぁ────!!」


 破滅の魔力が俺たちを襲う。

 近くにいた俺、賢者、戦士は防御する暇もなく魔力の奔流に呑まれる。

 天地の感覚が狂い、全身を激しい痛みが蝕む。


 気づいた時、俺は瓦礫の上に横たわっていた。

 剣を支えに立ち上がる。

 周りを見ると、みんなも無事のようだ。

 だが、満身創痍。

 立っているのもやっとのようで限界寸前だ。

 魔王はそこにいる。

 俺は奥歯を噛み締めて、全身の痛みを無視して立ち向かう。


「魔王ぉぉぉぉぉぉ──!!!」

「勇者ぁぁぁぁぁぁ──!!!」


 俺は走り出す。

 魔王の背後に魔方陣が展開され、極光の流星群が放たれる。

 狙いなどない。無茶苦茶に撃っているだけだ。

 その内の一つが魔法使いへと飛来する。


「きゃぁぁぁっ!!」


 刹那の選択。

 魔法使いか、魔王か。

 俺の一瞬の躊躇に対して、戦士はなんの迷いもなく魔法使いを身を呈して守った。

 血塗れ、傷だらけの戦士は魔法の余波の煙を纏い、白目を剥きながら前のめりに倒れた。

 あの身体で……戦士、お前は本当に凄い奴だよ。

 戦士の勇気に押されて、俺は魔王の元へと走る。


「これで終わりだぁぁぁぁぁぁ────っ!!」


 魔王の心臓を貫いた感触が確かに伝わった。

 彼女の顔を見ると、とても穏やかで、どこか俺を憐れむようで。

 なんで、そんな顔を……。

 魔王は崩れ落ち、鮮血に染まり、二度と動かなかった。


「………………」


 俺は魔王討伐を達成した。

 その胸にほろ苦い痛みを残して。



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