魔王、ちょっと待てと言う
異変は、静かすぎる形で起きた。
朝。
もやしの国(仮)。
俺は今日も柵の中にいた。
四重だ。
もう柵の内側がどこなのかわからない。
「……なあ二号」
もやし二号が札を出す。
《外部気配:高位存在 複数》
「……魔王?」
《肯定》
「なんでだよ!! 触らないって言ってただろ!!」
次の瞬間だった。
空が割れた。
でも今回は、爆音も灼熱もない。
ただ、ため息みたいな圧が落ちてきた。
⸻
魔王たちは、国境の外側に立っていた。
誰一人、侵入しない。
誰一人、威圧しない。
ただ、全員が同じ顔をしていた。
呆れ顔だ。
灼界魔王イグナ=ヴァルカが、腕を組んで言う。
「なあ人間」
声は低いが、怒っていない。
「ちょっと聞きたいんだが」
深海魔王ネレウス=アビスが続ける。
「我々は“触らない”と決めた」
夢幻魔王ミルフィ=ノクスが指を折る。
「試さない」
「殴らない」
「煽らない」
死界魔王モル=ネクロスがぼそっと言う。
「……会議も減らした……」
機界魔王オルド=ギアが淡々と告げる。
「干渉率:ゼロ」
全員が同時に、柵を見る。
「……なんで」
イグナが言った。
「囲ってんだ?」
⸻
王国の代表が慌てて前に出る。
もちろん、柵の外から。
「こ、これは善意です!
無職もやし神様を守るためでして!」
イグナが眉をひそめる。
「守る?」
ネレウスが静かに聞く。
「本人の意思は?」
代表は言葉に詰まる。
「……その……判断を求めてはいけない条例で……」
ミルフィが首を傾げた。
「じゃあ閉じ込めたの?」
「……結果的に……」
魔王全員が、同時にため息をついた。
⸻
モル=ネクロスが小さく言う。
「……それ……
“保護”じゃなくて……
“封印”……」
オルド=ギアが即座に判定する。
「人間側対応:過剰最適化による自壊」
「やっぱりか」
⸻
俺は柵の中から叫んだ。
「なあ!!
俺もそう思ってた!!」
全員が一斉に俺を見る。
イグナが驚いた。
「喋れるのか?」
「喋れるわ!!
ただ三日間誰も聞かなかっただけだ!!」
ミルフィが笑う。
「かわいそ~」
「同情するなら柵壊してくれ!!」
⸻
ネレウスが、王国と神殿に向き直る。
「いいか。境界というのはな」
指で空間をなぞる。
「越えないものだ。
囲うものじゃない」
イグナが続ける。
「俺たちは“触らない”ことで距離を保った。
お前たちは“守る”ことで距離を奪った」
ミルフィがニコニコしながら言う。
「それ、どっちが怖いと思う?」
場が静まり返る。
⸻
ペイパ=ワークが、書類を抱えて震えながら前に出た。
「え、えっと……
魔王会議としての正式見解ですが……」
全員が見る。
「……その条例……
危険です」
王国がざわつく。
「危険……!?」
ペイパが必死に続ける。
「無職を“概念”にしすぎています……
概念は……燃えます……」
「燃えるって何だよ!!」
「炎上します!!
書類も!!」
「そっちかよ!!」
⸻
オルド=ギアが淡々と宣言する。
「勧告。
無職保護条例、即時見直し」
イグナが拳を鳴らす。
「聞かないなら、俺が“責任”を取る」
王国代表が青ざめた。
「せ、責任……?」
「殴るとは言ってない」
「言ってないのが怖い!!」
⸻
最終的に。
柵は、外された。
全部。
俺は、三日ぶりに外に出た。
「……外、こんなに広かったっけ」
ネレウスが俺を見る。
「君は境界だ。
閉じ込められるものじゃない」
ミルフィが手を振る。
「また囲ったら来るからね~。
次はもっと面倒な会議付きで」
「脅し方が事務的すぎる!!」
⸻
魔王たちは、何事もなかったように去っていった。
戦争は起きなかった。
威圧もなかった。
ただ、人間側が一番怒られた。
⸻
夜。
畑。
俺は土に座り込んで、深く息をついた。
「……魔王の方が話通じるってどういう世界だよ」
もやし二号が札を出す。
《結論:無職と魔王、立場が近い》
「嬉しくねえ」
世界は今日も、
戦争ではなく説教で救われた。
俺は一つだけ思った。
「……もう条例作るな」
もちろん、
その願いは誰にも聞かれなかった。




