無職、働けと言われる
朝。
俺は相変わらず、無職保護区域の柵の中にいた。
守られすぎて、外に出られないという新しい地獄だ。
「……なあ、これいつ解除されるんだ?」
もやし二号が札を出す。
《解除条件:無職本人の同意》
「じゃあ解除する」
《補足:同意を求める行為は禁止》
「……詰んでるな?」
俺が真顔で言うと、二号は静かに頷いた。
そこへ、遠くから人の気配。
王国の使者、神殿の司祭、どこかの官僚。
全員、柵の外で止まる。
「無職もやし神様……」
「その呼び方やめろ」
「条例により近づけませんので、この距離で失礼します」
「話しかけるのはいいんだな?」
「はい。話しかけるのは例外です」
「ガバガバかよ」
使者は咳払いをして、本題に入った。
「えー……本日は、その……ご相談がありまして」
嫌な予感しかしない。
「相談?」
「はい。あの……世界が、少し落ち着いてきましたので」
「うん」
「そろそろ……その……」
全員が言いにくそうに目をそらす。
神殿の司祭が、勇気を出して言った。
「――何か、していただけませんか?」
空気が止まった。
俺はゆっくりと聞き返す。
「……今、なんて言った?」
「い、いえ! 決して命令ではなく! お願いでして!」
「条例第一条、なんだっけ?」
もやし三号が即答する。
「無職に判断を求めてはならない」
「今、判断求めてない?」
使者が慌てる。
「で、ですが! このままでは現場が……!」
「現場に判断させろって俺言ったよな?」
「それは……はい……ですが……」
「じゃあ俺に振るな」
論理的には完全勝利だ。
だが、世界は論理で動かない。
「無職様が何もしないと宣言されたことで、世界は救われました」
神殿の司祭が感動した顔で言う。
「でも、そろそろ“次の段階”に……」
「次の段階って何だよ」
「象徴的な……ご発言とか……」
「それ働けって意味だろ」
官僚がメモを取りながら言う。
「“働け”という表現は不適切です。正しくは――」
「言い換えなくていい」
もやし四号が腕を組む。
「つまり、働け?」
「黙れ」
俺は柵の中で、頭を抱えた。
「いいか。俺は無職だ。何もしないって宣言した。条例もそれを前提に作った。なのに今、俺に何かしろって言ってる」
使者たちは沈黙する。
「それ、条例違反だよな?」
「……はい」
「じゃあどうするんだ」
全員、困った顔で言った。
「条例を……柔軟に……」
「一番ダメな言葉出たな」
もやし二号が札を出す。
《警告:条例の恣意的運用は混乱を招く》
「だよな!?」
リクツが補足する。
「現在の状態は、無職を守るための条例が、無職に行動を要求している。論理破綻だ」
「そうそうそれ!」
司祭が震える声で言う。
「で、では……無職様が働かないことを前提に、働いた“ことにする”というのは……」
「捏造すんな」
官僚が目を輝かせる。
「名案です!」
「よくねえよ!!」
その瞬間、遠くで鐘が鳴った。
別の国からの使者が叫ぶ。
「無職様! 隣国では“無職が動いた”という噂が!」
「動いてねえ!! ここから一歩も出てねえ!!」
混乱が広がる。
誰かが叫ぶ。
「無職様が動かないことで、我々が動かされている!」
「哲学に逃げるな!!」
俺は柵を叩いて叫んだ。
「いいか!! 俺は!! 無職だ!! 守るなら守れ!! 期待するな!! 働かせるな!!」
沈黙。
そして。
「……深い……」
「感動的だ……」
「歴史的発言だ……」
「だから違うって言ってるだろ!!」
夜。
使者たちは何も解決しないまま帰っていった。
条例は残った。
期待も消えなかった。
俺は柵の中で、ため息をつく。
「……無職って、働かされるより大変じゃね?」
もやし二号が札を出す。
《結論:無職は最前線》
「そんな最前線いらねえ」
世界は今日も、
無職を守りながら、無職に働かせようとして失敗していた。
平和だった。
とても、めんどくさい平和だった。




