無職、守られすぎる
条例は、静かに成立した。
誰も反対しなかった。
なぜなら――誰も内容を最後まで読んでいなかったからだ。
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もやしの国(仮)。
朝。
俺は畑に出ようとして、止まった。
道の真ん中に、柵がある。
「……なんだこれ」
看板が立っていた。
《無職保護区域》
《立入注意》
《話しかけないでください》
「俺の家の前なんだが?」
もやし二号が札を出す。
《報告:無職保護条例 発効》
「聞いてねえ!!」
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条例は、各国の善意の結晶だった。
王国は言った。
「無職を危険から守ろう」
神殿は言った。
「無職の心を乱してはならない」
結果――全部盛りになった。
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最初の条文。
《第一条:無職に判断を求めてはならない》
「助かる」
次。
《第二条:無職に責任を負わせてはならない》
「最高だ」
次。
《第三条:無職の行動を制限してはならない》
「お、まともじゃん」
そして。
《第四条:無職の安全確保のため、
半径五十メートル以内への立ち入りを禁ずる》
「は?」
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畑が遠い。
五十メートルの外だ。
「俺、畑行けないんだが?」
もやし三号が淡々と説明する。
「矛盾だな。
行動を制限してはならないが、
安全確保のために隔離している」
「じゃあ解除しろ!!」
「解除すると条例違反だ」
「どっちに転んでもダメじゃねえか!!」
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もやし四号が柵を殴ろうとする。
「壊す?」
「壊すな!!」
ナグルは不満そうに言う。
「無職を守るためなら殴っていいと思う」
「理屈がおかしい!!」
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昼。
腹が減った。
鍋を出そうとした瞬間、鐘が鳴った。
神殿の使者が叫ぶ。
「無職様!!
条例第七条により――
“無職が鍋をする間、戦争行為を禁止します!!”」
「今どこで戦争してんだよ!!」
遠くで、何かが止まる気配がした。
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もやし五号が寝転びながら言う。
「……無職……
守られて……
動けない……」
「それ牢獄って言うんだよ」
もやし六号が元気に手を挙げる。
「でも安全だよ!」
「安全すぎて餓死するわ!!」
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夕方。
俺は柵の中で、ただ座っていた。
外では、多種族の住民が遠巻きに見守っている。
「……なんで誰も近づかないんだ」
住民が叫ぶ。
「条例です!!」
「違反すると会議になります!!」
「会議を罰に使うな!!」
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そこへ、王国の代表が走ってきた。
五十メートル手前で止まる。
「無職もやし神様!!
ご安心ください!!
我々はあなたを全力で守っています!!」
「守りすぎだ!!
自由にしろ!!」
代表は困惑した。
「え……ですが……
“自由にする”という判断を、
無職様に求めるのは……」
「俺が言ってるだろ!!」
「判断を求めてしまいました!!
違反です!!」
代表は自分で罰則を書き始めた。
「やめろ!! 自爆するな!!」
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夜。
もやし二号が札を出す。
《提案:解除》
「できるなら最初からやれ!!」
《補足:解除には無職の同意が必要》
「……」
《同意を求めるのは禁止》
「詰んでるだろ!!」
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遠く。
魔王たちはこの条例を聞いて、静かに笑った。
「……善意って怖いな」
「一番触っちゃいけないやつを、
一番厳重に囲ってる」
ペイパ=ワークが呟く。
「“守る”って……
こんなに手続き要るんですね……」
「学ぶな」
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深夜。
俺は柵の中で、星を見ていた。
「……なあ二号」
《はい》
「無職って、こんなに大変だったか?」
二号は少し考えて、札を出す。
《訂正:無職は自由》
「……じゃあ今の俺は?」
《保護対象》
「最悪だ」
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世界は今日も、
無職を守るために、無職を閉じ込めていた。
平和だった。
ただし、
自由はなかった。




