魔王、触らないと決める
世界は、また静かになった。
理由は単純。
魔王たちが全員、動かないと決めたからだ。
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どこでもない場所。
会議室。
円卓。豪華。無駄に広い。
魔王が全員そろっている。
空気が重い。
だが敵意はない。
あるのは――疲労。
「……で」
灼界魔王イグナ=ヴァルカが腕を組む。
「誰か、説明してくれ」
深海魔王ネレウス=アビスが静かに答える。
「各国が勝手に“もやし二号”を神格化した」
「うん」
「対魔王兵器扱いしている」
「うん」
「だが本人は命令を聞かない」
「うん」
「マスターは無職」
「……うん?」
全員、黙った。
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夢幻魔王ミルフィ=ノクスが笑いをこらえながら言う。
「ねえこれさ、
誰がどう考えても“触っちゃダメなやつ”じゃない?」
死界魔王モル=ネクロスが机に突っ伏す。
「……もうやだ……
生きてるだけで“物語が進む存在”とか……
管理不能……」
機界魔王オルド=ギアが淡々と報告する。
「各国の動き、分析完了。
結論:過剰対応による自滅」
「でしょうね」
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そこへ。
ドアが静かに開く。
書類界新人魔王ペイパ=ワークが、紙束を抱えて入ってきた。
目が死んでいる。
「し、失礼します……
各国からの“正式照会”“非公式懇願”“極秘提案”……
合計……七百二十三件……」
イグナが叫ぶ。
「多すぎだろ!!」
「しかも……」
ペイパ=ワークが紙を一枚掲げる。
「“もやし二号を貸してほしい”
“共同管理案”
“予算申請”
“もしもの時の倒し方(未完成)”……」
全員、同時に言った。
「書くな!!」
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ネレウス=アビスが静かに考える。
「つまりこうだ。
世界は“使い方”を探している」
ミルフィが頷く。
「うん。
“物語の装置”にしたがってる」
モル=ネクロスが呻く。
「……一番ダメなやつ……」
オルド=ギアが結論を出す。
「危険度:極大。
世界が“正解を作ろう”としている」
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イグナ=ヴァルカが立ち上がる。
「よし。決めよう」
全員が見る。
「俺たちが、先に決める」
拳を机に置く。
「――触らない」
静寂。
ミルフィが確認する。
「え、殴らない?」
「殴らない」
「試さない?」
「試さない」
「挑発もしない?」
「するな」
モル=ネクロスがほっと息をつく。
「……生き延びた……」
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ネレウス=アビスが続ける。
「正式に宣言しよう。
“もやし二号は戦争対象ではない”」
オルド=ギアが補足。
「理由:
一、敵意がない
二、制御不能
三、無職が隣にいる」
「三つ目、雑すぎるだろ」
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ペイパ=ワークが恐る恐る言う。
「で、では……
その宣言……文書化しますか……?」
全魔王が一斉に叫んだ。
「するな!!」
ペイパ=ワークが泣いた。
「じゃあ私……何を……」
ミルフィが優しく言う。
「何もしないって書いて」
「それが一番書きづらいんです!!」
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イグナ=ヴァルカが締める。
「いいか。
あれは魔王じゃない。
兵器でもない。
神でもない」
少し間を置いて言う。
「――境界だ」
ネレウスが頷く。
「境界は、越えないのが礼儀だ」
モル=ネクロスが小さく笑う。
「……珍しく、まともな結論……」
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オルド=ギアが最後に宣言する。
「魔王会議決定事項。
“もやし二号関連事案”について――」
淡々と。
「不干渉」
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その頃。
もやしの国(仮)。
俺は畑でしゃがんでいた。
「……最近、静かすぎない?」
もやし二号が札を出す。
《報告:魔王側、距離確保》
「なんで知ってんだよ」
《観測》
「観測すんな!!」
もやし三号が言う。
「合理的判断だな」
もやし四号が不満そう。
「殴れないのか」
もやし五号が寝転びながら。
「……平和……」
もやし六号が元気に。
「なんか嵐の前って感じ!」
「不吉なこと言うな!!」
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遠くのどこかで、魔王たちは同時に思った。
(今は……触らない)
(だが――)
(いつか、触らざるを得ない日が来る)
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俺はもやしを抜いて、ため息をついた。
「……まあいいや」
鍋を火にかける。
「今日は、何も起きない日だ」
二号が札を出す。
《予測:何も起きない日は、起きない》
「哲学みたいなこと言うな!!」
世界は今日も、
何も起きないふりをして、確実にズレていった。




