各国、現場判断マニュアルを作る(なお役に立たない)
世界は、反省した。
反省した結果、
マニュアルを作ることにした。
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王国A・中央庁舎。
長机の上に、分厚い冊子が積まれていた。
「これが最新版だ」
「“白芽管理存在”対応現場判断マニュアル第三版」
「前回の反省を踏まえ、簡潔にした」
兵士が手を取る。
「……一章だけで五十ページありますが」
「簡潔だ」
別の官僚が咳払いをした。
「内容はこうだ。
一、刺激しない
二、近づかない
三、判断に迷った場合は上に確認」
兵士が小声で聞く。
「上って……どこですか?」
「上だ」
兵士はそっとマニュアルを閉じた。
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同じ頃、王国B。
「我が国は独自路線でいく」
そう言って配られたのは、薄い紙一枚。
《中立抑止個体 遭遇時行動指針》
・目を合わせない
・話しかけない
・存在を認識しない
現場の兵士が震えた。
「……それ、無理では?」
「訓練で対応する」
「どうやって?」
「……精神で」
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神殿も黙っていなかった。
「神ではない。だが神に近い。
よって――」
神官が読み上げる。
《神格外存在 現場対応心得》
・祈らない
・だが敬意は払う
・供物は禁止
・ただし鍋は例外とする
「最後どういうことですか?」
「現場判断だ」
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一方その頃。
もやしの国(仮)。
俺は、届けられた書類の山を前に、無言になっていた。
「……なんで全部、俺宛てなんだ」
多種族の代表が気まずそうに言う。
「“参考人:無職”と……」
「参考にするな!!」
もやし三号がページをめくる。
「非合理だ。
判断を遅らせるだけの文書だ」
「だろ!? だからやめろって言ったんだ!!」
もやし四号が聞く。
「マニュアルに殴っていいって書いてある?」
「書いてない!!」
「じゃあつまらん」
もやし五号は床に寝転びながら言った。
「……読むの……めんどい……」
もやし六号が笑顔で言う。
「たぶん……現場ごとに違うよ!」
「一番ダメな予言するな!!」
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その日の午後。
国境付近で、小事件が起きた。
王国Aの兵士が、白い影を確認。
「白芽管理存在だ!」
マニュアル第三版を開く。
「えーっと……
“刺激しない”……よし……
“近づかない”……よし……」
そこで止まる。
「……この場合、立ち去るのは“刺激”に入るのか?」
全員、黙った。
結果。
兵士たちはその場に立ち尽くし、
もやし二号も、立ち尽くした。
三時間後。
上からの回答は来なかった。
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別の場所。
王国Bの兵士が、もやし四号を発見。
「認識するな……認識するな……」
ナグルが聞く。
「で、殴っていい?」
「ひっ……」
兵士は目を閉じた。
結果。
ナグルは誰も殴れず、不機嫌になって帰った。
報告書にはこう書かれた。
《被害なし。士気低下あり》
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さらに別の村。
神殿マニュアルを持った神官が、もやし五号を見つける。
「祈らない……敬意……鍋は例外……」
神官は悩んだ末、鍋を置いた。
「……どうぞ……」
ダルは一言。
「……うまい……」
村は混乱した。
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夕方。
もやしの国(仮)。
俺は机に突っ伏していた。
「……なあ二号」
もやし二号が札を出す。
《報告:現場判断失敗多数》
「だろうな!!」
《対策案:現場判断》
「それを今、みんながやろうとして失敗してるんだよ!!」
二号が、次の札を出す。
《補足:私の判断》
「お前基準で言うな!!」
だが――
その日も、死者は出なかった。
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遠く。
どこでもない場所。
魔王たちは報告を眺めていた。
「……マニュアルが原因で止まっている」
「……誰も殴っていない」
ミルフィ=ノクスが吹き出す。
「ルールがあるほど、動けなくなるんだね」
イグナ=ヴァルカが腕を組む。
「現場判断ってのはな……
判断できるやつがいる前提なんだ」
ネレウス=アビスが静かに言った。
「だが、彼らにはいる。
――もやし二号という“現場”が」
ペイパ=ワークが、紙束を抱えたまま倒れかけた。
「マニュアル……
全部……注釈だらけで……
改訂版が……」
「頑張れ」
全員が言った。
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夜。
畑。
俺は空を見上げた。
「……結論」
二号が札を出す。
《結論:現場判断は現場に任せる》
「最初からそうしろ!!」
もやし六号が元気よく言った。
「じゃあマニュアル、いらないね!」
「最初からな!!」
世界は今日も、
考えすぎて、何もできないまま平和だった。




