名前が違うだけで現場が混乱する
事件は、小さかった。
だが、ややこしかった。
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王国Aの国境付近。
見張りの兵士が、白い影を見つけた。
「――来たぞ!
“白芽管理存在”だ!!」
兵士たちは一斉に緊張した。
「距離を取れ!」
「刺激するな!」
「管理存在は“中立”だ!」
白い影――もやし三号は、腕を組んで立っていた。
「合理的に考えれば、ここで停止するのが最適だ」
兵士たちは青ざめた。
「喋った!?」
「やはり高位存在……!」
誰も近づかない。
結果、何も起きなかった。
ただ――
通行止めが三日続いた。
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同じ頃。
王国Bの街道。
「おい! あれ見ろ!」
荷馬車の商人が指差す。
「“中立抑止個体”だ!」
遠くで、もやし四号が拳を鳴らしていた。
「で、殴っていい?」
「逃げろぉぉ!!」
商人たちは全力で逃げた。
ナグルは首を傾げた。
「……誰もいない。
殴れない。
つまらん」
結果、街道は半日使われなかった。
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別の場所。
小さな村。
畑の横で、もやし五号が寝ていた。
村人が首を傾げる。
「……あれは……“分類保留存在”……?」
「いや、ただの白い人だろ」
「……野菜じゃないか?」
村人の一人が、そっと声をかけた。
「……もやし?」
「……ん……」
ダルが寝返りを打った。
村人たちは固まった。
「今……返事した……?」
結果、村は一時間だけ静まり返った。
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最後に。
森の中。
斥候が報告を上げていた。
「“白芽群像”を確認――」
その瞬間。
「たぶん……こっちだよ!」
もやし六号が、全力で横切った。
「!?!?!?」
斥候は転んだ。
報告はこう書き換えられた。
《白芽群像:移動速度不明、行動予測不能》
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その日の夕方。
もやしの国(仮)。
俺は報告書の山を前に、頭を抱えていた。
「……全部、“何も起きてない”って書いてあるのに、
全部“問題発生”になってる……」
多種族の代表が気まずそうに言う。
「呼び方が……違っただけで……」
「だから言っただろ!!
名前を付けるなって!!」
もやし三号が腕を組む。
「名称の不統一は、現場効率を著しく下げる」
「原因お前らだろ!!」
もやし四号が聞く。
「で、誰か殴る?」
「殴るな!!」
もやし五号は寝転びながら言った。
「……名前……どうでもいい……」
もやし六号が笑う。
「でも……たのしかったね!」
「楽しくするな!!」
俺は天を仰いだ。
「……なあ二号」
もやし二号が、札を出す。
《原因:呼称不統一》
「わかってる!!」
《対策案:現場判断》
「雑すぎるだろ!!」
だが、その“雑さ”のおかげで――
その日は誰も死ななかった。
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遠く。
どこでもない場所。
魔王たちは報告を読んでいた。
「……被害ゼロ」
「……混乱のみ」
ミルフィ=ノクスが笑う。
「名前が違うだけで、こんなにズレるんだ」
イグナ=ヴァルカが腕を組む。
「つまりだ。
世界はもう――」
ネレウス=アビスが静かに続けた。
「“扱い方”を間違えている」
ペイパ=ワークが、紙束を抱えたまま呟く。
「……これ……
分類しないほうが……
平和なのでは……?」
誰も、否定しなかった。
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畑に戻る。
俺は鍋をかき混ぜながら言った。
「……結論」
二号が札を出す。
《結論待機》
「名前が違うだけで、世界はこんなにズレる」
もやし六号が元気よく言った。
「じゃあ名前、なくそう!」
「それはそれで困る!!」
世界は今日も、
何も起きていないのに、問題だけ増えていた。




