世界、もやしに正式名称を付けたがる(決まらない)
世界は、とても真面目だった。
だからこそ、余計なことを始めた。
⸻
最初に動いたのは、王国だった。
「白い存在を、いつまでも“もやし”と呼ぶわけにはいかない」
重厚な会議室。
重厚な椅子。
重厚な顔ぶれ。
「正式名称が必要だ」
「文書に書けない」
「条約に載せられない」
誰かが言った。
「“対魔王抑止存在”ではどうか」
「強すぎる」
「刺激的だ」
「戦争が起きる」
却下。
「では“中立災害管理対象”は?」
「災害って書くな」
「国民が怖がる」
却下。
「“特例的存在”」
「何の特例だ」
「説明文が十ページ必要になる」
却下。
結論は出なかった。
だが――
名前の案だけは増えた。
⸻
別の国では、もっと軽率だった。
「白芽騎士団」
「いい響きだ」
「英雄っぽい」
「いや、騎士ではない」
「命令を聞かない」
「じゃあ“白芽群像”」
「群像って何だ」
「数が増えたら困る」
困る、という言葉に全員が黙った。
数は、もう増えていた。
⸻
神殿は、懲りていなかった。
「神ではない……だが神ではないとも言い切れない……」
神官が額を押さえる。
「“神格外存在”では?」
「外って書くな」
「怒られる」
「“神格未満存在”」
「未満って書くな」
「怒られる」
結局、神殿の書類にはこう書かれた。
《分類保留(危険度不明・信仰禁止)》
誰も納得していなかった。
⸻
一方その頃。
もやしの国(仮)。
俺は畑で、鍋をかき混ぜていた。
「……最近、視線が増えてないか?」
多種族たちが、気まずそうに笑う。
「えっと……各国から……問い合わせが……」
「呼び名を……」
「知らん!!」
もやし三号が腕を組む。
「合理的に考えれば、名称統一は必要だ」
「お前は黙ってろ!!」
もやし四号が聞く。
「名前ついたら、殴っていい?」
「よくない!!」
もやし五号は寝転びながら言う。
「……名前……どうでもいい……」
もやし六号が言った。
「たぶん……国ごとに違うよ!」
「それ一番困るやつ!!」
俺は頭を抱えた。
「いいか!!
こいつらは――」
言いかけて、止まる。
説明しようとした時点で、負けだ。
「……野菜だ」
全員が静かに頷いた。
誰も信じていなかった。
⸻
同じ頃。
どこでもない場所。
魔王たちは、報告を受けていた。
「王国A:白芽管理存在」
「王国B:中立抑止個体」
「神殿:分類保留」
「民間:もやし」
オルド=ギアが淡々と読み上げる。
「名称、統一されず」
ミルフィ=ノクスが楽しそうに笑う。
「最高だね。
名前が決まらない存在って、一番厄介」
イグナ=ヴァルカが腕を組む。
「つまりだ。
誰も責任を持たない」
モル=ネクロスが小さく呟く。
「……そのうち……
“呼び方の違い”で……
争う……」
ペイパ=ワークが、紙束を抱えながら震えていた。
「名称欄が……埋まらない……
全部注釈だらけで……
索引が……死んでます……」
「頑張れ」
全員が言った。
ペイパ=ワークは泣いた。
⸻
畑に戻る。
俺は鍋を置いて、空を見上げた。
「……なあ二号」
二号が札を出す。
《状況:名称未確定》
「だろ」
《評価:管理に支障なし》
「ならいい」
もやし六号が言った。
「名前なくても……生きていけるよ!」
「それはそうだけどな!!」
遠くで、また新しい書類が生まれた気がした。
世界は今日も、
名前を付けられないまま、前に進んでいた。




