静かすぎる世界
どこでもない場所。
玉座も円卓もない。ただ「集まる必要があったから集まった」だけの空間。
魔王たちは立ったままだった。
最初に口を開いたのは、灼界魔王イグナ=ヴァルカだった。
「……静かすぎる」
火山国家の王にしては、声が低い。
「戦もない。反乱もない。勇者も湧かない」
深海魔王ネレウス=アビスが淡々と頷く。
「人間側が“判断を保留している”」
「保留だと?」
イグナが眉をひそめる。
「普通はな、怖がるか、殴りに来るか、どっちかだ」
「今回は違う」
死界魔王モル=ネクロスが、ぼそっと言った。
「……神殿も……王国も……“考えない”を選んでる……」
「最悪じゃない?」
夢幻魔王ミルフィ=ノクスが楽しそうに笑う。
「敵でも味方でもない。でも準備だけはしてる」
空中に、情報が浮かぶ。
食料備蓄:増加。
発酵系資源:拡大。
精神安定需要:急上昇。
機界魔王オルド=ギアが即座に分析した。
「戦争準備ではない。だが平時としては異常」
「……つまり」
ネレウスが静かに言う。
「“もやしを信仰にしないよう努力している”」
沈黙が落ちた。
「……えっと……」
その中央で、小さな声がした。
書類界新人魔王、ペイパ=ワーク。分厚い紙束を抱え、立ち尽くしている。
「この……この状況……議事録的には……“想定外”が多すぎて……」
イグナが肩を叩いた。
「元気出せ!」
「それが一番つらいです!!」
即答だった。
ミルフィがくすくす笑う。
「かわいそ~。でもねペイパ、これ多分――」
「記録しないと、後で“何もしていなかった”ことになる」
ネレウスが引き取った。
ペイパ=ワークの顔色がさらに悪くなる。
「それが一番怖いんです……!!」
ネレウスが場をまとめる。
「結論を急ぐ必要はない。だが放置もしない」
「戦線布告は?」
イグナが聞いた。
「しない」
「干渉は?」
「しない」
「接触は?」
一拍置いてから、ネレウスは言った。
「……必要になれば」
モル=ネクロスが小さく呟く。
「……また……会いに行く日……来るよね……」
オルド=ギアが淡々と補足する。
「観測対象“無職もやし神”:依然として把握不能」
「観測対象“もやし二号”:依然として対策不能」
ペイパ=ワークが震える手で書き込む。
「“把握不能”“対策不能”……あの……これ……後で怒られませんか……?」
「怒られる」
全員が即答した。
ペイパ=ワークがうなだれる。
「……ですよね……」
ミルフィがくるっと振り返った。
「ねえ。あの白いやつ、今なにしてる?」
「立っている」
ネレウスが答える。
「無職は?」
「無職のまま」
「……なのに世界が勝手に落ち着いてる」
ミルフィは楽しそうに言った。
「これ、物語的には一番イヤなやつだよ?」
イグナが鼻で笑う。
「殴る理由がない。止める理由もない。だが――」
「放置すると、増える」
モル=ネクロスが続ける。
「……鍋……信仰……静かなやつほど……広がる……」
ネレウスが結論を出した。
「戦争は起こさない。だが、我々も“考えるのをやめない”」
オルド=ギアが頷く。
「最適解」
イグナが腕を組む。
「つまり、様子見だ」
ミルフィがにやっと笑った。
「様子見って、一番長引くよね」
ペイパ=ワークが泣きそうな声で言う。
「……議事録……“結論:継続観測”で……いいですか……?」
「いい」
全員が頷いた。
その頃。
もやしの国(仮)。広場。
鍋が煮えている。白い存在が立っている。無職が、何も考えていない。
世界は今日も、平和だった。
――だからこそ。
魔王たちは、記録だけは残した。
ペイパ=ワークが最後に小さく書き足す。
「備考:“静かすぎる状況は、後で必ず問題になる”」
そして思った。
(これ……また後で……私が説明するやつだ……)
新人魔王は、今日も不憫だった。




