派閥は静かに増える
朝。
俺は鍋に湯を張っていた。
最近、世界が静かだ。
静かすぎて、逆に信用ならない。
「……今日は何も来ないよな」
もやし二号は、いつも通り俺の横に立っている。
白い。
無表情。
待機。
《状況:来訪予定なし》
「予定って言い方やめろ」
⸻
昼前。
広場の端で、ひそひそ声がした。
「……あれが……」
「……例の……」
俺は気づかないフリをした。
最近学んだ。
気づくと増える。
しかし――
「失礼します」
気づいた。
声をかけてきたのは、一般人っぽい三人組だった。
武装なし。
宗教服でもない。
ただの町人。
「何?」
男が、やや緊張しながら言う。
「いえ……その……
私たち、“派閥”でして……」
「帰れ」
「まだ名乗ってません!」
「名乗るな」
⸻
「私たちは“鍋派”です」
「帰れって言ってるだろ」
女が慌てて補足する。
「争いません!
主張もしません!
ただ……」
「ただ?」
「鍋が煮えてると、落ち着くなって……」
「それだけで派閥作るな!!」
もやし二号が札を出す。
《補足:鍋は落ち着く》
「本人が肯定するな!!」
⸻
午後。
別の集団が現れた。
「我々は“立ってるだけ派”です」
「またかよ」
老人が静かに言う。
「白い方が、立っている。
それだけで、今日は大丈夫だと思える」
「思えるだけで終わらせろ」
「ええ。終わらせています」
「……偉いな」
⸻
さらにその後。
「“無職尊重派”です」
「最悪の名前だな!!」
若者が真剣な顔で言う。
「役職を与えない。
責任を押し付けない。
期待しない」
「それは……まあ……」
「我々も、何も期待しません」
「それならいい……」
もやし二号が札を出す。
《確認:期待されていない》
「それはそれで少し寂しいな!!」
⸻
俺は頭を抱えた。
「お前らさ……
公式には“考えない”って決まっただろ」
鍋派の代表が頷く。
「はい。考えてません」
「立ってるだけ派も?」
「考えてません」
「無職尊重派も?」
「一切」
「じゃあ何してるんだよ」
全員、同時に答えた。
「……なんとなくです」
「最強の理由持ってくるな!!」
⸻
気づけば、広場の端に
•鍋を眺める人
•立ってる二号を見る人
•何もしない俺を見る人
が、適度な距離で存在していた。
争わない。
主張しない。
布教しない。
ただ、いる。
「……なあ二号」
「……?」
「これ、止めたほうがいいと思う?」
二号は少し考えて、札。
《評価:干渉不要》
「だよな……」
⸻
夕方。
各国からの使者は、誰も来なかった。
報告書もない。
禁止令もない。
誰も、この小さな派閥を問題視していない。
なぜなら――
問題を起こしていないからだ。
「……世界ってさ」
俺は鍋をかき混ぜながら言った。
「大事件より、こういうのの方が増えるんだな」
二号が頷く。
《同意》
⸻
夜。
鍋派は帰り、
立ってるだけ派は満足し、
無職尊重派は静かに解散した。
何も残らない。
ただ、噂だけが少し残る。
――“あそこに行くと、落ち着く”。
「……平和だな」
二号が札を出す。
《記録:小規模安定》
「記録すんな」
世界は今日も、
誰にも命じられていないのに、
勝手に小さな意味を増やしていった。
そしてそのどれもが、
驚くほど静かだった。
「……明日も、普通で頼む」
二号は頷いた。
《希望:同様》
――希望は、
だいたい静かなところから叶う。




