止めに来ただけです
朝。
俺は鍋に湯を張っていた。
最近わかったことがある。
世界は俺が鍋を張っている間に、勝手に大事なことを決める。
「……今日は静かだな」
言った瞬間、空気がピリッとした。
遠くが揺れる。
割れない。
裂けない。
でも、来てる。
「来てるな」
もやし二号が、いつも通り俺の横に立つ。
《確認:来訪》
「だろうな」
次の瞬間、広場の外周がざわついた。
「う、動くな!」
「武器下ろせ!」
「違う! あれは……」
出てきたのは――魔王たちだった。
灼界魔王イグナ=ヴァルカ。
深海魔王ネレウス=アビス。
死界魔王モル=ネクロス。
夢幻魔王ミルフィ=ノクス。
機界魔王オルド=ギア。
全員、落ち着いている。
というか、困った顔をしている。
「……おい」
イグナが周囲を見回す。
「なんだこの陣形」
兵士たちは完全武装。
神官は祈っている。
代表団は緊張で固まっている。
「たいへんだ!」
「魔王が来た!」
「やはり“無職の宣言”が合図だった!」
「違う!!」
俺は叫んだ。
「俺は威張っただけだ!!」
ネレウスが静かに手を上げる。
「待って。
我々は戦いに来たわけじゃない」
その一言で、ざわつきが倍になった。
「戦いに来てない……?」
「じゃあ、これは……牽制……?」
「魔王が牽制……!?」
「やめろ!! 話が勝手に進む!!」
ミルフィがにこやかに言う。
「ねえねえ、違うから。
私たち、止めに来ただけ」
代表団がざわっと息を呑む。
「止めに……?」
「つまり……」
「正しかった……!?」
「違うって言ってんだろ!!」
オルド=ギアが淡々と説明を始める。
「事実確認。
各国が“もやし二号を対魔王兵器・神格存在として扱い始めた兆候を検知”」
「それを……」
ネレウスが続ける。
「やめろと言いに来た」
沈黙。
そして――歓声に近いざわめき。
「魔王が止めに来た……」
「つまり、神格化は正しかった……」
「兵器として成立しているから、魔王が警戒している……!」
「何一つ合ってねえ!!」
モル=ネクロスが頭を抱える。
「……最悪の解釈だけ拾われてる……」
イグナが拳を握る。
「違う!
俺たちは――」
「――“無職もやし神の抑止力が、魔王を動かした”!」
「言ってねえ!!」
もやし二号が札を出す。
《訂正:魔王は落ち着いている》
「訂正の方向がズレてる!!」
ミルフィが肩をすくめる。
「ね?
こうなるから嫌だったの」
ネレウスがため息をつく。
「兵器扱いも神格化も、どっちも危ない。
だから止めに来ただけなのに……」
代表団の一人が、震える声で言った。
「……魔王が“危ない”と言う存在……」
別の誰かが続ける。
「……やはり……」
全員が、俺を見る。
「……え?」
視線が集まる。
「無職もやし神……」
「どうか……」
「次の“ご判断”を……」
「やめろォ!!」
俺は両手を上げた。
「聞くな!
俺はもう言わない!
威張らない!
逃げる!!」
そのまま鍋を抱えて、一歩下がる。
「今日は終わり!!
解散!!」
ネレウスが即座に言った。
「了解。撤退しよう」
オルド=ギアが頷く。
「合理的」
イグナが渋々言う。
「……ちっ」
魔王たちは、本当に帰ろうとした。
――それを見て、周囲がさらに騒ぐ。
「撤退……!」
「魔王が引いた……!」
「やはり……」
「やはりじゃない!!」
ミルフィが振り返って笑う。
「じゃあね。
次はもっと早めに止めに来るから」
「来るな!!」
魔王たちは去っていった。
空気が元に戻る。
俺は地面に座り込んだ。
「……なあ二号」
「……?」
「止めに来ただけで、ここまで誤解されるの、どう思う?」
二号は少し考えて、札。
《評価:世界の問題》
「だよな……」
鍋の湯気が、静かに上がる。
世界は今日も、
止めに来た行動を、最大の肯定として受け取った。
「……もう喋らない方がいいな」
二号が頷いた。
《同意》
それが一番、正しい判断だった。




