勝手に協議するな
朝。
俺は鍋に湯を張っていた。
最近、朝のルーティンが安定してきている。
火をつける。
湯が沸く。
もやしを入れる。
世界が勝手に回る。
「……平和だな」
俺がそう言った瞬間だった。
「失礼する」
知らない声がした。
振り向くと、広場の入口に人が立っている。
いや、人だけじゃない。
人。
エルフ。
ドワーフ。
獣人。
あと、明らかに王族っぽい服。
全員、やたら改まっている。
「なんだこのメンバー」
先頭の男が一歩前に出た。
「各王国代表連合の使者です」
「勝手に連合すんな」
男は一瞬だけ言葉に詰まり、それから続けた。
「本日は、“もやし二号殿の取り扱い”について、ご説明に参りました」
「説明するな」
もやし二号が、いつも通り俺の横に立っている。
白い。
無表情。
立っているだけ。
男たちは、その二号を一瞬見て、すぐに視線を逸らした。
怖いのか、気を遣っているのか、たぶん両方だ。
「……まず前提として」
男が咳払いをする。
「先日の魔王会議において、貴国……いえ、“もやしの国”に存在する個体――」
「個体言うな」
「――もやし二号殿が、魔王と直接接触した事実が確認されました」
「鍋囲んだだけだぞ」
「それが問題なのです」
「どこがだよ」
別の代表が口を挟む。
「魔王と対等に会話し、排除されず、かつ分類されなかった存在」
「分類されないのがそんなに怖いか」
代表たちは顔を見合わせる。
「……怖いです」
正直でよろしい。
「そこで我々は、各王国で協議を行いました」
「また勝手に」
「ええ、勝手に」
認めるな。
男が紙を取り出す。
「協議の結果、“もやし二号殿対応指針(暫定)”が策定されました」
「策定するな」
紙の束、分厚い。
嫌な予感しかしない。
「まず一条」
男が読み上げる。
「もやし二号殿に対しては、威圧・命令・過剰な敬意を避けること」
「もう守れてない」
「二条」
「近接時は三歩以上の距離を保つこと」
「守れてない」
「三条」
「鍋を介した接触は、例外的に許可される」
「なんで鍋が基準なんだよ!!」
二号が札を出す。
《確認:鍋は安全》
「本人が言うな」
獣人代表が真剣な顔で言う。
「四条。“象徴扱い”は禁止する」
「そこは正しい」
「五条。“役職付与”は禁止する」
「もっと正しい」
俺は腕を組んだ。
「で? 結論は?」
男は一拍置いて、言った。
「以上を踏まえ、もやし二号殿は――」
全員、息を呑む。
「“今まで通りにしておくのが最も安全”」
「最初からそうしろ!!」
代表たちは一斉に安堵の息を吐いた。
「よかった……」
「やはり動かさないのが……」
「触らぬ白に祟りなし……」
「祟り言うな!!」
二号が札を出す。
《理解:現状維持》
「理解しなくていい!!」
男が深々と頭を下げる。
「以上です。結論をお伝えしに参りました」
「伝える必要あったか?」
「はい。協議しましたので」
「協議した感を出したいだけだろ」
代表団は満足そうに去っていった。
広場に、いつもの空気が戻る。
俺は鍋をかき混ぜながら言った。
「なあ二号」
「……?」
「各国が協議した結果が“何もしない”って、どう思う?」
二号は少し考えて、札。
《合理的》
「だろうな」
俺はため息をついた。
「世界ってさ……無駄に話し合って、結局元に戻るよな」
二号が頷く。
《安定》
「安定ってそういう意味じゃない」
鍋が煮える。
もやしがうまい。
もやし二号は立っている。
世界は今日も、
勝手に協議して、勝手に納得して、
何も変えないという結論に辿り着いた。
「……平和だな」
二号が札を出す。
《同意》
それが一番、面倒な平和だった。




