無職に相談するな
朝。
俺は鍋に湯を張っていた。
最近、湯を張ってばかりいる気がするが、
それ以外にすることがないので仕方ない。
「……今日も無職だな」
確認は大事だ。
もやし二号は、今日も立っている。
昨日と同じ場所。
昨日と同じ角度。
平常運転。
――のはずだった。
「し、失礼します……」
背後から、やたら丁寧な声がした。
振り向くと、兵士が一人、直立不動で立っている。
「なんだ?」
「ご、御相談が……」
「誰に?」
「……あなたに」
「やめろ」
俺は即答した。
「俺は無職だぞ」
兵士は一瞬黙り、真顔で言った。
「承知しております」
「承知した上で来るな」
兵士は咳払いをして続ける。
「境界付近で、住民同士の小さな揉め事が発生しまして……」
「知らん」
「どちらのもやし鍋が先か、という件で……」
「鍋かよ!!」
俺は鍋を指さす。
「ここにあるだろ! これで解決だ!」
兵士は感動した顔で頷いた。
「さすがです……」
「何がだよ!」
その様子を見ていた別の兵士が近づいてくる。
「無職様、こちらも一件……」
「様をつけるな!!」
商人まで来た。
「価格調整についてご意見を……」
「無職だっつってんだろ!!」
学者っぽい人も来た。
「もやし二号の立ち位置について、哲学的見解を……」
「立ってるだけだ!!」
もやし二号が札を出す。
《補足:立っている》
「本人が言ってるだろ!!」
人が増える。
誰も彼も、俺を見る。
「最終判断を……」
「方向性だけでも……」
「一言でいいので……」
「だから!!」
俺は声を張り上げた。
「俺は! 無職! 判断しない! 責任持たない!」
沈黙。
全員が顔を見合わせる。
そして、誰かが呟いた。
「……判断しない、という判断……」
「違う!!」
二号が札を出す。
《分析:役割の押し付け》
「分析するな!!」
昼。
俺は逃げるように鍋の前に戻った。
鍋は優しい。
聞いてこない。
判断を求めない。
だが――
「……無職様、昼の鍋は何時からでしょうか」
「それは答える」
「答えるんだ」
俺はため息をついた。
「なあ二号」
「……?」
「なんで俺に相談するんだと思う?」
二号は少し考えて、札。
《理由:否定しかしない》
「それ理由になるか?」
《結論:否定されると安心する》
「やめろ! 急に深いこと言うな!」
夕方。
相談は減らなかった。
むしろ増えた。
内容はどうでもいい。
「この椅子、ここでいいですか」
「その椅子、俺に聞くな」
「了解しました!」
「了解すんな!!」
夜。
ようやく人が引いた。
俺は地面に座り込む。
「……疲れた」
二号が一歩近づく。
《提案:相談窓口の閉鎖》
「最初から開いてない!!」
二号は頷いた。
《理解:無職》
「理解しなくていい!!」
俺は空を見上げた。
星はきれいだ。
世界は今日も勝手だ。
「……明日は放っておいてくれ」
二号が札を出す。
《予定:未定》
「不安になる言い方やめろ」
鍋の火を消す。
今日も、何も解決していない。
それでいい。
無職なんだから。




