もやし二号が立っているだけ
朝。
俺は鍋に湯を張っていた。
昨日も鍋。
一昨日も鍋。
たぶん明日も鍋。
世界がどうなろうと、鍋は湯を要求してくる。
「……平和だな」
俺はもやしを掴み、鍋に入れた。
湯気が上がる。
いい音がする。
無職は忙しい。
その横で、もやし二号が立っていた。
白い。
無表情。
いつもの場所。
何もしていない。
本当に、何も。
――なのに。
「……今日の警備、厳重だな」
誰かが小声で言った。
「見ろ、二号がいる」
「昨日と同じ位置だぞ」
「同じ位置……つまり“意味がある”」
「意味ないだろ」
「意味がない“という意味”かもしれない」
「ややこしい!」
俺は鍋をかき混ぜながら言った。
「なあ、本人に聞けよ」
全員が一斉に二号を見る。
二号は立っている。
立っているだけ。
視線が集まっても、立っている。
札も出ない。
「……今日は喋らないのか」
「黙秘……?」
「黙秘って何だよ」
俺は二号に聞いた。
「二号、なんかしてるのか?」
二号は一拍置いて、札。
《待機》
「以上!」
だが誰も納得しない。
「待機……つまり次に備えている……?」
「いや、いつも待機だろ」
「“いつも”が今日も続くのは、逆に不自然では?」
「何でだよ!」
兵士が一人、メモを取り始めた。
「“白い存在、本日も待機を継続”……」
「記録するな!!」
商人が顎に手を当てる。
「動かないということは、価格変動はない……?」
「もやしの値段、もう安定してるだろ!」
学者っぽいエルフが眼鏡を直す。
「静止状態が続く存在は、いずれ“基準点”になる」
「ならないよ!!」
二号は立っている。
相変わらず。
風が吹いても立っている。
子どもが走ってきて、止まる。
「……お兄ちゃん、この人なにしてるの?」
俺が答える。
「立ってる」
「それだけ?」
「それだけだ」
子どもはしばらく考えてから言った。
「……すごいね」
「何がだよ」
二号が、ほんの少し首を傾けた。
《補足:評価が上昇》
「評価を気にするな!!」
昼。
鍋は二杯目に突入していた。
もやし二号は、まだ立っている。
位置、変わらず。
それなのに――
「……動いた?」
「いや、動いてない」
「でも、雰囲気が……」
「雰囲気で判断するな!」
誰かが言い出した。
「もしかして、動かないことで周囲を動かしているのでは……?」
「哲学やめろ!!」
俺は鍋を置いて、声を張る。
「いいか! こいつはな! 何もしてない!」
沈黙。
全員が俺を見る。
「……“何もしてない”って、断言できるのが逆に怪しい」
「何でだよ!!」
二号が札を出す。
《確認:本日は平常運転》
「本人が言ってるだろ!!」
だが、その札を見た誰かが呟いた。
「……“本日は”って言った……」
「お前もう帰れ!!」
夕方。
太陽が傾く。
もやし二号は、まだ立っている。
朝から一歩も動いてない。
それでも。
「……今日、何も起きなかったな」
誰かが言った。
別の誰かが頷く。
「何も起きなかった……ということは……」
「また変な結論出そうとするな!」
俺はため息をついた。
「何も起きなかった。それでいいだろ」
二号が札を出す。
《同意》
「珍しく話が合ったな」
夜。
鍋を片付ける。
もやし二号は、ようやく一歩動いた。
ただそれだけで――
「動いた!」
「記録しろ!」
「時刻は!?」
「何でそんな騒ぎになるんだよ!!」
二号が札を出す。
《理由:立ち疲れ》
「当たり前だろ!!」
俺は頭を抱えた。
世界は今日も勝手に深読みする。
もやし二号は今日も何もしていない。
そして鍋は、相変わらずうまい。
「……よし。明日も平和だな」
二号が、頷いた。
たぶん、それが一番怖い。




