もやし二号、何もしていない(周囲が勝手に緊張している)
翌朝。
俺はいつも通り、鍋に湯を張っていた。
火をつける。
水が温む。
もやしを掴む。
「……平和だな」
昨日、魔王五体と新人一体が鍋を囲んで会談していたとは思えないほど、朝は普通だった。
鍋は嘘をつかない。
湯気は正直だ。
俺は無職。
完璧。
その横で、もやし二号が立っている。
いつもと同じ位置。
いつもと同じ姿勢。
白くて、無表情で、命令待ち。
違うのは――周囲だった。
もやしの国の広場。
今日はやたらと静かだ。
人がいる。
多種族がいる。
兵士もいる。
いるのに、誰も近づいてこない。
距離が、妙に正確だ。
二号を中心に、きれいな円が空いている。
「……なあ二号」
俺は鍋をかき混ぜながら言う。
「なんでみんな、そんなに離れてるんだ?」
二号は札を出す。
《状況報告:警戒》
「何にだよ」
《対象:私》
「お前かよ!」
俺は思わず振り返る。
確かに、兵士たちがやたら姿勢いい。
視線が泳いでる。
汗もかいてる。
昨日まで、普通に話しかけてきてた連中だぞ。
「……おはようございます……」
遠巻きに、誰かが小声で挨拶した。
「おはよう。普通に話せよ」
その瞬間、数人がビクッとした。
何だこの空気。
俺はため息をつく。
「二号。昨日の件、なんか影響出てるのか?」
二号は少し間を置いて、札。
《更新:魔王会議による“保護対象”指定》
「それだよ!! それのせいだよ!!」
俺は頭を抱えた。
「だから言っただろ! 余計な肩書きつけるなって!」
二号は静かに続ける。
《補足:住民間での解釈》
《【手を出すと魔王が来る】【近づくと消される可能性】【鍋の順番を守る必要あり】》
「鍋関係ねえだろ!!」
だが、確かに――
鍋の前列がやたら整然としている。
昨日まで割り込み上等だったドワーフが、ちゃんと列を作ってる。
エルフが文句を言わない。
獣人が静か。
怖い。
秩序が怖い。
「……世界、静かすぎないか?」
二号は首を少し傾けた。
「……平常」
「お前基準で言うな」
そのとき、遠くで小さな騒ぎが起きた。
新人兵士らしき少年が、もやし二号を指さして固まっている。
「ひっ……」
声が出ない。
隣の先輩兵士が慌てて口を塞ぐ。
「見るな! 直視するな!」
「え、で、でも……」
「“保護対象”だぞ!!」
「保護対象の使い方おかしいだろ!!」
俺は叫びながら歩み寄る。
「大丈夫だって! 二号は何もしない!」
少年は涙目で言った。
「で、でも……魔王より上って……」
「誰がそんな言い方した!」
後ろから、商人が答えた。
「噂です」
「噂で済ますな!!」
二号が札を出す。
《訂正:魔王より上、ではない》
《魔王とは別枠》
「別枠が一番怖いんだよ!!」
俺は深くため息をついた。
「なあ……昨日の結論、守る方向で話したよな?」
二号は頷く。
「……はい」
「じゃあ、なんでこんなことになってるんだ」
二号は少し考えてから札を出す。
《人は定義が増えるほど、不安になる》
「妙に的確な分析やめろ」
そのとき、二号がもう一枚出す。
《提案:通常運用》
「通常運用って何だ」
《鍋》
「結局それかよ!!」
だが――
鍋をかき混ぜると、空気が少し緩んだ。
湯気が立つ。
匂いが広がる。
誰かが恐る恐る近づく。
「……一杯、いいですか?」
「どうぞどうぞ」
もやしが器に盛られる。
食べる。
「……うまい」
その声を合図に、少しずつ人が戻ってくる。
距離が縮まる。
視線が下がる。
会話が戻る。
俺は思った。
(ああ……)
(結局、世界を落ち着かせるのは肩書きじゃない)
鍋だ。
もやし二号は、相変わらず立っている。
白くて、無表情で、待機中。
昨日と何も変わらない。
ただ一つ違うのは――
その背中に、誰も勝手な物語を背負わせないよう、
周囲がやたら慎重になったこと。
俺は鍋を見ながら言った。
「なあ二号」
「……?」
「魔王じゃなくてよかったな」
二号は少し間を置いてから、札。
《理解:魔王は忙しい》
「そこかよ」
俺は笑った。
世界は相変わらず勝手に進む。
だが今日は、鍋がある。
「……よし。今日も平和だ」
二号が頷いた。
その瞬間、遠くから声。
「す、すみません……」
振り向くと、神殿服の一団。
鍋を抱えている。
二号が札を出した。
《状況更新:平和、短縮の可能性あり》
「だろうな!!」
俺は鍋の火を弱めた。
――平和ってのは、維持するのが一番大変だ。




