進路
大会での敗戦から一週間が経ち、季節は八月へと移ろいでいた。
学校はすでに夏休みに入り、蝉の鳴き声だけが、変わらぬ勢いで校舎の周囲を満たしている。
その日、雄大は母とともに、高校の横に位置する野球グラウンドを訪れていた。目的は、監督との面談だ。
フィールドでは、早くも新チームとして始動した一、二年生たちが、声を張り上げながら白球を追っている。その光景を横目に、二人はグラウンド正面に建つクラブハウスへと足を向けた。
階段を上り、すぐ目の前に現れた扉の前で立ち止まる。
雄大が軽く息を整え、二度ノックをすると、
「はーい」
と、中から聞き慣れた声が返ってきた。
扉を開けると、そこにいたのはユニフォーム姿ではなく、スーツに身を包んだ監督だった。
互いに軽く会釈を交わし、勧められるまま椅子に腰を下ろす。
「皆川さん、本日はお越しいただきありがとうございます」
その一言を合図に、面談が始まった。
「今日は、息子さんの進路についてのお話ということで……」
監督の言葉に、雄大はすぐに反応した。
「はい。単刀直入に言います。東環学生野球リーグでプレーを続けたいと思っています」
その言葉に、監督は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着いた声で母へと視線を移す。
「お母様は、そのことについてお話しされましたか?」
「はい。本人が決めたことなら、尊重したいと思っています」
母の答えを聞き、監督は小さく頷いた。
「わかりました」
一拍置いてから、監督は机の上に置かれていたクリアファイルを手に取った。その中から一冊のパンフレットを取り出し、雄大の前に差し出す。
表紙には、東環学生野球リーグの文字。
東環学生野球リーグ。
日本で最もレベルが高いとされる大学野球協会であり、毎年のようにプロ野球選手を輩出している。
パンフレットを開くと、所属大学や、そこからプロへ進んだ選手の名前がずらりと並んでいる。
「これは……」
思わず声が漏れた。
「その中に、俺のいた大学がある」
監督の言葉に、雄大は一覧へと目を走らせる。
「監督は……白峰大学、ですよね?」
「ああ。東環リーグは一部から三部まである。白峰は一部だ。ただ……」
言葉を区切り、監督は続ける。
「正直、推薦で一部となると、かなり厳しい」
全国的に名の知れた東環リーグの一部。甲子園でベストナインに選ばれるほどの実績がなければ、簡単に届く場所ではない。
「……そうですか」
雄大は、隠すことなく落胆をにじませた。
「ただな……」
その一言に、雄大は自然と背筋を伸ばした。
「大学野球の面白いところは、入れ替え戦があるところだ」
「入れ替え戦……?」
「春と秋にリーグ戦があって、それぞれのリーグで首位と最下位が決まる。一部の最下位と二部の首位、二部の最下位と三部の首位が対戦して、先に三勝した方が残留、もしくは昇格だ」
「なるほど……」
話を聞くうちに、雄大は自分の目に再び光が戻っていくのが、はっきりと分かった。
「つまりだ」
監督は穏やかな口調のまま言った。
「お前の頑張り次第では、一部でプレーすることも十分可能だ」
その瞬間、雄大の膝の上で、自然と拳が握られていた。
「一部と二部の入れ替えは、頻繁に起こるものなんですか?」
隣で話を聞いていた母が、静かに尋ねる。
「最近だと、三、四年に一度くらいですね。簡単なことじゃない。でも、可能性はあると思っています」
そう言って、監督は雄大を見る。
「今年はチームも東京都ベスト四まで行った。大会でのお前の成績なら、二部くらいなら推薦で狙えるはずだ」
一拍置き、問いかけるように続けた。
「どうだ? 挑戦してみるか」
答えは、もう決まっていた。既に雄大の頭の中では大学でプレーしている自分の姿を少しだけ想像できていた。
「行きます。挑戦させてください!」
そうして雄大の意思が固まったところで、面談は終わりを迎えた。
時計に目をやると、開始からすでに一時間半が経過していた。




