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第2話 女の弦

「この(やぐら)の下に城外への抜け道に続く門がありまする。ひとまずそこまで。」

 私がそう言うと姫様はコクリと頷かれました。

行きましょう。あの門の先に行ければ助かるかもしれない。

  征志郎様が言っておられました。

 あの道の先が一番良いと。

 さぁ急ぎましょよう。姫、姫さま。


 あぁここまで追ってきたのは、火の手だけではなかったのですね。

 もう少しなのに・・・。

 あの櫓の下の鉄の門の向こう。

 向こうへ。

 逃す。

 必ず逃がす。

 私の大事な大事な(いもうと)を。


 八人はいるな。

 征四郎様が言っておられました。

  城に裏切り者がいると。

  今回のお殿様の戦の詳しい軍報が漏れているのだと。

 だから、お殿様の采配が振るわなかったんだと。

  なんと嘆かわしいこと。

 あぁだとしたらこの道も危うくなるかもしれない。

 急がなければ。

 三人を地面に転がした。後はなんとかならぬものか。

「千代。小太刀を渡しなさい。」

「駄目です。」

 今、この場は足場が悪い。

「いいから!お前の背中は私が守る。」

「駄目です。薙刀の柄にお気をつけください。」

 このまま、姫さまを守りながら少しでも、少しでも櫓へ。

  え?何をやって・・・姫さま無理矢理私の腰の太刀を・・・ ダメです。ダメ。

  あ!転げた!苔で滑ったのか。


 ()っ!

 しまったっ。

 姫さまに気をとられて得物(なぎなた)を叩き落とされた。


 ー不覚(ふかくっ)


 あぁせめて、姫さまだけでも・・・

 私は敵に背を向け転んでいる姫さまに覆い被さった。


ー姫さま、ごめんなさいー


 ・・・見つめる姫さまの目は不思議にも左右に動いていた。

 その瞳に映る弧を描く月影(ひかり)

 背中で蠢く悲鳴。

 そして何より姫さまの憧れにも満ち足りた表情。

 私の背後では今、何が?


「千代殿、薙刀を取りなさい。」

 へ?この声は?

 あっ、 ああぁ 征志郎様。

 足元には先ほどの追手が皆倒れている。


「姫、遅参(ちさん)、申し訳ありませぬ。ご指示どおり城全てに火をつけて参りました。」

「うむ。」

 姫さまは顔を隠すように背を向けられました。

「これより先は、あの櫓の門を通ってお逃げいただきます。」

「あの門の先はどこに通じておるのじゃ。」

「分かりませぬ」

「分からぬとな。どういうことだ。」

「ここではないどこか・・・だからです。」

「まさか、ここが神隠しの門か?」


 そう、この門はこのお家の秘事。

 このお家存亡の危機の時のようにたとえ姫であっても必要なければ知らされない。私達も今回、覚悟を決められたお殿様から初めて知らされたのです。なぜ、神隠しか・・・くぐった者が二度と帰らないからだそうです。

 理由は分かりませぬ。

 そして、この家がどのようにこの門を利用してきたかも絶対に教えてもらえません。


「ここをくぐれば、妾は死ぬか?」

「十中八九、()()さまは死にまする。」

 お二人は目が合いました。

 姫さまは何かを気取られたように櫓をご覧になります。


「もう、あの櫓にも火が回るな。」

「お急ぎください。」

「ここではないどこかなら・・良い。」

 姫さまの口元が一瞬(ゆる)まれ、ほほ笑んだように見えました。



「この門は二つの鍵で開くようになっております。」

 門の前で征志郎様が姫さまに(かしず)いておられます。

 そして、私は家宰の爺様から預かった袋から一対の鍵を取り出しました。

「それぞれの扉、表でも裏でも二つの鍵を同時に動かさねば開け閉めできぬようです。そして、表側、こちら扉には右側の扉にしか鍵穴はない。そして向う側には左の扉の裏側にしか鍵穴はない。」

「つまりは・・・」

 姫さまのお顔が曇ります。征志郎様は淡々と続けます。

「鍵が二つとも手に中にある。扉は引けば開く状態です。」

「征志郎、それは分かる。そうではなくて・・・」

「つまりは、追ってこれぬように鍵をかけるには・・・」


ー誰かがこちら側に残らなければならないー


「それなら妾は行か・・」

 行かぬ・・と言いかける姫さまをこれまでの人生で初めて征志郎様が手で制しました。

「私が残りましょう。」

「征志郎!」

 穏やかな征志郎様のお顔と対照的に姫さまのお顔はこれまでの人生で初めてくらい歪んでおられました。

「千代殿、私がこちらから鍵をかける。合図をしたら反対側から鍵をかけてくれ。鍵がかかれば万一こちらの鍵が敵の手に落ちようと扉は開かぬ。この先がどこに通じていようと、この扉を壊すのは刻がかかる。逃げおおせるには充分よ。」

「ならぬ。ならぬぞ。征志郎!そなたも来るのじゃ!」

「お聞き分けくだされ!」

 我等(われら)、家臣一同が一度も琴姫様に申し上げたことのない言葉でした。

「・・・征志郎、この先で()()は死ぬのだな?」

「そのようになるかと・・・。」


「・・・ひとつ、言いおきたいことがある。」

 姫さまはこぶしを握り肩を震わせておられました。

 そして、とうとう征志郎様に背を向けてしまわれます。


 私には分かっておりました。

 姫さまの想いが。


「私は外しましょうか?」

「よい、ここにいて欲しい。」


 炎の熱さではありません。きりきりと乾く喉。

 姫さまは、琴姫様は、そのまだ若く淡い想いをまさにその心の弦の上に張り詰めておられるのです。

 一人の姫は、一人の女として許されることは多くはありません。

 皆、胸の奥底に沈めていくのです。

 大きな大きなイカリをくくりつけて。


「妾は、この度乱心して、人の道を外れたことを言う。」


 ゆっくりと征志郎様に向き直られます。

 姫さまの花唇が音なく動きます。

 あぁ、いつも姫さまはこうやってお気持ちを閉じ込める。

 でも、私には聞こえるのです。

 聞こえるのです。

 あぁ 姫さまの心の声が。



・・・今、この時しか言えぬ。

 

()()」が死ぬ前に・・・「()()」が生きている間にしか、言えぬ。


 それでなければ、意味はない。


 15年、生きた証として・・・


 ただ、一人の女として・・・


 妾は()ていた。


ーカナカナカナカナー


 爺に連れられ現れた若者(あのひと)の顔を。


 幼きうちは兄のように思っていた。


 ただ純粋にお側にいたいと思っていた。


 でもそれは叶わぬとすぐに知った。


 なぜなのかと腹の奥から込み上げる。


 その時、初めて芽吹いた。


 小さな小さな大切な想い。


 私は()ていた。


 小さな小さなヒグラシを。


ーカナカナカナカナー

 思えば、ヒグラシは泣いていた。


 なぜなのか、なぜこんなにも・・・・


 この先夏がめぐるたび、ヒグラシが泣くたびに妾は仕舞い込んだ泣き声を人に聞かれぬように思い出すのだろうと覚悟して生きてきた。


 でも、()()が死ぬのだ。()()は死ぬのだろう?


 ならば・・・私は、最後に言いたい。


 たとえそれが、他の(ひと)のものだったとしても。


 心の中で姉と慕った大事な人の許嫁(いいひと)だとしても。


 人の道に外れたと罵られようと。


ーカナカナカナカナー


 薄暗がりで一人泣いているヒグラシでもいい。


 一度でいい。


 貴方にこの思いを聞いて欲しい。


 貴方に私が生きていたことを覚えていて欲しい。


 この世で貴方だけがいい。


 貴方は生きて、思い続けて欲しい。


 だから、私は貴方を・・・・



「あそこにいるぞぉ!」

 無粋な獣の吠え声にしか聞こえませんでした。


 姫さま、姫さまの目に溢れるものが・・・・

 姫さまのヒグラシが泣く、・・・泣く、もう少しなのに。

 涙がその(きわ)で大きくなる。

 一言(ひとこと)言えれば、遂げられるのに。

 一言(ひとこと)言えれば、()()を捨てられるのに。

 一言(ひとこと)言えれば、少女に戻れるのに。


 姫さまの心の弦は触れずとも、鳴り出しそうなほど張り詰めているのに。

 切れる。

 あぁ、切れてしまいます。

 ただ一言で、しがらみを切り、新たな境地へ。


ー姫さま、早よう!ー


 迫り来る追手が鬼のような(つら)で刀を抜く。

 我らの(やいば)、吹き散る(かたき)血吹雪(ちふぶき)の中で


「これ以上進むこと、相成(あいなり)りませぬ。」

「姫さまのお気持ち頂戴(ちょうだい)いたしまする。」


 同時だった。

 私は姫さまを背に守り、征志郎様は・・・姫さまの・・手を・・手を取った。


 手を・・取ったのですね。征志郎様・・・。


 あぁ覚悟を決められた。


 姫さまの世界を変えた。


 思えば、恋の唄を唄うのは、オスのヒグラシなのですよ。


 姫さまのお側近くに仕え、そのお気持ちを解せるのは征志郎様、貴方様(あなたさま)も同じ。

 征志郎という(たちば)()()()とともに殺すのですね。

 忠義と同情を一緒にここに残していくのですね。


 ただ一人の少女の思いのために。


 ああ、新手(あらて)の迫る声がします。


 征志郎様は力一杯、門を開いていきます。


「千代殿、こちらを頼む。」

 涼しげな、優しいお声でした。


 ですが、・・・お声だけでした。

 そのお顔を、お顔をもう一度見せてください・・・


 あぁなぜ?なぜ、振り向いてくれない?

 一目で良い、一目、最後に・・・


 私のこの想いは、はち切れそうな焦がれる心の臓はどうしてくれましょうや。


 でも、・・・でも見せてくださらなんだ。


()()()()はあちらに望みをかける。」

 悲しげな、優しいお声でした。


ーあ、でもー

 ・・・幼き頃のように、もう一度呼び捨ててくれた。

 貴方の側に寄れた。その魂の側に。

 ・・・まだ、繋がってる。

 言葉で着飾らない、あの頃のように

 男と女を超えて、その先で。


 そう、我等とは貴方様(あなたさま)(わたくし)

承知仕(しょうちつかまつ)りました。」


 門はガチリと閉まりました。

「鍵を閉めよ!」

 合図のお声は、最後の愛しい方との別れです。


 鍵を引き抜いた時、背中が熱くなり門へ叩きつけられ、それを落としてしまいました。

 血が腕を伝う。そして扉についた手を、私は・・・その紅を手形(しるし)とした。

 扉に引き落ちるその()とともに膝が折れる。

 しかし、ここで見苦しく膝はつけぬ。


 我が薙刀(やいば)よ、敵を(ほふ)れ!


「我は虎河(こが)家家臣、小田(おだ)征志郎(せいしろう)(つま)千代!これより先は主君の安寧(あんねい)の地。断じて踏み入るここと、許しませぬ!」


 愛する人に少しでも長く生きていて欲しい。

 たとえ、隣にいるのが(わたくし)じゃなくても

 これで良いのです。これが(わたくし)の幸せのカタチ


 でも・・・最後くらい妻と名乗らせてください。


・・・ねぇ征志郎(あなた)

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