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第2話 姫娘(ひめむすめ)

裏切者がいる。

 そう父上はおっしゃっていた。

 でも、この城に敵が押し寄せてきたのなら・・・もう、どうでも良いこと。

 (わらわ)の命もどうなるか分からぬ。


「姫さま、こちらへ!」

 爺が刀で敵を払い、道を作ってくれる。

「ええい、触れさせぬ!」

 千代が薙刀を突き、抜け出る敵を戸板に縫い付けてくれる。

「さぁ、こちらへ、こちらへ。」

 多恵が、妾の手を取ってくれる。

 この乳母は、妾の遠縁にあたるそうだ。

 戦で夫を亡くし、乳飲み子であった加奈とともに妾のために城にあがった。

 父上が子と離れては寂しかろうと、加奈とも姉妹のように育った。

 なんとも、普段はおっとりとした母様(かかさま)よ。

 ちょっとしたことでおどろき、おろおろする。

 加奈はこの母に似ずはっきりモノをいうのに。

 おもしろき母娘(おやこ)よ。どちらが親やら子やら。

 しかし、多恵よ。そんな険しい顔はついぞ見たことがなかったな。

 すまぬな。頼りのない主で。

「加奈!」

 千代の叫び。

 鈍い音と温かい何かがうなじに降りかかった。


 ーあぁ、加奈。なぜ無理をしたー


 加奈が後ろから迫り来たのであろう武者を短刀で刺し貫いていた。

 その首を(あこ)う染めて。

「私は良い!姫を!」

 やめい!そんな顔をするな。なぜほほ笑むのだ。加奈!

「おのれぇ!」

 爺が武者を蹴散らし、加奈を抱きとめる。

「加奈!」 

 お前を置いてなどいけぬ。妾をひとりにしないでくれ。

 後ろから強く手を引かれた。痛いくらいに。

 多恵だ。

「なりませぬ。」

 しかし、加奈が。

「ならぬものは、なりませぬ。」

 なんという顔をするのだ

我等(われら)の命、姫さまのためにありまする。」

 そのようなことはない。妾はそれに値せぬ。するはずもない。

 人が人の命と引き換えなどという傲慢があるものか。

 尖った音が耳を襲った。

 ・・・また、(べに)が散る。

「うぅぅん。」

 多恵が妾の腕を強く引く。

 その胸には深々と矢の突き刺さる。

 体が反転(まわる)、入れ替わる。

 尖った風切り音が多恵の背中にいくつも刺さった。

「また・・私・・がお伽話(とぎばなし)でも、しま・・しょう。お菓子も用意して・・・。」

「加奈も一緒にか?」

「ええ、ええ千代も呼ん・・で、お茶・・を淹れて・・」

溢れ出る背中の温かいものごと抱きしめる。

すまぬ。

「なぜ、皆、妾を生かすのじゃ?我がこの国の姫だからか?」

 多恵はうふふと笑った。苦しいはずなのに・・・いつもの多恵だ。

「だって貴方様は恋も知らぬでしょう?殿方の温もりも・・・」

 何を・・妾は恋など出来得(できう)るはずもない。


 一国(いっこく)の姫ぞ・・・


「・・・だからこそ、しがらみの先で皆でお茶をする・・のです。恋の話でも・・・」

「だから、生かすというのか!」

「だって、・・・娘ですも・・の」

 流れ出る血とともに多恵の生気も流れ出るのが分かった。


 母様(かかさま)・・・

 言葉なく抱きしめた。


「姫さま・・」

 そこには、敵を斬り伏せ加奈を担いだ爺と千代が立っていた。

 痛くないように二人を抱き合わせる。

 

「あそこに人がおるぞぉ!」

 火の粉の散り始めた廊下に黒だかりの人影が見える。

 敵方の武者のようだ。

七、八人はいる。

「千代。早うあの場所へ。」

 爺が耳打ちし、千代は頷くと妾の腕をとる。

 千代が爺から袋のようなものを受け取っている。


「さぁ早う、お行きなされぇぇ」


廊下を飛び降り、庭を横切る。

 背中に負うは、切り結ぶ(やいば)の音と老人の怒号(どごう)

 振り向いてはならない。

 無駄にしてはならない。

だけど・・・

 爺の足元には多恵と加奈の親娘。

 多恵の手が加奈の頭を弱々しく撫でている。まだ撫でている。

 実の我が子を。務めを果たした我が子を愛おしそうに。

 爺は妾を逃し、その一時(やすらぎ)を守っているのだ。

 火の粉の中で、血溜まりの廊下で。

 体に刺さる槍を断ち折り、崩れる膝を立て、また断ち折り敵を斬り伏せていく。


 思えば厳しい爺であった。

 よく正座をさせて、クドクドと説教を垂れる爺であった。

 祖父の代から仕えるかつての荒武者の片鱗はそこかしこにあるが、情に厚く何処(どこ)か憎めぬとぼけた爺。

 生涯をかけ寿八馬と戦い続けてきたという。

 その爺が今、かつての気概(すがた)を見せている。

 妾は逃げるべきなんじゃな。

 報いるとはそういうことなんじゃな?


ーすまぬー


 走った。千代と二人して走った。

 炎が口を出し始めた城の中を下へ下へ。

 裏戸をくぐり、崩れた石垣を乗り越え曲輪の抜け道を掻いくぐり、下へ下へ。

 

 だが、炎もともに走っていた。

 逃げる獲物を飲み込もうとする蛇のように。

 逃げる獲物を群で追い込む野犬のように。

 

 鼓動を抑え、竹薮に身を隠し、

 幾人もの知っている者の顔を見た。

 戦う顔、逃げる顔、そして事切れた顔。

  すまぬ。

 皆すまぬ。

 妾は主として・・・


「生き延びてくださいませ。」


 千代だった。竹藪の苔の匂いのする湿った地面に這い、泥のついた顔だった。

「あなた様のお父上の作る秩序の側に私達の暮らしと幸せがあります。」

 聞き飽きたぞ。しかも妾は何もしておらぬ。

 妾は・・私は・・ただの女子じゃぞ。


「でも、・・それより私は姫さまが大好きです。」


 そんな顔で見るな。そなたは私の・・・姉か?!

「だから、生き延びてくださいませ。姫。」

 ずるい。いつもと変わらぬ笑顔ではないか。


ーカナカナカナカナー

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