第2話 花唇の秘密
ー私、千代と申します。これより先、お通しすることできませぬー
「ねぇねぇ、ホントに行くのかよ。やっぱヤベえって!」
「なぁに、ビビッてんだよ!だぁいじょうぶだって。」
「ここってホラ、昔お城があったんだろ?雰囲気あるぅ。」
崩れて土蒸した石垣、倒れた笹。
その地を踏みしめる3人の男の足音はまだ若く、生温い若草の匂いが舞い上がる。
ーカナカナカナカナー
ヒグラシだけが騒いでいる。
そして・・・軽やかに進む若者たちの後ろを若い女がついてゆく。
「あの、槍の先に刀のちっこいのがついたのあるじゃん。あれ、なんつーんだっけ?」
「ああん?ナギナタじゃねーの?」
「おーおーそれそれ!それ持った幽霊が出るんだってよ!」
「おわっ!ヤベーじゃん。プスッてされたらどうすんだよ。プスーッて!」
「やーらーれーたぁー。はははっ」
「二人とも、首チョンパされたらどうすんだよ。もう帰ろうよ。なぁ!」
「だいじょぶだって!この先の洞窟の前でさ。ちょっと動画回して帰るだけだって。」
「勇気の証ぃ!」
「マジで大丈夫かよ?」
「気にしすぎだって!まさか、ビビッてんのかぁ?」
ーカナカナカナカナー
寂しい夜の帳を嘲笑うかのような嬌声。
ーこれ以上進むこと、相成りませぬ。ー
「あ、ここじゃなーの?何か門みたいなのが昔あったらしいけど。」
「なんか、でっかい鉄の柱があるけど・・・ここか?」
「あぁ、それ門かなんかの両側の柱なんじゃね?」
「おお、そうかぁ!じゃあ試しに動画撮ってみる?」
「ええ?仕方ないなぁ。撮ったらすぐ帰ろう。」
止まることを知らない若者達。
下弦の月。
確かにその眉は歪んだ。
白いため息が凍るよう。
ー聞き入れてはくださいませぬか-
「やっぱ、ちょっと柱の奥を覗いてみよーぜ。」
「危なくね?結構草ボーボーだけど。」
「任したっ!俺、ここで動画回してっから。」
「ウワサのユーレイ!ご登場!よろしくぅ!」
無神経な歩み。土足で踏みにじられる。思い遣りのない身勝手。
ー致し方ございませぬー
崩れて土蒸した石垣、倒れた笹。生温い若草の匂いが急に蒸せ上がる。
冷え切った感情に熱が籠もる。
みるみる間にその火は渦を巻き、炎となる。
うっすらと花唇が・・・喜んだ。
あぁ・・・あの日のように・・・
「ちょっ、ちょっ待って!おいっヤベェヤベエって!」
「ハぁ?なんだよ。なぁんもいねーよ。」
「そっちっ!そっちそっちそっち行くなっ!戻れっ戻れよっ!」
「まさかぁ?なぁんか撮れてんの?」
「こ、こ、これこれ!」
草を蹴る足音が集まる。
辺りは静寂そのもの。
若者達の音・・しかない。
月の光の下、色味のない青白さが広がる。
ただ、彼らの覗くスマホにはそれぞれ瞳を揺らす紅。
「え?・・・」
辺りは何も変わらない。
ーカナカナカナカナー
ただの城跡だ。
三人は生唾を飲むことすら忘れて、言葉も忘れた。
スマホの中だけが記録映像のようにその場所の違う状態を映しているのだ。
スマホのカメラの動画モードは正常に作動している。
静寂・・・それをスマホからの音声が機械的に破った。
ボリュームが勝手にMAXに上り詰める。
柱が爆ぜる悲鳴。
轟々と鳴る炎の狂暴。
熱と踊る石垣。
その全ての紅が彼らの瞳の中を焼き尽くしそうだ。
扉があった。
そのスマホの映す紅い映像の中に。
あの二本の柱の場所だ。
実際の場所には、青白い月明りの下に朽ちかけているあの柱だ。
・・・いや、ここは城の中なのだろうか?
動画モードは正常に作動している。
動画の中だけ、同じ場所が気が狂ったかのように燃えている。
カメラを少しずらすとそこには月と静寂しかない。
扉の前に三人の人影が揺れる。
「え?サムライ?」
一人は武士のようだ。もう一人の女性に頭を垂れていた。
この女性は・・高貴な身分だろう、侍女らしき人物を一人従えている。
「戦争・・・してんのか?」
武士は二人の女性をその背に守り、押し寄せる敵を斬り伏せ続けている。
やがて、炎は廻る。巡り暴れて城を喰い破る。
三人は何か語り合っているようだ。
そして、侍が高貴な女性を引き寄せ背を向け扉の奥へ消えた。
侍女らしき女性が一人残り扉を閉め始めた。
迫りくる追手。
「危ないっ!」
刀で押し切られ扉に叩きつけれれるか細い背中。
白いうなじが鮮血を撒いて弾けた。
門に降りかかる紅。
彼女はとっさに扉を背に負い、薙刀の柄の底を扉に突き追手を刺し貫く。
何か叫んでいる。
そして、その刃を右に払い、左に払い追手をねじ伏せていく。
「何で、あのサムライはこの子を連れて行ってやらなかったんだ!」
若者達の声はかすれていた。
彼女は扉をその流れる血とともに押し閉め、ほほ笑む。
そして、スマホから炎の音がかき消えた。
ーこれで良いのです。これが私の幸せー
まるで、彼女と通話しているかのようなクリアな音声だった。
彼女は近づいてくる。
その白い肌を、白い頬を敵の血と自らの血で染めながら。
燃え盛る門はもう強烈な夕陽のように空全体を覆いつくさんとしている。
そして、確かに聞こえた。
ー私、千代と申します。これより先、お通しすることできませぬー
伸ばされる紅が散り乱れる白く細い手。
ああ、もうスマホに届く。
いや、その画面から飛び出て若者の頬に触れそうになった瞬間。
スマホは悲鳴に弾かれ宙を舞った。
三人はこの夜どう家に辿り着いたか、覚えていない。
ーカナカナカナカナー




