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第1話 瞳の蛍

私がこの街の市長になってずいぶんと年月が過ぎた。

 この国はとんでもないフロンティアだ。

 尽きない未来と希望・・・そして問題が山ほどある。

 この執務室には到底入りきらぬ厄介事がな。


 移民にしたってそうだ。この国には歴史と文化がない。

 いや・・若い。赤子なんだ。

 血で血を洗う争いもあった。

 先にいた者と後から来る者。

 潰す者と潰される者。

 長い歴史のないこの国。

 いや、あったものを潰したのかもしれない。

 その上に、家族と住まう場所を・・そう家を作ろうとした。

 安心して眠れる場所がいるんだ。

 だからこそ、秩序が必要だった。

 だけど、急拵えにはそれ以上に力と血が必要だった。

 私は・・・生きた。

 必死にな。

 お袋と妹を守って。

 だけど・・・父さんの握ってくれたこの手を汚したことはない。


 あの日のことはしっかりと覚えているよ。

 姉さんはとびきり美しく、とびきり優しい人だったんだ。

 この国へ渡る船の中で、目を患った婆さんを一人気にして看病していた。


 そして入国のあの日、姉さんは家族の中で一人、検疫で引っかかった。


 ・・・眼病だっ・・てな。


 今なら分かるさ。

 疫病は一国を滅ぼすこともある。

 しかし、あの日の俺はそんなこと知る由もない。

 役人はどうしても街へ入れてくれなかった。

 父さん、父さんのあの時の顔は忘れられない。

 やっと、やっとここまで来たんだ。

 家族で、みんなで生きていくんだ。

 豊かになるんだ。

 そう焦がれてここまで来たんじゃないか。


 ー母さんと妹を頼むー

 ああ、分かったよ、分かったよ。父さん。

 

 姉さんと一緒に門にの外に・・桟橋に突き飛ばされる父さんを見た。

 今でも、今でもこの鼓動が重く重くこの胸を裂いてしまいそうなんだ。

 父さん、家族が引き裂かれるとしても、姉さんを一人残すことなどできない。

 分かる、分かるよ。父さん。

 どんな気持ちだったか。どんな気持ちだったか。

 あの時、父さんの目は覚悟を決めていたように思う。

 船の中で手を握ってくれた時のような、悲しい目はしてはいなかった。

 僕を一人の人間として、大人として信頼してくれる目だったんだ。

 覚悟の芯が僕を貫いたんだ。

 家族の未来を受け継いだんだ。

 託してくれたんだよね。


 僕らにはもう、祖国には帰る場所も希望も無かった。


 だからあなたは希望の地へ僕を送り出したんだ。


 探しているさ。

 あの日から何年も何年も。

 今この時も

 ずっと、父さんと姉さんをね。


 でも何で見つからない?


 神よ。

 私達は、愛する人々と今を心穏やかに生きていたいのです。

 引き裂かれるのが試練なのでしょうか?

 行方を求めて、恋焦がれるのが必要なことなのでしょうか?

 何年も何十年も心の中でしか話しかけることができないのは苦しめということですか?

 僕たちが何をしたって言うんだ。

 みんなでいてこその幸せじゃないのですか?


 神よ。

 お聞きしたいことがあるのです。


 何で見つからない?


 僕らの乗ってきたあの船の乗船名簿に、あの目を患った年配の女性の名が無いのです。

 もともと労働者を輸送する目的のあの船はそういう人は乗せない。

 そして、入国の名簿にも無い。

 そして、検疫で入国を拒否された者の名簿にもその名は無い。


 神よ、お聞きしたい。

 つまりは・・

 なぜ、我々家族を引き裂いたのですか?

 最後に見た姉の目はとても綺麗でしたよ。


 僕はね。ただ、あの父の温かな手を握りたい。ただそれだけなんだ。

 そして言いたいんだ。

 父さん、痛いよって。

 ・・・今、私の手を握るこの幼い手は、温かいと感じているのだろうか?

 

 あの日、船の上から見た太陽は水平線を蹴ろうとしていた。

 これから仕事に出かけるように。

 あの日、初めてみた異国の桜という木の花びら。

 今ではたくさんこの街に植えたよ。・・・父さん。


〈原典〉

 闇の女王(レジーノ)、静寂の女神(ディーノ)、陰の母神(パトリディーノ)、時の運行者(フンツィアート)・・・

 いろいろと我が主には呼び名があるようです。

 全ての色が混じった漆黒の御髪(おぐし)

 そして潤みのかかった肌、その瞳は黒紅(くろべに)


 ただ、私がお仕えする至高の神は、今日もまた一日のお勤めを終えられ、もうすぐ

お休みになられます。

 我が母がお休みになられる時、その伴侶であられる父、光の(レジオ)があの扉の向こうで、お

目覚めになります。


 しかしながら、ここからが一番大事な時間なのです。

 そう、なぜ生きとし生ける者が、生まれ生きて死ぬのか

 その理由のために、下拵(したごしら)えをする時間。


 私は、主の銀の盃に氷を静かに入れます。砕けぬよう。少しでも多くその氷の

想いが神酒に溶け込むように溶け込むように。


 御手(みて)が盃をその永遠を見てきた瞳に近づけます。

「今日の氷は、蛍石(フルオリート)か。」

 この安息の間にあるただ一つの色。我が主の腕に光る黄金の三つの腕輪が微かに

チリンと鳴りました。


 私は、静かに頭を垂れました。


 静寂があります。この広い星々が見つめる間で、その母たる女王は盃を花唇に

傾けられます。


「ああ、理不尽(マルラツィエ)・・・な味がするな。引き裂かれるように口の中で弾けるわ。」


 単調な口調でございました。

 ただ、女王たる母神はその永劫たる生の中で余多の想いを引き受ける神の一柱。

 仕方のないことでございます。

 このように、全ての理不尽を共に飲み干してくださってきたのです。


「足りぬな。まだまだ。」

 そうおっしゃって、女王は静寂の(しとね)へ沈んでいかれました。

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