第4話 死神(モルディアーボ)Mortodiablo
〈原典〉
「喪失、執着、諦め・・・・まぁ色々と混ぜたな。おぉ今日の茶葉は翡翠斑雪か。」
我が父、光の王は今夜も椀の中を覗かれます。
この世の半分を司る神として、この日のお仕事の大半を終えられ、今、この世で一番大切な役割をその身に受けられようされております。
私はただ、ただそのお勤めをお手伝いするだけです。
「あぁ、老いの恐怖か・・・この苦味・・さもありなん。」
椀から茶を御口に含まれると炎の吐息が舞い上がります。
その眦は、王を中心に動く大地に飽きてしまっているようです。
王にとっても時は流れていません。
ただ、ただその御心の状態が熱く熱く燃えているだけなのです。
ですから、あの椀に溶けた恐怖が執着が諦めがその喉を刺激し、御心に波を立てたのでしょう。
・・・これが必要なのです。再び世界が生まれるために・・・
「まだまだ足りぬな・・・」
そう王はおっしゃると、魔法のマントをご所望になりました。私がそれを差し出すとゆっくりと羽織られ、またお茶を楽しまれます。
この魔法のマントは伴侶であられる闇の女王から贈られ、一年中熱くおられる王の光を抑えることができるものです。
王のお体を思われての贈り物です。
そうすると、たちまち世界には冬が訪れます。
マントでその光が弱まるとその裾からはチラチラと雪が舞います。
王はふと椀をテーブルに置かれると、その力強く長い両手の指でカタカタとテーブルに音を刻まれました。そしてお茶を一口飲まれるともう一回カタカタと刻まれます。
何のお遊びでしょう。・・・ただ・・
その主神の御顔には一瞬、満足されたかのような笑みがあったような・・・
私の見間違えでしょうか?
いいえ。
・・・集めなくてはなりません。全ての源になる感情の塊を・・・
幾億星霜かかろうとも・・・
少しずつ、少しずつ生きとし生ける者の・・・いや星すらの感情をこの宇宙全体から集めて・・・・収縮するこの世界が再び起きるための時の引き金として・・・
ねぇあなた
あなたならあの時どう言ったの?
私には「好きにさせてやろうよ」と聞こえたわ。
あの子の望むように・・・
もう、私を・・・私たちを必要としないなら・・・
自分の力で立って、家族を守ろうとするなら。
・・・私はもう、家族ではなくなったのかな?
ねぇあなた
私ももう歳だわ。
あなたに初めて会った時、私から誘ったわね。
そうよ、私はいつも引っ張っていたわ。
そしていつもあなたはほほ笑んでいた。
あなたがいなくなった後、その相手は息子になった。
ただ、それももう終わり。
水たまりで跳ねていた子はもう手を離した。
あの頃の彼ではない。
そして
あの頃の私ではない。・・・老いた。
ねぇ・・・英雄さん
あなたが誰か・・・私知っているわ。
あなたを見送る時、きれいな首に火傷の後が遺っていた。
見覚えのある傷だった。
少女の頃にたった一度だけ見た傷。
体にもたくさんのアザがあった。
痛かったろうね。・・・苦しかったうねぇ。
ただ、・・・ただ顔はきれいなまま・・・
あの初めて会った日・・・
首筋を伝う雨粒を拭う私のハンカチ。
その淡い光りの奥に覗いた凍りつく冬空のように澄んだ瞳。
ただ、その瞼は閉じてしまった。
いや、本当に初めて会った日。
じっと彼が私の目を見つめる。
黄色いレインコートのフードを払って私を見つめる。
カワイイというより、美しい顔。
あの時、季節は梅雨だった。
雨は降るけれど暖かい、熱を帯び始める季節。
紫陽花が咲き誇り、ナメクジがのたまう暖かさがあった。
そして・・・彼の瞳には雪がちらついていた。
泣きぼくろのポエジアはまだ書いているわ。
それが、老いに負けない私の武器。
だって、私の書く物語の中では、いつまでも私は恋を謳える。
たとえ足が動かなくなっても、お話の中では自由にどこまでも旅ができる。
手が痺れていても、しわくちゃでも、美しいまま愛しい男性と踊れるわ。
時間も何も関係ない。自由な世界。
これが、物書きの特権。
永遠を生きる魂。
だけどね・・・
英雄が不在なの。私の王国には・・・
あなたが去ったあの日から・・・
水たまりの英雄は私の王国に戻ってきてはいない。
ねぇ、あなた。
・・・淋しい・・・そして怖い。
死ぬことが・・・私の存在が消えることが怖い。
意識が途切れて・・・その後に続く途方もない時間に消える。
そこで、終わりなの?
このまま、最後に愛しい者と会えず話せず・・・消えるの?
あの玄関の扉・・・
あの向こうに死神が来る。
雨の音に違う音が混じっているのが分かる。
・・・足音よ・・・
そう、扉・・・扉の向こう。
私の英雄・・・帰ってきて、・・・助けて・・・ねぇ。
私・・・ひとりなの。
あぁ書かなきゃ。
死の悪魔を退治するお話を・・・
扉の前に立ちはだかる英雄の姿を・・・
あぁ早く・・・早く。




