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第4話 水たまりの英雄

「ねぇ、君。なにしてるの?」

 今でも覚えてる。中2の梅雨の時期。

 その日は小雨がちらついてた。

 私から声をかけた。

 その小さな青い傘に。

 黄色のレインコートに水色の長靴を履いた彼は道路にしゃがんでいた。

 小学校の低学年くらいかな。

 すごく幼い。

 小さな手には何か細長いゴムのおもちゃを持っている。

 何をしているのだろう。

 見つめる先には水たまり。

 アスファルトがひび割れて大人の指程の亀裂がある。

 そこにおもむろにおもちゃを沈める。

 こん、こん、こん、こぉん

 小さな彼が変な呪文のような音を口ずさむ。

 私は小さな背中の横にしゃがんだ。

 私の薄いピンクの傘は彼の小さなパステルカラーの黄色い背中も一緒に覆った。

「今、宇宙船が海に潜っているんだ。」

 宇宙船が海?なんだそりゃ。宇宙船なんでしょ?

「もしかして、隠れてる?」

 少年がはじめて私の目を見た。

「そうなんだ。悪い奴からイチジテキに隠れているんだ。」

 オマエ、わかってるナという感触だった。

「いま、ハッシンの時を待っている。」

 へぇ、そうなんだ。

「悪いヤツはたくさんいるの?」

 なぜか、少年の指は止まった。

 ヴォォォォン

 どうやら、宇宙船のエンジンが唸りをあげているらしい。

 水たまりの大海を宇宙船が底から上がってくる。

「強いヤツがひとり。」

 ポツリと言う。

 多分、彼の目にはこの海がはてしなく大きい試練の海なのだ。

 そんな世界を彼は生きてるんだな。

「敵は手強いの?」

 指をブルブルさせる。

 宇宙船がいよいよ飛び立とうとしているのか?

「オトコにはそれでも行かなきゃイケナイときがある。」

 ふぅん。そうなんだ。

 でも、きっと君には大事なことなんだね。

 オトコって大変だね。

 ゴォォォォ

 おう、やっと飛びたったな。

 でもここはまだ宇宙じゃない。

 もっともっと高くその宇宙船は飛ぶんだろ?

 少年はその腕をいっぱい伸ばして下から宇宙船を見ている。

 きっと・・縮尺?って言うのかな?

 私と世界を見ている大きさが違うんだね。

 君はきっとその手の宇宙船の目線でこの雨の上がった空を見ている。

 世界は大きい、大きいんだね。

 

 その時だった。

 突き上げる彼の右の首筋に大きな傷跡を見た。

 まるで火傷のような。

 あぁなんてこと、打ち身のあざもチラホラ見える。


 彼を呼ぶ女の人の声。

 彼の宇宙船は虚空で停まった。

 じっと彼が私の目を見つめる。

 黄色いレインコートのフードを払って私を見つめる。

 カワイイというより、美しい顔。

 季節は梅雨だった。

 雨は降るけれど暖かい、熱を帯び始める季節。

 紫陽花が咲き誇り、ナメクジがのたまう暖かさはある。


 だけど・・・彼の瞳には雪がちらついていた。

 その心の景色が凍っていることは見て取れた。

 ・・・冬だ・・・・

 冬をこの子は生きている。

 小雨が前髪の端から粒となって・・・

 ・・・落ちる。


「オトコにはそれでも行かなきゃイケナイときがある。」

 彼はまた同じセリフを言った。


 そして、彼を呼ぶ声の主のところへ歩いていく。

 それは、スラリとしたとても弱弱しい女性だった。


 彼は右手に小さな宇宙船、左手にその女性の手を繋ぐとしっかりと歩きだした。

 その背はしゃがんでいる時の印象とはまるで違う。


 たった数分の出来事だったと思う。

 私は春の終わりの陽だまりと水たまりの上で確かに冬を感じた。


 彼の世界は真剣だったのだ。

 大きくて広くて・・・そして過酷で寒い。危険なのも分かる。


 けれど、彼はその小さな心臓(エンジン)を高鳴らして大切なものを守るために宇宙のあがろうとしていたのだろうか?


 彼が最後に私を見つめた時、オトコの・・いや人として揺るがない何かを案じた。

 私の住むふんわりとした世界とは紙一重で違う、冷たい世界。真冬な現実(リアル)

 私と世界を見ている色が違うんだね。

 君はきっとその手の宇宙船の目線でこの雨の上がった空の色を見ている。


 私にはどうにもできない。たった数分の出来事。

 しばらく歩いて、二人が振り返りほほ笑んだ気がした。


 「また、遊んでね!」

 その言葉を私は何度も聞いた気がする。

 

 14歳の梅雨に真冬に挑む(オトコ)を見た。

 今でも忘れていない。


 あの時、芽生えた気持ちを忘れていない。


 私は立ち上がり・・・探しに行く。


 私の水たまりの英雄を。

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