第3話 淑女のお相手
敵の艦は燃えていた。どうやらもう終わりのようだ。
情報では他にもう敵はいないはずだ。
「航海長・・後を・・頼む。」
艦長は撃ち合いの指揮の途中で深手を負っていた。
艦の真ん中でコンパスを睨んで操艦していた航海長は無傷だった。
「艦長・・・」
けたたましく鳴り続ける警報音が航海長を現実に引き戻す。
これからの彼の任務は、艦を復旧し乗組員の安全を確保することだ。
幸いにも、火は消し止めた。後は水だ。
戦闘に集中していたので、左舷の浸水の報告が頭に入っていない。
「浸水は!食堂はどうなった?」
被害状況をまとめる作図盤が航海長に向けられ、伝令がすかさず応える。
「戦闘の影響により、破口が拡大。遮防は不可能。」
「現場指揮官は誰だ?」
「応急長です。」
彼の最後の笑顔がよぎった。
破口から流れ込む海水の勢いを少しでも弱くするために、速力を落として艦を停止させるべきか?
「応急長より、艦橋へ。航海長を出して欲しいとのことです。」
伝令が通信用の電話を差し出した。
電話に出るなり、
「航海長!艦を停めるなよ。ここは機関室と発電機室の上だ。精一杯海水を止めているけど、相当量下にも流れこんでる。一度機関を止めたら、動けなくなるぞ。」
「ああ、機関室の状況を確認中だ。しかし微速までは落とすぞ。」
「こっちは助かるんだが、敵さんはどうなんだ。」
「そっちは片づけた。あとは海水を止めるだけだ。」
「安心した。じゃあ俺らが踏ん張るだけだな。」
「無理はするな。」
話の途中なので、伝令がメモを渡してくる。
機関室からの報告だ。
ー機関異状なし。非常閉鎖により機関室、発電機室への漏水無しー
応急長が電話の向こうで何かを察したようだ。
「機関室の方はどうなんだ?艦橋。」
「ああ、たいしたことないらしい。非常閉鎖がきちんとしていれば耐えれるはずだ。」
「分かった。では退避してこの第4区画自体を密閉閉鎖する。ただ・・」
「どうした?」
応急長の言葉に航海長の不安が引っかかった。
「被弾した後、肋材が軋む音がする。竜骨まで痛んでなければいいが。」
船の骨組み、竜骨が背骨なら肋材は肋骨である。
艦の機能を守るべき骨が被弾により歪んで傷ついている可能性がある。
応急現場での感覚は命を左右する。
現場では艦の悲鳴として聞こえているのだ。
「みんな!フレームの軋む音が聞こえるか?」
航海長は艦橋の乗務員に訊ねた。
「いや、聞こえません。」
「かすかに後ろの方で聞こえる気がします。」
艦体上部の艦橋まで聞こえるようだったらかなりの手傷だ。
だが、もう少し余裕はありそうだ。
航海長はそう判断した。
「速力を最微速まで落とせ!艦体の負担を軽減する。波と風は?」
航海員がすぐに計器を読み解く。
「波高2m、170度方向に流れ去る。風は右艦首から4ノット!」
「風は相対方位か?」
「あっ、真方位なら北北西から10ノット。」
今、艦の先は北を向いているな。
速力が残っている内に、左舷が傷ついているなら右回頭でいいのか。
いやっ、ともかく回す。
「おっもぉおかあぁじ!170度、宜候ぉ!」
航海長の右手の指が胸元から外に向かって弧を描き、
「170度宜候ぉ!」
舵を握る操舵手の腕が勢い良く時計回りに回転。
号令と復唱のもと、艦が面舵をとり、ゆっくりと右へ頭を振っていく。
「現場!艦橋から応急長へ。波は艦尾から受ける。最微速で押されるようにだ。」
波に艦首を向けると乗り上げる。
横から受けると傷口が開く。
では後ろから受けてできるだけ波に乗れば?
「何?もう一度、再送お願いする」
現場は混乱しているようだ。
「波と風を艦尾から受ける。軋みがひどくならないようにだ。」
大丈夫か?沈黙と通話の間が混乱状況のひどさを伝えるようだ。
おい!答えろ。大丈夫なのか?
「ははは!艦橋!この艦は熟女だからな!あっちこっち痛いってよ!」
人が心配してるのに・・・
「腰が痛いなら。しっかり湿布でも貼ってやれ!」
「おぅ淑女のお相手なら任しとけっ。」
航海長は少し口元が緩んでしまった。
任しとけ・・・か。
今度は・・・俺が守る。それが約束のはずだ。
二人で、みんなで、生きて還るぞ。
あの柿の木の場所へ。
暗い海には沈まない。
沈ませない。
羅針盤を睨む。
・・・ここだ!ここでいい。
「もっどぉおせぇぇ!両ぉ舷前進、最びっそぉぉく!」
舵は戻り、旋回の抵抗もあり艦の足は最も微速まで落ちる。
当て舵はいらない。速力は充分に落ちている。
「舵ぁぁじっ、中央っ! 宜候、170度っ!」
針路が定まった。
これからが勝負だ。




