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人世を生きた魔女  作者: 美島 描
1節 ジョニィと幻想石
4/4

#4 ジョニィおじさん

木陰から、誰かが近づいてくる――。


 


「......パパ!?」「遅いじゃないか、アイリー」


 近づいてきたのは、まさかのパパだった。私が散歩に出かけたきりだったから探しに来たのね。急いで木にめり込んだ足を引っこ抜いた。宝石は、ズボンのポケットに突っ込んだ。

 しかしまあ、もう遅いようだ。見られてしまった、ジョニィおじさんにけりかかっていたところを......よりによってパパに。

 


「そんなに足を突っ込んでどうしたんだ」


「ち、ちがうのパパ! これは......その......」


 ああ終わった、リンチしてるって思われてるでしょこれ。肉を仕込んでてって、冗談は通じないだろう。これを狙っていたなら大したもんだ。何としてでも宝石を手に入れたいらしい。完全敗北だと思った……おじさんが、木の下から跡形もなく消えていたのを見るまでは。


 

「ん? あれ、ジョニイおじさんは!?」弓矢の一つも見当たらない。真横にいたのに、消えたことに気付かなかったのが不思議でならない。


「......? 何言ってるんだ。おじさんはそこにいるだろう」


 


 パパは私の背後を指さした。振り返ると、さっきまで木にもたれていたおじさんが看板の横に突っ立っていた。私の目の前から、真後ろにだ。

 おじさんは余裕をかもし出すような、仁王立におうだちだ......おっと、これは関係ないな。私がむかつくってだけだ。

 どうにも、瞬間移動しゅんかんいどうできる不思議な力を持っているらしい。私が洞窟から移動させられたのと同じカラクリだろうが、いかんせん情報がない。


 (まさか、おじさんも宝石を持っているのか? ”幻想石げんそうせき”って呼んでたけど......私のみたいに、他にもあるのか?)



「がはは、どうしたのやら。木に頭でも打ったのじゃろうか。ああ、足だったか」


「......むう」


 


 してやられた。これで私は、パパにみられておじさんに攻撃ができなくなったというわけだな。どおりであんな余裕そうにしていられる。

 望むところだ。冒険の邪魔をされちゃ、世話ないからね。女の子だからって、なめてたら尻穴に乾燥した苔をぶち込んでやるわ。


 (後で、絶対捕まえてやるからね。おじさん)


「......へへ」「げっ」

 夜中の猫のような形相でおじさんをにらむと、そそくさと森に消えていった。


 


 


 


 *


 


 


 


 パパに手を引かれていくと、包み分けられた大量の肉を運ぶ狩人の姿が見えた。みんなと獲った肉がレンガのように積まれている。これの始末のために森に来たことを、ようやく思い出した。


 


「さあ、包み終わった肉を運んで行ってくれ」


「うん」


「......そうだ、あいつのところに運んでやるといい」


「“あいつ”って?」


「ほら、お前が会いたいって言ってただろう」


「ああ、あの人のことね。うん、行ってみるよ」


 


 早速、配達に出かける。


 肩にかけるタイプの肩掛け袋をもらって、包んだ肉をそこに詰めた。詰め終えると、村人の住む家を一軒ずつ回っていった。朝早くの配達だから、眠った人を起こすのに苦労した。さっきの戦闘にくらべたらどうということはないけどね。


 


「はい、肉だよ。一週間分だけど、節約して食べてね」


「ありがとうね。まだ若いのに、働き者なんだねぇ。アイリー」


 


 独りの老婆ろうばを訪ねた。お肉を手渡すと、もらったついでに手をぎゅっと握られた。手に少し、ぬくもりが残る。冬でもその感覚はしばらく消えずに残っていた。不思議とあまり悪い気はしない。


 


「食えなきゃ死ぬんだからね。仕方のないことだわ」


「そんなこと言うなんて、おとなになったのねぇ」


「まあね」


 


 こうやって村の人と話すのが、少しだけ懐かしい。きっと狩が連続してしまったせいだ。


  「アタシも負けてらんないわね。おいしそうな肉をありがとう......そろそろ出るわ」木の扉を閉じて、街道にむけて杖を突く老婆。


「うん、じゃあまたね」扉から一歩引いて、それを見守る。この老婆もパパみたいに隣町で働いている出稼ぎだ。冬を超えれば、またゆっくり話せるだろう。

 こんな、何気ない日常を守るためにも、おじさんに負けるわけにはいかない。


 そんな考えがめぐっている間に、老婆は先へ先へと遠ざかっていく。


 


 (......つぎは、“あの人”のところだ)


 


 


 


 *


 


 


 


 次に訪れたのは、ある狩人の家だ。ここには配達以外にも用事があって、どうしても私が行かなければならなかった。


 


「誰だ......って、お前はまさか......」扉を開けると、ずいぶん驚いたような声が聞こえてきた。


「リフィアさん......だったよね? 肉を渡すのと、一つ言いたいことがあってきました」


「おいおい......どうしたそんなかしこまって―――」リィアスという男が言い切る前に、私が言葉を重ねた。


 


 彼の前で、深く頭を下げた。


「狩人になるって言ったとき、おじさんの股間を思いっきりけっちゃってごめんなさい!」

「おい落ち着けアイリー! 恥ずかしいからでけぇ声でいうんじゃねぇ!」


 


 *


 


 互いに叫んだおかげか、なんとか重苦しい雰囲気だけは回避できた。


 でも、謝る気持ちに変わりはない。だって、私が加減を知らなかったせいで......あまりの痛みに立つこともままならず、狩に参加できなくなっていたのだ。

 頭が上がらない―――というか、合わせる顔がないんだ。恥ずかしすぎる。ていうか私は、それ以上の恥をかかせてるからな。


 


「自分でやったことだ、後悔はない。それにお前がその分肉を獲ってきてくれたんだろ? 謝るくらいなら、俺に勝ったことをほこってくれ。それが礼儀ってもんだ」

 リィアスはそう言って、かがんで私と目を合わせた。私の頭に手を当てて、そっと撫でてくれた。彼は笑っていた......私は彼を後悔させなかった。そう思えて、ふうと肩の力が抜けた。



  「......そっか。わかった」



「人ってのは尊厳や誇りだけじゃ生きてけねぇ。でもそいつらは、自分が思っている以上に相手にとって大事なことがある」

 そう言って顔を見合わせた。彼はそっと手を離し、私から肉を受け取った。


 

「さすが、それでこそやった甲斐があったってもんだ」


 


 私がおまけをつけた。肉の包袋つつみぶくろを一まわり大きくした、ずっしり重い図鑑みたいなもの。リィアスは相当に笑ってくれた。


  「何か言いたそうな顔だ、どうした」リィアスの言葉に考え込むように頭をかく。



「......一つ聞きたいんだけど、おじさん。わざわいって何だと思う?」


 


 彼は、少しだけ黙り込んでから答えた。


 


「ハリケーンとかだろうな。飛ばされた物の回収を狩人の俺らに押し付ける村人がいるし。むしろそっちのがつらいかもな」


「それ、私のこと? カイトが崖下に落ちたときの」


「おめえもこれから『こっち側』だからな、覚悟しとけ。あとは、人が鳥になっちまうとかか? あれはひどい話だったな、大人でも泣いちまう」


「あれは絵本の話でしょ......」


「そうだな」


 


 思っていた答えとは、違う物だった。彼もまた、冗談が好きな狩人だ。私はどうしても、ジョニィおじさんのそれが気がかりでしょうがない。洞窟探検だって、つい今日始めようっていう時に邪魔が入るんだから、とてもいらついているところだ。

 笑えなかったからか、彼はまた言ってきた。「お気に召さなかったかな。顔に出ているぞ」



 隠そうとしても、顔に出てしまう。私には、この宝石が災いの種というのはどうにも受け入れがたい。母親とのつながりがようやく芽生えたというのに、誰が手放そうと思うのだろう。この宝石はその力で、私をあのナイフから護ってくれたのだ。頭の中でこういう考えがぐるぐるしていたせいか、眉がゆがんで、目じりがぴくついた。


 


「......何でもないよ。答えてくれてありがとう」


 とりあえず、この場を穏便におさめたい。彼何かしてほしいわけでもないし、私の都合に巻き込む気はなかった。


 私の足は自然と、リィアスの家の扉を離れる。小さな石階段があって、後ずさるように下りていった。

 リィアスは表情のない私を見下ろして、ただならぬ予感を感じ取ったのかも知れない。私に一つ、言葉を投げかけてきた。


 


「何があったのか知らねぇけどよ、『やまない雨や霧はない』ってことだけ忘れんじゃねぇぞ、アイリー。お前のことは、応援してっからよ」


 


 私は右手を、小ぶりで左右に振った。とはいっても、後ろは振り返らず、リィアスから見ても右側に見えるように手を振っていた。私にはこれしか、自分の感情を隠す方法がなかった。


 リィアスはそれ以上、何も聞こうとはしない―――それが、"男なりの礼儀"だった。


 


 


 *


 


 


 私は、高台へ向かって、階段のように連なる屋根を駆け上った。屋根から屋根へ飛び移る方が楽しいに決まってる。ごうごうと吹き降ろす向かい風が、這いあがるように進む私の悩みを吹き飛ばしてくれた。


 階段の一番上の段につくまで、何段も飛び越えた。さすがに疲れて胡坐をかいた。


 そこからは、ただ景色を眺めていた。


 目にかかる日光を手で押さえて、視線はふもとの町へ落ちていく。


 あの家の屋根は、素材の木が枯れていたのか、ひびが入っているようだ。


 あっちの屋根は、本の一ページのように、めくればすぐにはがれてしまいそうだ。


 (雨が降らないから......この村は枯れ果ててしまった。おじさんとは、できれば戦いたくはない。おじさんは私より長生きだから、こうしないといけない原因があるのかもしれない。そうであると信じたい......だけど)


「この宝石を“災い”とののしった......それだけは、許さないから」


 


 心の整理が、ようやくついた。

 石ころほどもない小さな宝石を、強く握りしめた。指のスキマから微かに、空にも似た青光が頭の中をすっきり晴らしてくれるようだった。



 


 


 


「許さないって、それ俺のことか?」

「えっ」

 今、誰かの声がしたぞ真横で。気づかないうちに、同じところに座っていたやつがいた。

 

 (まさか......おじさんがもうここに!?)


 もしそうなら、とてもまずい。無防備な態勢たいせいで、しかも手には宝石を握ったままだ。このまま攻撃しなきゃまたやられる!


 


 驚きのあまり、頭がどうにかなってしまった。


「うわああああああぁっ!?」あまりの混乱で叫び出し、宝石を握ったこぶしを相手の顔面に振りかざす。


 


「おごえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 


 顔面に直撃した。先制攻撃はうまくいき、歯と歯のれた音が響いた。しかしそれ以上に、聞き覚えのない人間の情けない叫びが聞こえてきた。途端に正気を戻し、自分がどんなに愚かなことをしたのか気付いた。


 (今の声......おじさんじゃない!?)


  おじさんの声は、酒焼けした、いかにもおじさんといった声だった。今殴ったこの男は、とても若い、鈍い重低音な男声だんせい。合唱でいうならバスくらいの低さ。


 いやでも......だって質問の内容が、あまりにもおじさんが言いそうなことだったんだもの。そりゃあ、敵がいたら先制攻撃するでしょ、動物だから。


 


「おごご......お、俺の鼻ピアスぅ。もぎ取れ............てない!よかったぁ」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりは......うぐっ!?」


 しかし、男をぶん殴って気づいた衝撃が、私の考える余裕を消しとばした。


 


 (何これ......拳の先がすごくひりつく。腕の骨に響く......肩も痛くなってきた)


 


 バチが当たったのか。殴った痛みが波のように、全身を伝わっていくのを感じる。

「ぐえっ」思わずしりもちをついてへたりこむ。


「な、なんなんだてめぇ! 急に殴りかかってきて......って、なんでお前が転んでんだよ」

 男が殴り返してきたのか―――と思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 現に男は私と向かい合い、一緒にしりもちをついている。殴るなんてできっこない―――なら何だったのか。ふと手を見ると、宝石は一段と明るく、青空のような色で手のひらで光っていた。


 


 (また光った......)


 


 この宝石、ジョニィおじさんに襲われた時も光ったよな。これはきっと、『何か』に反応した証拠だ。

 


 (今回はこの人か......ちょうどいい。原因究明のチャンスだ)


 


 男をよく観察した。そして、さっきよりゆっくりと、宝石を近づけてみる。


 


「何するんだ?」


「静かに」私は男にとびかかって、腹の上にまたがってみる。


 


 確かに、なんの変哲もない男に近づけると、光が明るく濃くなるようだ。けど私は、誰に近づいたってそうなるわけではないことを知っている。老婆やリィアスには反応しなかったし。


 


 (性別とか、身体特徴に反応するわけじゃない―――ではなにか。私の推理が正しければきっと......)


 


 男の体を調べてみる。なりは保安官だった。スーツと、茶色のカウボーイハット。こんな所でしりもちを着くような柄じゃない。他には、特に怪しいところはない。ただ一つ、彼の手を除けば。


「その手のやつ、見せて」男の大きな握りこぶしを、私の小さな指でほどいていく。

「な、なんだよ......俺が保安官だって知らないのか」そんな言葉は、今の私には聞こえない。男の指と指のスキマをのぞき込んだ。

 私の宝石も、さらに光を強めている。この時点で、私の手は男の手に触れることができなくなっていた。


「わかったぞ、この宝石の能力......!」


 なんてこった、この男......この男も持っていた。未知の宝石”幻想石”を!私が見たのは、純白の日光のような光を放つ宝石だった。


「どこからこれを!?」

「どこって......どこだっけな。この石がどうかしたのか」

「んえ?」


 どうやら本人もよく知らないらしいが、それでもいい。これで、私の宝石の力が何かわかった。それだけで十分だ。

 普通の人間に反応しない、石を持った人間には反応する。おそらくおじさんの時は、”力”を使う人すら拒絶し、攻撃を防いだのね。逆にこの場合、私が石を持つ相手を攻撃したから、自分に跳ね返ってきた。


 (つまりこの石は、他の石に反応し"反発"する―――『石の力を跳ね返す能力』!!

 ナイフがはじかれたのは、おじさんが宝石を持っていたからに違いないわ。それなら理屈が通るはず......)



「私のフィジカルが合わされば割と無敵かも......? ふへへ、何が災害よ。私が最強になるのが怖かっただけじゃないの」


 こんな力、一瞬で手に入れてよかったのか。というか、お母さんも私みたいに強かったのかな。とてもそんな雰囲気じゃなかったけど。そう思いつつも、優越感ゆうえつかんに浸る私だった。


「確かに。幻想石なんかなくても、十分強いのにな」

「あら、あんたもそう思う? そりゃ私は超人だからね、あはははは」


 どこからか、私をほめる声が聞こえてつい反応してしまった。

 しかし、横にいたこの男......すごく賢いな。幻想石のことは一言も話していないのに、私の言ってることを全部理解しているぞ。


「あはははは......はは............は?」

 (こいつさっき、石のことはよく知らないって言ってた......)



「ところで、お嬢ちゃん。一つ聞きたいことがあるんだが」


 今、お嬢ちゃんって言ったのか。さっきまでここには、保安官と私しかいなかったはずだ。今私が話しているのは保安官じゃない。


「うおおおお!? なんだお前、どっから湧いてきやがった!?」


 保安官が驚くのも無理はない。私も当然驚いている。高台で、急に後ろから声をかけられたんだ。さっきまでそこにいなかった人間にだ。数センチ先の、今にも噛みついてきそうな距離でだ。


「なんで......どうやって」(宝石を保安官に使ってて気づかなかった......いったいどんな能力を......)

「がはは、こっちが聞いてるんだ。先に答えてもらおうか」


 私から三歩引いて、弓矢を構える。ジョニィの狙いすました目は、まるでたかのようだった。

 一呼吸だけ間をおき、にらみ合ったまま対談が始まる。まずは、ジョニィからだ。


「人はなぜ、鳥になりたいと思うのか?」




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