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人世を生きた魔女  作者: 美島 描
3/3

#3魔女の記録(2)

 眠ったような感覚がまだ残っている。何も見えない、何も感じない。

 これが死んだということなのか?あくびが出てしまうくらいに体が鈍い。それくらい、そんな感覚が長く続いていた。


(『死んだらどうなるんだろう?』って誰もが一度は思ったことがあるでしょう。でもあくびが出るほどつまらないね)


 死んだら予想通り、何もない。死ぬっていうのは本当に嫌なことだ。

 それはそうと、前に教会の神父さんに死後の世界について聞いたことを思い出した。


 死後の世界とは『土』のこと。みんなが『かえるべき場所』だ。歴戦(れきせん)の狩人ですら、大地を狩ることはできないだろう。


 という話だった。洒落(しゃれ)好きな神父の口癖でよく覚えていたことだ。


(......お母さん、ここにいるのかな)


 死後の世界で、初めて目を開いた。

「お母さん、いる?」真っ暗で見えなかったけど、仰向けだった体を起こして訊いてみる。私の家で、パパを食事に呼ぶときのようにたずねてみる。


「うん、あいりー」


 声はきれいで、かすれるように(ささや)いてきた。息を吹きかけるような声を耳で受け止めた。

 返事する暇もなく、声がした方を素早く向いた。

 .......

 ............

 お母さんだ。写真と全く同じ、小柄で明るい白色の髪をした女性。顔も全く同じ。

 返事してきたよな。声が小さくてよく聞こえなかった。他にもなんか言ってた気がする......どうせ死んだんだ、洞窟の先のことも、気になること全部聞き出してやる。


「お母さん......いや、冒険者・メアリ! なんで本が黒塗りになってるの! 苔のこと、なんで本に」言い切る前に口を人差し指で止められてしまった。

 と思ったら、手のひらを取られて、何かを握らされた。

 手を開こうとするけど、ずっと手を握ってくる。うつむいたお母さんの顔を、私は見ようとはしなかった。手の内に包まれた異物感......なんだか、現実のような感覚が戻ってきたみたいで不思議だった。


「......そう、まだ死んではいないのね。ずっと私のことを見てたの?」


 長い髪をかき上げもせず、ただ私の前でうつむきながら、首を縦に振っていた。

『うん、うん』と言っているみたい。恥ずかしがりなのかな。

 土の中から私を見ていたけど、恥じらって話しかけられなかったのかしら。死んでも土から這い上がってくるような人だと思ってたから少しだけ驚いた。


「私の手に何を入れたの?」と、言っても何も言わない。顔もうつむいたまま、なんだかよくわからなくなってきた。


 いよいよ危険に思えてきた。もし私が生きているなら、今にも苔が殺しに来るだろう。速く起きなければいけない。


「......もう、行く時間だ」そう言って、私は手を振り払おうとした。それでも手を放そうとしない。どうして、何かあるならなんで言わないの。そう言いたい気分になった。


「......」


 言おうとした時だ、うつむいたお母さんを見下ろしているとき、私の手にぽたぽたと、暖かい涙がしみ込んでいるのに気付いた。


 なぜ気づかなかったのだろう、お母さんの手を握る感覚はゆっくりと消えていった。

 なぜ聞こえなかったのだろう、かすれるように囁いてくるお母さんの声が。


「ごめんね、ごめんね」


 私は、母に受け取った何かを包むように右手を握りしめた。


「そっか......そっか......ぁ。どうりで......」本をどうして黒塗りにしたのか、なんとなくわかってしまった。お母さんは、この本を私に見せたくなかったんだろうな。

 でも、もう知ってしまった。次に会うのは、本当に死んだときになる。その時に、悲しい顔をしないように......本当に言いたかったことを。


「......行ってきます、お母さん」


 ......

 ...

 .........

「行ってらっしゃい、アイリー」お母さんがそう言って、やっと顔を上げてくれた。

 その顔を見て、少しだけ心が引き締まった。





 *




 もう一度目を開くと、いつもの森の中にいた。どれくらい時間がたったのだろう。

 お母さんにもらった物が、まだ手の中にある。


「これは......宝石?」


 きれいだ。

 身に覚えのない青く輝く宝石。太陽光を反射したまぶしさが私の手に乗っている。深く染まるようなブルーだ。

 でも、不思議なことに宝石はまるで地面から掘り出したかのように土にまみれていた。そばの土も、すこしだけ盛り上がっている。


「『土は、みんなが『かえる場所』』......」神父はそう話していた。どうやら本当だったみたいだね......もっと家族らしい話をしておけばよかったな。


(狩人と、もう一つ。笑顔で送り出してくれたお母さんを泣かせないような、強い冒険家になるんだ)

 ............

 ........................

(......さあ、感傷に浸るのは一旦ストップ。敵の状況把握......やっぱり何かおかしいわね)


 周辺を見渡して、気づいた違和感。まず、場所が違う。近くに洞窟は見当たらない、森の中に引き戻されたようだ。そしてもう一つ。これには何かの意味があるかもしれないが、

 森の中で見かけた看板が立っていた場所だったのだ。私は完全に、来た道を戻ってきてしまっていた。


(《KEEP(キープ) OUT(アウト)》の看板。また、何かの攻撃? でもこれは、今までの苔のそれとは少し違う......)


 あいつらは、私を狩ろうとした。こんな風に、狩場から突き離そうとはしない。追い詰められたからそうしたのかもしれないけど、それならわざわざ看板の前に来させた理由が分からないわ。


「絶対に何か他にある。よく観察して......」


「がはは、正解だぜ(じょう)ちゃん」「っ!?」


 足音が、すぐ背中まで来ていたのに気付かなかった。というより、足音なんて本当に聞こえないくらいなかったのだ。

 この独特な笑い方をする人を、こんな技術を持つ人を、私はよく知っている。狩人としてよく尊敬している人だった男だ。まさか、この人だとは夢にも思わなかった。


「......ジョニィおじさん」

「やあ、この苔野郎(こけやろう)が世話になったな」


 振り返ると、図体のでかい少し腹の(ふく)れたカウボーイハットの男。もう数歩行かずとも手の届く距離に近づいてきている。

 それより私が注目したのは、肩にかけてある何か。あれはなんだ......しわしわの洋服みたいな。

 まさか、あれは私の倒した苔だ!引き裂かれた跡がある!

 他にも何か持っている。ナイフと、スポイト?水がいっぱい入っているが、苔に注入したのか!?


(なんてこった......水で、回復させたなんて。あんたたちグルだったの?)


 心の中で悪態(あくたい)をついても、彼は止まらない。間髪(かんぱつ)入れず右手のナイフを振り下ろしてくる。

 なぜ私にナイフを振りかざす?理由よりまず、何とかしてナイフをよけるべきだ。私の小さい体じゃ、どこにあたっても致命傷や失血につながる。

 何とか、何とかして......


(頭上、目の前に切っ先......くそ、間に合わない)


 あがくように手を突き出した。

 でも、そんなのでこの狩人が止まるだろうか。私とは違い何十年も狩人をやっているんだ。私の手なんかじゃ止まらない......また、私は死ぬのか___


「......っ!?」


 ___どこからか青色の光で目がくらんだ。目を開くと、鋭いナイフは私の体に、あと数センチ届かないところで止まっていた。


「アイリー、その光はまさか......」

「......宝石が光った?」


 おじさんには、この宝石が何かわかっているようだった。私にはわからかったけど......

 それでも、なんだか心が引き締まるような感覚だけが分かった。

 光にひるんだおじさんは、大きく後退した......戦うチャンスが再びやってきた。


「お母さんが、私を守ってくれたのね。ありがとう。このチャンスは、絶対に逃さない!」疲労にこらえながら立ち上がった。今度は逆に、おじさんに向かって走り出す。


「チッ、これならどうだ!」矢を一本放ったおじさん。狙いは私の脳天。正確な射撃だった。おでこに矢先が来ている。瞬きする間もない速度だ。


「......さすが、おじさん」「っ!」


 パキッ。と、矢のシャフトがへし折れる音が響く。

 矢を左手でつかみ取り、振り落とした。もちろん大事なおでこには傷一つない。


(鳥なんかよりずっと速い......瞬間(しゅんかん)60m(メートル)だぞ!?)


「.......当然」


 おじさんは驚いているみたいだけど。空飛ぶ鳥の方が一直線に飛んでくる矢よりすばしっこかったもんね。

 取れなきゃ。お母さんの期待に応えられない。みんなと一緒に狩りなんてできない。

 みんなと一緒にいたい、そんな気持ちで練習してきた技なの......!


(おじさんだってそう! わけもなくこんなことをする人間じゃないはず)

「おじさん!」「うおっ!?」おじさんの目の前で勢いよく飛び上がる。けりを放とうとしたときには______背後の樹木が、彼の逃げ道をふさいでいた。



 どさっ

 私の足は、寸前で木の幹に深くめり込んでいた。おじさんは崩れ落ちるように木に腰を下ろした。


「ふはは、幻想石(げんそうせき)に救われたな......嬢ちゃん」

「らしくない笑い方だよ、ジョニィおじさん。『幻想石(げんそうせき)』って、これのこと言ってるのかな? 答えて」顔の前で宝石を振りかざす。今も輝く宝石を見たおじさんは、不敵に笑う。


「何も知らねぇガキが......何も知らなければ、こうはならなかった。オヤジは何をやっているんだ」

「パパは悪くない! 全部私の責任よ。お願いだから、なんで私を狙ったのか答えて!」

 怒りで足が強張っていく。木の幹がさらに深くえぐれた。

「いいか? その宝石は(わざわ)いだ。今は守ってくれているが、いずれお前のすべてを奪う(わざわ)いとなる。オヤジに言われなかったか、洞窟探検に失敗し、お前の母ちゃんが死んだのは、その宝石のせいなんだぞ」

「.....これが、災い?」


 その言葉を聞いた瞬間だった。ようやく気付いた。足音が、また近づいてきている......

「っ!?」「ふっ」どうやら、おじさんはすでに気づいていたようだ。

「あんた......くっ。誰!? そこにいるんでしょ!?」


 木の裏にいるそいつに呼びかける。足音は止まって、何も聞こえない静寂が私を覆う。

 宝石を強く握りしめる、それでもこのざわめきは治まらない。誰が来るというんだ。



 コッ、コッ、カッ……



「え......」


 その疑問に応えるかのように、そいつは姿を現した。




 発見記録Ⅱ 死後の世界

 発見日 1842.12.11 早朝

 場所:不明(土?)


 死後の世界とは『土』。みんなが『かえるべき場所』。歴戦の狩人ですら、大地を狩ることはできない。まぎれもない世界の心理だ。

 一つ思うのは、お母さんがくれたあの宝石。あれは最初からあの地面に埋まっていたのか。私の位置は洞窟から移動させられたんだ。

 あまりにも偶然が過ぎると思うのだが......私が思っているよりも、この世界はずっと広いことを学んだ。


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