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人世を生きた魔女  作者: 美島 描
2/3

#2魔女の記録(1)

ようやく朝が来た。寝ている間も、昨日起きたあの奇妙な炎がどうしても気になる。

母がどんな冒険をしたのか、今日確かめてやろう。



記録 1842.12.11 (午前) 肉の配達 洞窟探検



だいたいこんな感じ。一番の目標は洞窟探検なのを忘れちゃいない。針の穴に糸を通すように、仕事のスキマ時間を使うんだ。

探検のためなら、今日の早起きも苦にはならなかった。ずかずかと強い足踏みでいられるくらいには元気だ。


「パパ? あっちらへんを歩いていたいかも」

「森か......わかった。けど、森は猛獣(もうじゅう)のすみかだ。だから気をつけろ」

「うん。そこまではいかないでおくよ」


パパは肉を仕分けに向かっていった。子供の私はあっさりと一人の時間を手に入れることができた。気をつけろって、あんまり怖いこと言われても困るけどね。


(もちろん考えなしに突っ込むなんてバカなことはしない。けど、洞窟を見つけるためには多少の無理は仕方がない。)


にしても私は、どうしてこんなに本気になってるんだっけ?

昨日まで、母親なんて村の外と同じくらいにはどうでもよかったのにな。


母は洞窟で何を見たのか?考えても知らないし、とりあえず走り出すことにした。


「ふうっ」


だっだっだっだっだっ。だだだだだだだだだ。

地面を強くけり、木と木を風のように通り抜けていく。パパの話だと、今は閉鎖されているはずだから、洞窟の近くには何か目印があるはずだ。


(周りは木と、木と、木と......木......んむ?)


あれは、木の看板。でも、木目がみえたり、ひびが入っていたりでずいぶん古くなっているな。ん、何か書いてある。読んでみよう。


「......<<KEEP OUT(キープ アウト)>>?」


『絶対に中に入るな』......だと?

なんで、周りは木しかないよ。これといって危険は見当たらないし。強いて言うなら木で光があまり入らない分、すこし湿っているくらいだ。危険といっている割に(さく)も何も置いてないし。


(洞窟に近づいている......のか? その逆かも)


もしかしたら、今まったく関係ないところにいて、洞窟から遠のいているのでは?不安はたまっていくまま、同じような木が並んでいる道を進んだ。私は深く息をのんでゆっくりと進むことにした。なぜだろうか、今までと比べて地面の様子が変だった。


(ぬかるんだ地面、苔も木の幹とかそこら中に生えている。

しっけているのかしら......おえっ。クモもいる)


クモの巣って、みえずに急に引っかかるから気持ち悪い。地表の様子が変化しているのが目に見えてわかる。


(蒸し暑い......服がべったり張り付いてる)


変だ。昨日狩りに行ったときは雨なんてない快晴だった。冬が近く乾燥も強いのにここはじめじめしている。


「......もう少しだけ」


木綿の織物でできた靴で、(こけ)をふんだ。足跡を残しておけば誰か来たときわかりやすいと思う。まあ、助けが来るわけがないけど、不安だから。たかが地面が湿っているだけ。それだけなんだから。.......その瞬間まではそうだったんだけど。


「ここも強めに踏んで......う?」


足元に何かいる。とてつもなくぬめっとしているぞここ。

足をあげようとしても、抜けない。いやちがう、これは何かがいるんじゃない。


「ん!? ふん......ぐうっ!」


(こけ)が、足と体に張り付いている!はたからみたら(こけ)で遊ぶ謎な女の子だろう。でもこれが抜けない。粘り気が強く、木に腕をつき踏ん張っても靴さえ抜けない。足のすねにまでねばりついてきた。

なんだ、踏まれたのが痛かったのか?痛み感じるのかはしらないけどさ。


(これ踏んだまま動けないんだけど......わけわかんない。

うっ!? 手に寒気......!)



気持ちの悪い手触りだ。湿り気を感じてすぐ、ついた腕を木から離した。木肌(きはだ)にも(こけ)が生えていたのか。

ん?いやまて、最初に手を付けたときは何もなかったはず。そもそも地面の(こけ)が、足のすねにまでくるのはおかしいでしょ。


(まさか、動いているのか? 

............動いているな、『あれ』は)

「くそ」


見てしまった、緑色のかたまりがうねるすがたを。うじゃうじゃと木陰からすり寄り、私を囲んでくる......!


(集まって大きくなっていく......上から覆ってくる!)

「靴を......!」


どさっと、ひっくり返ってしりもちをついてしまった。右足で木を蹴ったら、ようやく靴を引っこ抜けた。左足の靴は帰ってこなさそうだ。


(ダッシュで奥に進んで逃げ切る!)

「あとで靴返してよ!」


私がなんて言っても、(こけ)に耳はないから聞こえない。返事は気にせず走った。


足がないからか、私の速さなら走ればつかまらない。もう木にも触れないようにしないと。

上をよく見たら、枝の先まで(こけ)だらけだ。いつでもスタンバイオーケーってことだ。


でも少し遅かったわね。足元に夢中で気づかなかった、目の前に見えた黒い穴が私のゴールなんだよ。

あとは、走るだけ。



(洞窟発見……! しかも周りは開けた場所。こいつらから逃げ切れる)



だっだっだだだだだだだ。

足もだんだんと速まる。もうすぐだ、絶対に足は止めない!



(ん、左右からぬるぬると(こけ)が現れたぞ。

ふん、そんなの足止めにもならないよ。飛び越えてやる、上の(こけ)に引っかからない高さで)



枝が頭にふれないように、空中へ。そのまま前転できるほどつよい勢いだったはずだ。




でも、その前に落ちた。




「はっ......!?」

(タイミング最悪、なんて(わな)を仕掛けるの......!)


こいつら、たった今仕掛けた(わな)で私を止めやがった!

木の裏で(こいつら)はひも状になっていたらしい。左右から私の足の上に伸びて、

結びついた。

後出しの『草結(くさむす)び』、よけられるわけない!


「くごっ......ううっ」


思いっきり地面に激突。体中痛いし、降ってきた苔が重くて動けない。

洞窟まであと一歩だったのに。目の前に光がさしているのに、手が届かない。


また新しく気付いたことがある。

(こけ)に驚いて、動物が逃げていったのだ。明るい方へ。

クモが逃げ遅れて、苔につかまる。包まれたクモは私の目の前でたくさんの足をカタカタ動かしていたが、やがて止まった。


「......そうか。あんたらは何かを守っていたんじゃなく、獲物をまっていたのね」


次は、私の番なんだと気づいてしまった。やばい、何とかする方法はないかよーくこいつらを観察しないと!

............

......

...

見えたぞ。

洞窟のすぐ左に、岩が見えた。

丸い形の、大きな岩だ。岩にかかかる日の光は底や影には届いていなくて、かすかに湿っている。

そこに、やつが根を張っている。岩の影から近づいてきて、私をおそってくる。

じゅうっと......肉を焼くような[音]を立てながら。


「あう......う」


間違いない、こいつが本体だ。でなきゃ私の前に根をはって、とどめをさそうとわざわざ岩から出ないだろう。口に粘液(ねんえき)を詰めようとはしないだろう。


洞窟の入口は目の前にあったのに、岩陰にそってきて私を地面に伏せさせた。もう、粘液で目が見えなくなっていた。


のどを引き締められる......喉奥が苦しい。

でも、なんだろう。苦しいのとは無関係に心が高ぶっていく。苔に対して思うのはおかしなことだ。


(まるで、狩人みたい......かっこいいな)


それでも思ってしまう。仕方のないことなんだ。

だって私、狩人が大好きなんだから。

昨日の鳥を狩るのも、村の狩人にあこがれて練習したことだ。

この苔は、私を狩る対象としてみている。攻撃をかわした私を、先の未来を読んで『草結び』した。



昨日は初めて狩りに出て、今日は狩られる側になった。次は私が狩る番。



その感覚が、私を狂わせたのかもしれない。人ではない何かに魅了され、粘液の流れをおしきって、すべて吐き出した。


「ごほっ......!」


粘液が地面にしみこみ、苔はのけぞった。


(あんたのすぐ後ろに、洞窟がある。私は絶対、そこに行くんだ!)


逃げないのは......さすがのプライドだね。まだ助かる可能性もあったのにね。

そうして次にでた言葉はまるで、狩の始まりの雄たけびのようだった。


「あんたも、狩人なんだね。そのでかいプライドも、狩も見事だった。


でも残念。そのプライドのせいであんたは、私に狩られるんだよ」



バリバリバリ!



うごめく塊と張り付く根っこをやぶると、心地いい音が森中に響いた。

大当たりだ。私がつかんだ苔には本体がいるみたい。ぬめっとした体ではたいてきた。


「くうっ」


手を力んで声が漏れた。引き裂いた苔が散らばる。さっきまで逃げるだけだったが、本体がきてくれたおかげで暴れ放題だ。


狩人として、全力で倒す。そんな思いが力となり、さらに止められないものになったんだ。

でも足りない。倒すなら、手だけじゃなく頭も回さないと。

そして私は、とても素晴らしい推理を整えることができた。


(一瞬きこえた.....岩陰からあんたが近づいてきたとき。

じゅうっと音が鳴って、粘液が蒸発した音! 

苔だからね。太陽の下じゃ乾ききって動けないんじゃない?)


地面に張り付いたまま前に進み、苔を握った手を伸ばす。苔が太陽の光に、当たるように。


「ふふっ。私の推理は大当たりみたいね」


うまく粘液を吐き出せたのか、ようやく口が動かせるぞ。

苔は今もうねっている。いや今だけは、鳥肌を立たせているというのが正解だね。

これから私がすることを理解しているなら、当然の反応だと思う。


「やっぱり乾くのが嫌いなのね? でも安心して、私が最後まで見届けてあげる」


私がなんて言っても苔に耳はないから聞こえてない。それでも苔は最後まで必死にもがくようにうねっていた。




______




苔を太陽に振りかざし、蒸発(じょうはつ)させた。粘液がにじみ出て、地面におちていく。

あの[音]はやはり粘液が蒸発する音だったようで、もううねうねしなくなった。


「終わった.....やっと」


にしても強かった。本物の苔と区別がつかないのが本当に厄介だった。


「あんたみたいな苔に会ったのは初めてだよ。

あんたのおかげで、自分がどんな場所に足を()()もうとしているのか理解できた」


母さんの本に苔についての記録はなかった。昨日のように、他の黒塗(くろぬ)りのところも燃やせば内容が見えるんだろうか。

いや、それはできない。そんなことしたらパパも悲しむだろう。


要するに、あの本に書いてあることがすべてじゃないってわけだ。

そういうことなら、私の目的はもう完全に決まった。

それは、この冒険を『(ふたた)記録(きろく)すること』だ。消えた記録に、鳥や苔の生きた痕跡を。

自分で探して、自分で答え合わせする冒険だ。


狩人(かりうど)だって、冒険家(ぼうけんか)だって関係ない。

私は超人よ。欲しいものは、自分でとってやるわ)

「......ここからずっと、私の番よ」


独り言を言っているみたいで変な感じだ......。

話したって聞こえない。どれだけ私が見つめたって、こいつらは感じ取れないのに。

......いや、考えるのはよそう。きりがない。


時間がないのよ。

体感10分もたってないけど、パパの肉を包む仕事も終わった頃だ。

遅れたらまた子ども扱いだ。狩人どもに仕事からはぶられちゃう。

狩った肉は自分で始末する。それぐらい狩人なら常識では?

まさか遅れるなんてありえないよねー?ねっ?......って言われるに違いない。


“こんなことで頭を抱えるのこそ、子どもなのでは?”

なんて疑問は頭にないけどさ。


(帰ろう。続きはまた午後だ

......あ、あとあんたもね)

  

  苔は持って帰ることにした。どう見ても普通の苔じゃないから、しっかり観察しておかないとって思った。


「ん?木にうまく登れないな......え」


苔は太陽で上がってこられないし、木の上に登っていこうとした。

でも木に触れたとき、また違和感が走った。


(私..................手がない?)


思わず、目を見開いた。

手が見えない、木に触れられない。

  もっと恐ろしいのが、全く痛くないこと。私の体はどうなっている。

うではどこに行った。誰がこんなことを。

色々考えているうちに、また違和感を体に覚えた。今度は頭だった。


(ふらふらする......毒でも盛られたのか?)

「ぐ......ぐふっ」


  我慢できず、思いっきり地面に倒れた。

毒............粘液。今わかった。

捕まった時飲まされた粘液。蒸発せず口に残っていたんだ!

苔に包まれたクモも動けなくなってたのは、そういうことだったのか。

あんたの『狩り』は終わってなかった。粘液は獲物を殺すための最後の武器だった!


(......私、これから死ぬのかな)


目も暗くなってきた。あと少しで、戻れたのに。

ちょうど明るい場所に倒れた体。口を開けて、太陽の光を当ててみるか?いや、もう手遅れ。体中に毒が回っているみたいだし、動ける余裕がない。


(パパ......パパの約束、守れなかったよ......)


『森の中は猛獣の住処だ。だから気をつけろ』


パパの話をようやく思い出して、ついのどをうならせてしまう。

半端な狩人のまま終わるのか.....母さんのこと、何もわからないまま終わるのか。


本当にごめん......さようなら、パパ。

............

......

...





発見記録Ⅰ 洞窟周辺の生態系

発見日 1842.12.11 早朝

苔(生物)


洞窟周辺に生息し、本体は岩下に根を張っている。

木陰に隠れて罠を張ったり、草結びしたりで人並み以上の知恵を持つ未知の生物だ。擬態もお手の物で、普通の苔と見分けがつかない。近づいてきた人間や他の動物を追い囲み、一斉にかぶさって狩をする。


粘液には毒性がある。飲み込んだらどうなるか、私には最後まで分からなかった。


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