とある医者の話 ‐ 完
(「・ω・)「ガオー
「……そんな話があったのよ」
囲炉裏の火がぱちりと音を立て
診療所の壁に揺らぐ影を映し出していた
老いた医師は分厚い書をそっと閉じて
目を丸くする孫たちへ穏やかな笑みを向ける
「えー! うそだー!」
「森の主なんて、本当にいたの?」
老婆は笑った
皺の奥の瞳は今もなお森の朝のように澄んでいる
囲炉裏の薪がはぜ
小さな音を立てて香ばしい匂いを広げた
ーー
孫たちは今日も騒がしい
けれど同時に真剣な顔で医学書をめくっている
そのとき――
「「 むかえ きた 」」
部屋の隅から
時の幕を裂くような声が響いた
あの頃と変わらぬ姿のコンとポンが
静かに老婆の前へ歩み出る
「この子たちも……一緒に」
老婆が静かに告げるとコンは短く頷いた
囲炉裏の灯がふっと揺らぎ
次の瞬間には森の光に溶けていった
――変わらぬ森
柔らかな風が頬を撫でて草木の匂いが満ちる
その場所に“魔の森の主”――ユズが
懐かしい微笑みを浮かべて立っていた
「本当にいいのかい?」
ユズは穏やかに
けれど少し寂しげに笑った
「キミにはキミの居場所があるだろうに……
僕は…… “父親” として
やっぱり反対したいけれどね」
老婆はゆっくりと頷く
その瞳にはもはや迷いの影もない
「ええ、決めていました。
“刻まれ病”を癒した父が願ったのは
救われることではなく
―― “救う術” を残すこと
私もそうありたかった
死んだ後は父と同じ場所に行きたいと
ずっと考えていました
だから……」
ユズは優しく目を細める
「僕の中に
まだ“お父さん”がいるなんて
分からないじゃないか……
同じ所へは行けないかもしれないとは
考えなかったのかい?」
老婆はユズに似た笑顔で答えた
「ユズさんは厳しい “先生” でしたが……
娘には、甘ーい “お父さん" でしたよ
いつだって私が望んでいることを考えれば……
ユズ先生は
“お父さん”に会わせてくれる――
だから……私のすべてを あなたに」
ユズは小さく息をつき微笑んだ
「……キミも“お父さん”に似て……強情だね」
老婆はコンとポンを見つめ深く頷いた
「ありがとうございます
色々ありましたがユズさんやリッタさん
……みんなのおかげで
私の人生は本当に幸せでした
だから――お願いします」
老婆の意思を確認してユズが応える
「改めて聞こう
……キミの願いはなんだい?」
老婆は背筋を伸ばし穏やかに告げた
「私の "願い" はこの子たちに私の
“スキル”と知識を授けること
…… “見返り” は――私の “すべて” です」
リッタは肩をすくめ
やれやれとため息を漏らす
「まったく……
どっちが本当の“願い”なんだか
“魔の森の主” を都合よく使うなんて
……誰に似たんだろうさ」
「私はユズさんの弟子であり “娘” ですからね
……ね、リッタお母さん」
あの頃と同じ屈託のない笑顔
リッタは思わず目を細めやさしく微笑む
「まったく……
かわいい “娘” を持てて、僕たちは幸せだよ
本当の“お父さん”によろしく伝えるといいさ」
そう言うとユズはかつて少女の父に
向けたのと同じ動作で手をかざした
“吸収” の光がゆっくりと老婆を包み込む
孫たちは祖母の危険を察し前へ出ようとしたが
老婆はその手をそっと握り首を横に振る
「言ったでしょう……
これは私の “願い” なの
大丈夫よ
ユズさんは本当に……本当に優しい人だから」
光の中で老婆は微笑んだ
その笑顔はかつて医学を学んだあの少女のままだった
やがて光は消え
そこに残ったのは静かな森と柔らかな風だけ
ーー
祖母が目の前からいなくなり
状況の理解が追いつかない孫たちに
ユズは穏やかに語りかけた
「さあ、彼女の“スキル”と知識を授けよう
娘の門出だからね……
君たちには、少し聞いてもらおうか」
ユズは笑みを浮かべ、遠くを見つめた
葉の隙間から差し込む光が
まるで祝福のように降り注ぐ
「――そうだね
とある少女……いや、、、
“とある医者” の話をしよう 」
まるでその言葉に命が応えるかのように
"魔の森" 全体が穏やかに揺れた




