焔の娘
「……お前、殺しに来たのか。」
その言葉に、レオンは一瞬、背筋が凍った。
少女の声は確かにかすれていたはずなのに、心の奥に鋭く突き刺さるような強さがあった。
「えっと、……ごめん、誰かが助けを求める声を上げてる気がして。鍵、開いてたし……」
言い訳じみた言葉を並べながら、レオンは少女の鎖に視線を落とした。
重たく錆びた鉄の環が、彼女の手足を縛っている。刻まれた焼印のような紋様が赤黒く皮膚を焦がし、そこからは微かに煙のようなものが立ち昇っていた。
──これは「魔女の刻印」だ。
この世界で、強力な魔力を持つ者に対し教会が使う裁くべき魔女の証。
「君は、魔女……なの?」
「そうよ。立派な“魔女”よ。……明日の暁に、火あぶりになる」
あまりにあっさりと口にされて、レオンは言葉を失った。
魔女。
それはこの世界で最も忌まれ、最も恐れられる存在。
神に背き、悪魔と契約した者とされ、問答無用で処刑される。
「……魔法って、本当に悪いことなの?」
思わず、レオンは口にしていた。
自分でも驚いた。しかし、確かな疑問だった。
中世だから受け入れられないとはいえ、本当に魔法が使えるなら凄いことな気がするし。
けれど、少女は目を細め、ほんのわずかに笑った。
「へぇ……おまえ、面白いこと言うのね」
「いや、その……教会ではそう教わってるけど。俺は魔法、使えないし。使える人も見たことないし、悪いもんかどうか、正直よくわかんない」
それが本音だった。
半年、教会に仕えてきたが、魔法を使う者は見たことがない。
ただ「悪である」とだけ叩き込まれてきた。
疑問を持ったことすら、なかった。
──だって、俺には関係ないと思ってたから。
少女は、どこか哀しげに目を伏せた。
「私の名はリリス。リリス・ヴァスター。魔女の血を引く者」
「……ヴァスターって、確か教会が魔女狩りで挙げた黒炎の魔女?」
「そう。昔は“森の民”と呼ばれてた。でも今は“魔女の末裔”として狩られてるわ。存在するだけで異端。……それが私」
レオンは息をのんだ。
リリスの瞳の奥に宿る炎のような輝きが、彼女の言葉に重さを与えていた。
「それでも……私は生きたい。逃げたい。誰かに、そう……助けてほしいと……本当は、思ってる」
微かに震える声。
レオンは拳を握った。
自分にできることなんてない。魔法も力も、地位もない。
でも──この子は、自分に「助けて」と言った。
こんな自分に助けを求めてくれたんだ。
その瞬間、扉の向こうから怒号が響いた。
「おい! 誰だ、禁書庫に入ったのは!?」
アルマン神父の声だ。見張りに気づかれたらしい。
足音が近づいてくる。
レオンは、一瞬、何もかもを捨てるような気持ちでリリスに向き直った。
「ここからの、脱出ルートある? 逃げよう。……俺が君を助ける」
リリスの瞳が、大きく見開かれた。
その奥に、かすかな“希望の火”が灯るのを、レオンは見た。




