指先の温もり
生き残った人たちが少しでも暮らす場所ができればともとあった家屋の瓦礫を撤去し、簡易的に暮らせるように屋根に登って木で穴を塞ぐ。
そんなこんなで復興作業は早くも終わりを告げた。
もちろんまだまだあるにはあるが、貧民街の大半が亡くなってしまったり、場所を変えたりした中ではこれが限界だと言っていた。
貧民街のみんなにお礼を言われながら土窟に帰ると、どっと疲れが押し寄せてレオンは寝床についた。
夜は静かだった。
風も鳴かず、木も揺れず、
土窟の中には、暖かな人の息と、小さな火の音だけがあった。
レオンは、横で寝ているリリスを見つめていた。
彼女は一緒に寝ている時、いつもうなされていた。夜になると必ず眉をひそめ、汗をかき、涙すら流すこともあった。
けれど──ここ最近はは違った。
リリスは、静かに眠っていた。
目尻が少し濡れているのは、きっと涙。
でも、それは苦しみからではなく……安堵のものに見えた。
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その夜、リリスは夢を見た。
燃える森の中にいた。けれど恐怖はなかった。
目の前に立つ女の人が、炎の中で静かに振り返り、その白髪を揺らしながらほほえんだ。
「やっと、届いたのね」
その声は不思議と懐かしく、
その表情は優しくて、胸がきゅう、と痛んだ。
リリスは、その女の人の顔を見ながら、はっきりと感じた。
──これは、母の“魔法回路”。
──私の中の力は、あの人から来ていた。
ずっと忘れていたのかも知れない記憶
私を優しく包み込んでくれる母の温もり。
きっと、私が知らないだけでこうして温かく包み込んでくれていたのかもしれない。
そして、その場所に導いてくれたのは──
「あんたと一緒に、いたから……」
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目が覚めると、夜はまだ深く、空気は冷たい。
でも、隣にはレオンがいた。
彼の寝顔を見つめて、リリスは小さく息をついた。
口をぽっかり開けて、よだれを垂らしながら寝ている
(……ほんと、バカみたいな顔して寝てる)
そう思いながらも、指先がふと、彼の手をそっと探す。
そして、そっと握った。
ぎゅっとではなく、ほんのわずか。
でも、確かに、そこに触れたことでリリスの心は穏やかになった。
やがて、またまぶたを閉じて、今度は少し微笑んで、眠りについた。
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「ふぁ……あれ?」
レオンは朝の陽に照らされ、ゆっくりと目を覚ました。
まだ周囲は寝静まっていて、リリスの寝顔が目の前にある。
その瞬間、気づいた。
──手が、握られてる。
(……え、えぇぇ!?)
驚きと同時に、心臓が飛び出るかと思った。
でも、リリスはまだ眠っていた。穏やかな顔で。
(うわ、これ……なんか、すごく……あったかい)
騒がずに、レオンはそっとそのままにしていた。
彼女が手を離すまで、ずっと。
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その日の昼、老婆がレオンたちに静かに語った。
「もう……あんたたちは、ここにいられない。
コロがこの森のはずれの近くまで来ている聖騎士を見つけたのさ。追っ手がくるんじゃ」
「でも、お婆さんは……子どもたちは……」
「心配いらんさ。
あたしゃ月蝕の魔女に命を拾われた身、しぶとく生き残るのは得意でね」
子どもたちも、目をそらしながら、それでも見送ってくれた。
「行ってこいよ、バカな魔女と変な兄ちゃん」
リリスはにやりと笑い返した。
「バカって言ったな」
リリスは頬を優しくつねり、少しじゃれた後手を降ってお別れをした。
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こうして、レオンとリリスの逃避行が始まった。
助けられながら、二人だけで歩き出す。
燃えた街、襲われた村、そして焼けた森。
次に向かう先に何があるかなんてわからない。
けれど、歩く足取りは不思議と軽かった。
リリスはレオンの少し前を歩きながら、ふいに呟いた。
「……昨日、手、握ってごめん。変な意味じゃないから」
「う、うん、ぜんぜん、いや、あの、嬉しかったよ、俺」
「……バカ」
でもその声は、少しだけ笑っていた。