外伝 : ダフネの失態
風に舞い、空に浮かんでから幾時かかっただろうか。先程まで空に太陽があったというのにすでに暗闇が空を埋め尽くしていた。
「ここはどこなんだ……」
いつの間にか森を越えたあたりから暗闇が濃く、松明をもつ聖騎士とは違う方向に飛んでしまっているため、明かりを確保できていない。
プカプカ浮かんで暗闇で上も下もわからず不安と孤独感が襲う。
神よ…私を導き給え。
ぐぇっ……
気づけば岩壁に激突して止まっていた。
激突と同時に魔法の効果が切れたのだろう。
日が上にあった時には森の真上に浮かんでいた事を考えるにここが地上から遠い可能性が考えられた。
うわっと岩壁に必死にしがみつく。かなりつかみにくい岩にしがみついてしまったため、かなりの膂力が試される。
普段の鍛錬がここで生きることだろう。
しかし、この兜は被っていないとは言え、フルプレートは幾らなんでも重すぎる。
有に30キロはある鎧が掴む腕に体重と共にのしかかる。この重さに腕が痺れを切らし、集中力も切れてきたころ、下の方で獣の声が聞こえた。
それは唸る狼の鳴き声。
一匹ではない、二匹三匹と、真下を動く気配がする。
魔女を殴りつけた際に拳を痛めたようで、向けた皮から血が滴っていたのだろう。その血の匂いなのか、ずっと汗だくになって掴まっているせいなのか、狼が餌が落ちてくるのを今か今かと待ちわびているかのように落ち着いて座っている。
だんだんと暗闇にめが慣れていき、流石に良くは見えないが近くのものであれば確認できるほどにはなった。
岩壁に木が横に向かって生えているのが近くに見える。幹は太く、先は細い。
飛び移るかの逡巡。
勢い良く両腕を離して、飛び移った。
右腕で掴んだ細い方の先端は簡単にポッキリ折れたが何とか太い方にしがみついた。
急に大きく動いた獲物をみて狼たちは叫び始める。
幹を軸に回転しながら上に跳び乗った。
これで腕を休憩することに成功する。
(何かないか…)
そんな時、ぐわぁ!と少し離れたところで同じ岩壁に激突した衝撃音と悲鳴を耳にした。
聞き覚えのある声は同じ聖騎士の誰かであることは確かだが、その激突音のあと、すぐに壁から崩れ落ちる音と共に地面への衝撃がはしった。
どうやら中々の高さのようで、聖騎士は悲鳴すら上げずに落ちていった。
下にいた狼たちが落ちた聖騎士の方に寄っていく。
ダフネはすかさず持っていた剣を岩壁にカンカンとあて音を立てる。
「何してる!おまえら!こっちは美味しいぞ!おまえたちの欲しがっている肉は上にいるわたしだ!こっちをみろ!犬っころども!」
ダフネの叫びに一切反応せず狼たちは落ちて意識がないであろう聖騎士により、リーダーであろう大きい狼が食らいついたあと、固くて食えないとわかり、下っ端に指示を出す。他の狼がフルプレートの兜に噛みつき、無理やり兜を引き剥がす、次は足だ、そして手を噛みついて装飾を引き剥がしていく。
「おい!!!!こっちをみろー!!!やめてくれ!!ああ、神よ……お願いだ!やめてくれ!!!」
賢い狼たちは手分けして装飾を外していき、プレートすら剥がしていった。そして、生身が見えるようになった時、リーダーが頭を噛みつき、ものすごい力で真上に引っ張りながら体をくねらせる。
ゴギャギゴ!!!
およそ人からなってはいけない音がなり、首が変なな方向に向いていた。
絶命したかを頭で確認し、リーダーかま腹を食いあさる。その間叫び続けるも全く届かず、賢い狼たちの腹を満たしてしまった。
狼が食い荒らしたあと、まだ肉が残っているからとリーダーがボロボロに肉を食われた死体を咥え、引きづっていくのをわたしは眺めるしかなかった。
「仲間が死ぬ瞬間をまた見ることになるとは。
わたしはなにをしているのだろうな。」
暗闇で輪郭を少しわかる程度では異能を使うことすらできず、
死んでいく仲間を見ながらわたしはただ立ち尽くすしかなかった。
「わたしは無力だ。」
仲間のために飛び降りて戦うことができなかった。
高さがどれくらいで、ダメージを受けたとして彼を守りながら戦えただろうか。
考えがまとまらず、動けなかった自分と、貧民街の子供と、魔女のために武器も持たず我らの前に立ち塞がったあの男を思い出した。
"魔女も人間"……か…
私の異能も生まれた頃から他人の魔力回路をのぞくことができた。そして、覗いた魔力回路の通り道を少しぐちゃぐちゃにするだけで、人が倒れていった。
呪われた子。
呪われた子を産んだ親は?
"魔女"だ!
小さな村に住んでいたため噂はすぐに広まった。
遠くの教会が魔女狩りの聖騎士を派遣し、私の母と私自身も連れて行かれた。
そのまま、火あぶりにでもされるのではないか
そんな不安を口にする母を見て「き、きっと大丈夫だよ!」母を元気付けようと口にしたが、母は怯えながら私を睨んでいた。
何も言葉を発しなかった母が、少し怖く、不安で、自分を元気付けるためにも母を励まし続けた。
しかし、輸送中の馬車を魔女が突然襲った。
それは突風のようで、馬車は簡単に倒れてしまった。
横転する馬車、一瞬宙に浮かび、地面に叩きつけられる。寸前意識がとびかけたが何とか立ち上がる。
母を呼びかけて外に出ようとするが、そこに魔女を名乗る女性たちが入ってきた。
全員が黒のローブを身にまとい、不可思議な能力を使っていた。私にはその人たちの魔力の放出を確認することができた。彼女たちの瞳が光るとその魔力が形となって体外に放出。
魔力の塊が水や風に変化する。
外から戦闘を行う人たちの声が聞こえた。
「あなたも魔女ね。可哀想に。私たちが助けに来たわ。きっと"我らの母"があなたも導いてくださるわ。」
魔女たちの中でもその頃の私と同じくらいの身長である小人が母の手を取って母を馬車の外に連れ出していく。
「まって!お母さん!」
その声はむなしく、魔女たちが母に連れて行くか聞いたが、母はこちらを振り向きもしなかった。
そして、私は教会でアルマン神父に、魔女と呼ばれる魔法使いの凶悪さをたくさん教えてもらった。
神の御業以外に、魔法などと使える者たちは悪魔と契約した悪しき存在なのだと。
私の母も同じ悪魔の手先であったと。
しかし、私は運良く、悪魔の力を得ていたが男であったから、信仰を深く持てば母のようにはならないと。
だからこそあの火の魔女とそれを守ろうとする男が、悪と断罪するはずの彼らが本当に悪なのだろうか。
仲間を救えない私は悪なのだろうか。
ダフネの中で疑念が産まれた。彼は夜を変える太陽の輝きを木の上から眺めることになる。
もう一度神に祈りをささげ、あの二人と決着を着けると誓った。