温かな夢
──「リリス」
……聞こえた、気がした。誰の声?
草の匂い。夜の湿った空気。
小屋の中で眠っていたはずなのに、気づくと私は暗い森の中にいた。
炎が、灯っている。
けれど怖くなかった。
むしろ、懐かしいような、優しいような。
誰かが火の向こうに立っていた。
背中を向けているその人は、まるで──
「“あなたには希望があるの”」
その声は、夢の中で何度も聞いたことがある。
けれど、顔は、思い出せない。
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女の人の指先から、静かに火が揺れていた。
まるで息をするように自然に、炎がそこに“生まれていた”。
──ああ、同じだ。
私が初めて魔法を使ったときと、同じ色の炎。
赤と黄色の炎
「怖がらないで。
あなたの力は、壊すためじゃなく、守るためにある」
夢の中で、その人はそう言った。
私は小さくうなずいた。
……でも本当は、そんなふうに使えたことなんて、一度もない。
私の魔法は、いつも誰かを焼いてしまう。
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夢の中で、私は炎に手を伸ばした。
指先に、熱が走る。
──痛くない。
「……名前を、教えて」
私はそう言った。
でも、その人は何も言わなかった。
ただ振り返って、笑った。
──あのとき、私ははっきり見た。
それは自分とよく似た顔だった。
でも、自分より少しだけ大人で、
少しだけ、悲しい目をしていた。
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「っ……」
目が覚めると、頬に涙がついていた。
リネンのシーツ、木のきしむ音。
外はまだ暗く、子どもたちの寝息が聞こえる。
火の気配はなかった。
けれど、指先にまだ、あのぬくもりが残っていた。
「……母さん?」
呟いた言葉に、自分で驚いた。
私は母のことをほとんど、知らない。
誰からも教わってないし、名前も、顔も──記憶もない。
けれど、なぜかその一言だけが、唇からこぼれた。
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