灯火の先にあるもの
「あの人は月蝕の魔女。
昔、私が奴隷であった頃、あの人が私を救ってくれたのじゃ。」
盲目の老婆はリリスとレオンに昔話を語り始める。この話は子どもたちは聞いたことがあるようで何か言いたげだったが二人を気遣って黙っているようだ。
焚き火にリリスが落とした鳥の肉をくべている。
老婆とはかつて魔女と繋がりがあり、その魔女があのシオリと名乗った魔女なのだそう。
シオリの瞳は冷たいようで、どこか温かく、それでいて…何かを観察している。底しれぬ者という印象だ。
「奴隷商は戦争孤児であった私を攫い、難民やら貧民街の住人をことごとくさらっていった。その中に黒髪のこの地域にはいない顔立ちの女の子が同じ奴隷として捕まった。それが今の月蝕の魔女、シオリじゃ。」
老婆は一息つく。
「シオリは奴隷商がいない時に、奴隷が詰められている檻の中で他の奴隷たちによく話しかけておった。
卑屈になり、泣き叫んだり、自暴自棄になる者がほとんどじゃったが、シオリは気さくに話しかけていった。もちろん私も話しかけられたが、内容は"魔法を知っているか"どうかだった。」
こんがり焼けた鳥肉を焼けた順から子どもたちへレオンは渡していく。最後に自分の分を取り、食らいつく。老婆も一口食べ、続きを話す。
「そして、また奴隷商が新たな奴隷を仕入れて来た時、その中にうさぎの獣人の魔女がおった。そしてシオリはその子にももちろん尋ねたら、魔法をとことん教えてもらっていた。」
草を煮ただけの煮汁をすする。
ずずず、すすり終えるとその白濁した目が外を見つめているように見えた。
「月の綺麗な夜、奴隷商が客を連れてきた。金持ちそうな太った男が私たちをみて品定めをしていたが、その中でも異様な空気を放つ、月蝕の魔女を食い入るように眺めていた。その男は下卑た笑みを浮かべて奴隷商に金のやりとりを始めた時だった。彼女が動き出した途端、奴隷商と私たちを隔てていた檻は棒切れのように穴をあけ、奴隷商の頭を風魔法でずたずたに切り裂き、火の魔法で腕を燃やし、水の魔法で火傷をお湯で浸し、光魔法で閃光による熱線で足を消し飛ばした。彼女はうさぎの獣人から教わった魔法を奴隷商で試し撃ちしたのじゃ。」
二人は固唾を飲み込む。
「そして、命乞いをする金持ちにここにいる者たちを買うように強要した。奴隷としての契約をさせたのは無事に外に出るため。そして私たちを助けるためだったのじゃろう。命には代えられんと渋々契約書にサインしていく金持ちを眺めながらシオリはついてくるか、離れるか選びなさいと今度は私たちに問うた。それにほとんどがついていくといい。わたしは断った。
それからどうなったかは知らんがわたしはその時彼女に助けられ、今があるんじゃ。」
盲目の老婆にこんな過去があり、シオリという魔女が、どれほど破天荒かと各々考えさせられた。
「思ったよりいい人って話?なんで…ついていかなかったの?」
リリスの疑問に老婆は少し気まずそうにいった。
「魔法が怖かったのではないのじゃが、恨みがあって魔法を連発したのであればよかったんじゃ。………あれは…実に楽しそうじゃった。だからじゃ」
その言葉にリリスは顔を歪めた。
「……そう。嫌なこと聞いちゃったわね。」
レオンは複雑な気持ちを抱く。俺は彼女のように魔法を覚えられただろうか。何とか言語を理解してようやくしゃべれるようになったころには教会の下っ端で毎日掃除して、雑用して、汚い豚小屋で寝ていただけ。魔法なんて考えもしなかった自分が同じ境遇で手に入れれただろうか。
「…………」
俺も何か、リリスのために何か…
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食事を終えたあと、寝床につく。
リリスと背中を合わせて眠りにつこうとするがなかなか眠れない。あんなことがあった後なのに、疲れよりもリリスに尋ねたくてしかたがなく、眠れやしない。
「なぁ…リリス。まだ起きてるか?」
「……なによ。」
寝ていたようで少し眠たそうに答えてくれた。
「ごめん…起こしちゃって忘れて…」
「はぁ……別にいいわよ。何か気になって眠れないから言いなさいよ」
少し迷いながらも言葉にする。
「リリス……俺に、魔法を教えてくれないか?」
リリスはムクッと半身を挙げ、こちらをのぞく。
そして、ため息をついてまた背中を向けて横になる。
「…悪いけど、あんたはムリよ。」
「なんで?」
「あんたからは魔力をかけらも感じないし、精霊もあんたが嫌いみたいね。…要するに適正0ってこと。」
……分かってはいたが、はっきり言われてかなりショックを受けた。
この世界に来た時、魔法なんて使えないと思っていたからこそ、シオリの話は希望を持てた。
異世界人だから使えないとかだと、そう信じていたが、関係なかったようだ。
リリスはレオンの落胆するのを鋭敏に感じ取った。言葉よりも、感情が先に出る。
「あんたは考えすぎよ。………あんたはあんたのやり方でやればいいのよ。」
「俺のやり方……そうだな。そうする。ごめん。何度も。今日はもう寝るよ。おやすみ」
静かにリリスは寝息を立てて眠った。
彼もまた、目をつむり今日の出来事を振り返りながら眠りについていく。
だが、レオンは小さく言った。
「……俺は、君を救いたい。君をこんな魔女を排他する世界から、何も心配せずに生きていける世界に。
君が何者だろうと、俺は“リリス”として、君と共にいたいんだ。」
……当たっている背中がいつもより暖かく感じ、気づけば気を失った。
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レオンは起きると、貧民街の修復を手伝っていた。
ここに長居するとまた聖騎士たちが来てしまうだろうが、このまま崩壊した状態を放置するのは良くないと、わずかな生き残りの人たちに手伝いを買って出ていた。
腕力もないし、道具の扱いも下手だ。
だが、「手を貸したい」と声をかけることだけは、誰よりもできた。
その日、泥だらけになりながらも、貧民街の子供たちのために動いた。
「ありがとう」
そう言ってもらえることが、とても嬉しかった。
リリスはその背中を見ていた。
「……馬鹿ね、ほんと。
魔法も剣もないくせに。……でも」
心の中で、言葉にしなかった感情が、胸の奥で芽吹いていた。
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遠く、教会の祭壇室。
神父アルマンは手帳を閉じ、蝋燭の火を見つめながら囁いた。
「……“火の魔女”の炎。あれほどの力が、もし神の御業として演出できれば──」
信者たちはそれを“神の火”と崇め、教会の権威は絶対となる。もちろん魔女を使うことに反発はあるだろうが演出はいくらでも考えつく。
奇跡を“管理する”。
神の名のもとに、あらゆる奇跡は教会の手の中に。
「反神の魔法など不要だ。
“聖なる火”を、神の物語として取り込む……それこそ、我が使命だ」
そのためには、リリスが“完全に従順”である必要がある。
アルマンは、再び聖騎士たちを招集し動き始めた。
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夜、共に寝る小さな空間。
リリスは背中を向けて寝ている。
「……ありがとね。今日も子供たちのとこ、行ってくれて。わたしはどう接していいか分かんないから。
……あんたとあの日からずっと一緒で疲れるけど。……でも、少しだけ、安心する」
レオンは驚いたように、それでも笑って言った。
「俺も……君が笑ってくれると、なんか救われるよ」
その夜、二人は言葉少なに、でも確かに同じ空間に寄り添っていた。
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