沈黙の狩人
夜の街は、不穏なほどに静かだった。
焼け跡の匂いがまだ残る石畳の路地を、レオンは足音を殺しながら進んだ。
──見つけ出す。
あの子たちは俺たちを信じてくれた。今度は、俺の番だ。貧民街を抜けた先にある森の先に大きな街と教会がある。いつもはそこまで行って物乞いを彼らはしているのだが、今日は倒壊した家を回って探しものをすると言って出ていった。
森に近い奥から見て回る。すると、人影が数人。
教会の捜索部隊が貧民街の廃墟を調べているのを遠目に確認し、レオンは裏路地へと身体を滑り込ませた。
「……レオン!」
声がした。リリスだった。
「どうして来たんだ?君が狙われているのに」
「…私ならもしもの時戦えるからついて行ったほうが安心でしょ?感謝しなさい」
「……心配してくれたのか。リリス。ありがとう。」
少しリリスの頬と耳が赤く染まった。
「な!?勘違いしないでよね。…別にあんたのためなんかじゃないんだから。子どもたちが心配なだけよ…」
リリスはレオンと共に物陰に隠れて聖騎士たちの動向をうかがう。2人を探してうろついているのだろう。
瓦礫を投げ捨てながら家屋を虱潰しに探していた。
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その頃、広場の一角。
子どもたち数人が、聖騎士たちに取り囲まれていた。
「名を言え。どこから来た?」
「ま、街の子です! ただ、食べ物をさがしていただけで!」
「この中に“異端をかくまっている者”がいるという密告があった。全員、連行する」
「やめて! 離してよ!」
暴れる子どもに、騎士の一人が睨めつけた――
その瞳は青色にかがやいて--
地面に立っていた子どもの体が、ぐらりと揺らぎ、地面につっぷすように倒れた。
騎士の中の一人ダフネが、頭の兜を取り、金色の髪を靡かせるる。目を細めて歩み出る。
「騒がないことだ。よし、この子供を連れていけ。魔女を匿っているかどうか、吐くまで拷問にかけろ」
「はっ!」
騎士たちが倒れた子どもたちをつかんだ。
レオンたちはこの騒ぎを聞きつけ近くの倒壊した建物まできて身を潜めていた。
「ここからじゃ魔法は当たらない。それに子どもたちを焼いてしまうわ」
「なら、俺が囮に前へ出る。その隙に広場の裏に回ってくれ。」
レオンのその言葉に待ってと言いかけたリリスの言葉よりも早くレオンは飛び出していった。
「……っ!ばかっ!」
レオンがその場に滑り込んだのは、連れて行かれる寸前だった。
「やめてくれッ!!」
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ダフネがレオンを一瞥した。
「貴様は……魔女を逃がした悪魔の手先か。人相がよく似ている」
レオンは息を呑み、そして深く息を吸い込んで一歩踏み出す。
「俺は魔女の仲間です。魔女の居場所を知っている。場所なら教えるから、その子たちを離してください。その子たちには誰かをかくまう理由も、余裕もない。疑うなら、俺を調べてください」
「貴様が魔女を逃がして、今度は魔女を売るのか?どれほど愚かなのだ。…しかし、裏切る男の言葉が嘘か本当かはどうどもいい。私の前ではな“魔力を持つもの”は私から逃れられないのだよ」
「見ての通り、俺は魔法も使えないし、戦いもできません。俺ができるのは、話すことくらいです」
レオンは両手を挙げ、何も出来ないことをアピールする。しかし、そんなことは関係なく、ダフネは既に"魔力回路を一時的遮断"する異能を発動していた。
そこに慈悲はない。
レオンの目を、ダフネはまっすぐに見つめる。
レオンは手を挙げたまま、なにも変わることなく突っ立ったまま、ダフネがおどろきの表情のまま言った。
「……なぜだ、何故魔力ある人間が私の力の前に膝をつかない………ばかな………」
彼は剣を抜いた。
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その瞬間、突風が吹いた。
誰かの囁きのように、冷たい風が頭上を駆け抜ける。
ダフネが動きを止め、空を見上げた。
「……これは……」
貧民街の外れ、森の奥から、黒い影がゆっくりと姿を現す。
影は人の形をしていた。風にそよぐ黒髪、東方の刺繍を思わせる淡い紋様の衣。
盲目の老婆は土窟の中で知った気配を感じ取り、ニンマリと笑った、老婆の口からぽつりと漏れる。
「……あの月の夜から、60年。やはり……生きていましたか。月食の魔女様」
“月食の魔女”
かつて奴隷だった彼女は、今や影の中で、再び人の世を見つめていた。