Ⅱ
翌日、昼休み。校内掲示板前にて。
生徒のざわめきの中、一人だけ、端に立ち止まっていた。
【1年 碧羽セレナ】
ふわりとした銀髪の編み込みツインテールに、きちんと整えた制服。
大量の部活動勧誘のポスターを前に群れる1年生の集団に押されながらも、目だけはあるポスターの1枚に釘付けになっていた。
それは、ほんの小さなポスター。
他の部活が煌びやかな装飾で目を惹かせたり、大きなポスターにデカデカとアピールをする中
少し端に貼られた、小さな手書きのポスター。
――――――
『風聞研究会』
噂話、都市伝説、未確認情報。
放課後の謎、あなたも一緒に追いかけてみませんか?
•活動:ゆるめに発足中
•場所:職員室棟3階 西の扉(風の通る部屋)
•部員数:1(2の時もあるよ!)
•甘い香りがすることがあります!
・ 食べるの好きな人!!
――――――
「……風の通る部屋、って……ははっ」
小さく笑ってしまった。
たぶん、普通の人は素通りするんだろうなと思う。
【風聞研究会】って名前自体、あまりそそる人はいないだろうし、そもそもこんな隅にあるポスター、誰も気が付かない。
でも、何故か目を引いた。まるで導かれたように。
「……行ってみようかな」
自分でも意外だった。まだクラスに馴染めない中で、話しかけに行くのもどうしたらいいか分からないこんな自分が、自分から「行ってみようかな」と思えた場所。
その部屋の扉を開けたら、何かが変わるような、誰かが待っててくれる気がしたのだった。
――――――
――放課後、風聞研究会 部室
部室前には、簡素なボードに2枚の札。
「村崎まろ」
「甘井さとか」
何故かか「甘井さとか」の札にはイチゴやクリームの装飾がされている。
「……2人いるってことでいいのかな?」
名札以外は特に装飾もなく、ただ【風聞研究会】の文字。
変な威圧感に一瞬引き返そうか迷ってしまう。
だけど、この扉の先が何かを変えてくれる、そんな気がして。
ゆっくりと扉に手をかける。
ガララ──……
少しだけ開く。
そっと覗いて中にいたのは、黒パーカーにイヤホンを片耳だけつけた生徒と、紅茶を注いでいるカーディガンの生徒。
意を決して、部屋に飛び込む。
セレナ「あの……失礼します……。その……ポスター、見て……来ました……」
1人が顔を上げて、パッと笑う。
「えっ、ほんと!? 入部希望っ!?うわっ、来たーっ!」
「……ほんとに来た」
「ほら、まろちゃん!初めて来た後輩ちゃんだよ?歓迎しなきゃ!紅茶飲める?クッキーあるよ!名前は?あ!私は甘井さとか!お砂糖でもいいよ!」
優しそうな雰囲気を感じて少しだけ肩の力が抜ける。
セレナ「……あ、私は碧羽、セレナ、です……」
まろ「あーしはまろー」
こちらを見ずに言うから、こっちの人には歓迎されてないのかもと不安にはなったが、特に嫌そうな顔もしていないのが少し不思議だった。
セレナはゆっくりと息を吸う。
「あの……私、その、風聞とかあんまり詳しくないですけど、その……ポスター見た時、わたしを見つけてくれたような気がして……!いや、ポスター見つけたのは私なんですけど、えっと……」
言い淀むと同時に、セレナは恥ずかしそうに視線を落とした。しん、とした空気が一瞬だけ部室に流れる。
まろは紅茶のカップを持ったまま、無言でセレナを見ていた。
何を思っているのか読めない表情。何も言わなかった。
お砂糖は彼女の言葉の意味を噛むように、ふわりと目を細めた。
そして、小さく、やさしい声で訊ねた。
「見つけてくれた、かぁ。……それって居場所がほしかった、とかそういうことかな?」
セレナイトは、驚いたように顔を上げる。
お砂糖の瞳は、ただまっすぐだった。
否定も、茶化しも、気遣いさえ混じっていない。ただ、まっすぐ。
セレナは、しばらく黙って、それから小さくうなずいた。
「……はい。……私、クラスにいても何処か馴染めてなくて……学校にいても、ずっとそわそわしてて……その……」
その言葉に、まろがわずかに眉を動かした。
それから、視線を落としていたカップを机に置く。
「…………確かに居場所ではあるのかもね。」
一言だけ呟く。
声に感情はあまりなかったが、それ以上言わなかったのは、ちゃんと意味を感じ取っていた証拠だった。
お砂糖は、そんなまろの反応を見て微笑みながらセレナに向き直った。
「……よしじゃあ、もうその居場所は見つかったってことで!」
「……へ?」
「お砂糖、ポスター剥がしといてよ。新入部員は一人で十分。」
まろのその一言に、セレナの目がゆっくりと見開かれる。
「はいはい……ってことで!ようこそ風聞研究会へ!!」
「……あ、ありがとうございます!!」
セレナの胸の奥が、ほうっとあたたかくなる。
ずっと探していた誰かに、ようやく「ここにいていい」と言ってもらえたような気がした。
こうして、風聞研究会にもうひとつの名前が加わった。