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3人が高校生の頃

吹奏楽部のまだ拙いトランペット、野球ボールが飛ぶバットの乾いた音、下校途中の賑やかな声


風にそよぐカーテンからの音を聞きながら


星ヶ丘高等学校2年 村崎まろ は椅子に持たれて目をつぶっていた。



放課後に部活や青春に勤しむ彼らとは違い、喧騒を聞きながらのんびりと1人で過ごすこの時間が、彼女にとって至高の時間だった。


授業が終われば、いつもの自販機で無糖紅茶を買って決まってこの部室に来る。

職員室棟の三階、1番端っこ。誰からも忘れ去られたようなところにひっそりと存在する部活。



――風聞研究会(ふうぶんけんきゅうかい)



150年の長い歴史を持つこの高校で、偉大な先輩が作った偉大な部活……だったのももう過去の話。


昔は学内新聞や風土研究、それこそ幽霊だの心霊だのを採り上げて、生徒からも先生からも人気で、更には地域の人からの信頼も熱かったらしいが、年数がたち部員数が減少。


文武両道に重きを置くこの高校で、何の成果もえられない文化部など淘汰されて当然のこと。


今では部活から研究会に成り下がっていた。


部活への入部が義務付けられているこの学校で、これをいい事にとたった1人入部を決めた生徒。それが彼女だった。


誰も寄り付かず、興味もない。彼女が入らなければとっくに廃部していたこの研究会は、当然名ばかり。


部活への入部を義務付けている学校側にとっても

やりたいことも目指したいものもない彼女にとっても好都合。もはや暗黙の了解で成り立っていた。


誰にも指図される訳でもない、静かでのんびりできる。

彼女はそれを望んで毎日ここへ来ていた。

ゆったりと続く安寧の時間。忙しない学校生活唯一の癒し。



そんな研究部も、半年前から様子が変わり始めていた。



「……そろそろか」



腕時計を見ればいつもの時間。

まろは紅茶を一口飲んで面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。


そして聞こえる、階段を駆け上がる音。



静かだった部屋の空気が、ドンッ!という勢いのある音で破られる。



「やっほーーー!今日も試作品できたよ〜!!」



勢いよく扉が開いて、【3年 甘井さとか】が笑顔と紙袋を抱えて飛び込んできた。



「うるさぁいなぁ、ノックぐらいしろって」



奥の机に足を乗せたまま、まろが目もくれずにぼやく。



「いいじゃんいいじゃん、部員1人だからってなに“自分だけの静寂”楽しんでんのー?」



「その静寂を楽しみたくてここにいんの!!それに毎日来んなって!!」


「そんなこと言って待ってたくせにぃ〜!今日もお届けに来たの〜♡ ていっ」


「だから余計なお世……」



まろの反論も無視して机の上に紙袋をぽんっと置く。

中からは、ほんのり焼きたての甘い香りが立ちのぼる。



「……今回は何。」



まろはゆったりと座り直し、興味津々に机上を見つめる。



「これ、バタークッキーじゃなくて、ラベンダー入りのレモンサブレ。焼きすぎたけど、味はたぶん大丈夫!」



「……なにその地味に高度なアレンジ」



「え、怖い?花食べる系ダメなタイプ?」



「いや、おいしけりゃなんでもいいけど……」



無言でひとつ手に取り、かじるまろ。

ほんのり香るラベンダーと、レモンの酸味。


……思ったより、悪くない。



「……ふつーにうまいのがなんかムカつくな」


「ふふーん♪ あたしの腕、確実に上がってるから!」


「……そーですかい」



「またペットボトルの飲んでる!」と言いながら早速いつの間にやら持ち込んだティーセットを準備するお砂糖。

そんな彼女の姿を見ながら、何だかんだで食べ進めるまろ。



これが半年前からの恒例風景だった。



「そいえば、私進級できたんだよー!」



器用に紅茶を注ぎながら嬉しそうに話す彼女のブローチ見やれば、確かに「3-Ⅱ」の文字。



「……おめでと、留年してよく部活に顔出せてんなって思ったら進級できてたんだね」


「あたしそんなに面の皮厚くありませんー。はい、今日はアッサムティー!」


なみなみと注がれた紅茶を黙ってすする。


「悪くないね」


「てことは美味しいってことだ!」



ニコニコとまろの顔を覗き込むお砂糖を軽くあしらう。

そんなまろに彼女は特に表情を変えるでもなく、次の話題へ。


「そいえば、新入生たち見たー?かっわいかったよ!みーんな!」


「新入生ねぇ」


入学式から数日たち、チラホラ知らない顔がいるのはまろとしても未だに慣れていなかった。



「うちの部長は早速新入部員募集に張り切っててさぁ」


「ありゃ大変だ」



星高の家庭科部といえば、コンビニでコラボ商品が置かれたり、全国コンクールで入賞したりと活躍目覚しい。有名パティシエを講師に呼ぶなど、力の入り様は中々のものだった。


「今年もやりますよ!コンクール!そのためには部員を集めてアイデアを募らないと……!」


興味なさげなまろを他所に、うむうむと考え始めるお砂糖。すると急に思いついたように笑いかけた。


「あ!まろちゃん!来週までにポスター第2弾作ってね!」


「……はい?なに?ぽすたー?第2弾?」


「『風聞研究会、君を待ってる!』的なやつ。今週、玄関ホールの掲示板に貼ったら先生に『それ落書きじゃないですよね?』って言われちゃったからさ!」



あっははーと笑って言うお砂糖。

あまりの突飛な発言に頭をフル回転させるまろ。



ぽすたー、新入生、掲示板……


「はっ!ちょっとまて!!うち部員いらないしっ……ていうかお前!正式部員じゃないじゃん!!」


お砂糖の思惑に気がついたまろはガタッと立ち上がり、思わず大声を出す。


この長閑で平穏な私だけの聖域に新入部員なぞいてたまるか。


これがまろの意見だった。



「でも今わたし出席率高いし部員みたいなもんじゃん?それに掛け持ち自由だし!」


「いやいやいや、掛け持ちとかそう言うことを言ってるんじゃなくて!」


お砂糖の暴走に若干押され気味なまろ。

そんな彼女に、お砂糖の追い打ちがかかる。


「それにいいの!?今年新入生が入らなかったらまろちゃんが3年生になった時にこの研究会は取り潰し!また1から入る部活探さないと行けなくなるんだよ!?」



お砂糖のその言葉に固まるまろ。



「……え、そうなの」



まろの狼狽えに気づくこともなく、彼女は呑気に自分のティーカップに紅茶を注ぎながら続ける。



「うん、なんかね、ここ以外の研究会も、これから1学年1人も入らなかったらもう潰しちゃうんだってさ☆」


「いや、『だってさ☆』じゃなくて」


「まろちゃんにとってこれは死活問題でしょ?ゆったりのんびりサボれる場所無いと、学校なんて来てらんないだろうし。それは私にとってもだけど、まろちゃんにとっても困るだろうから、私が最初に動いたってだけなんだけど?」



いつの間にか座ってゆったりと紅茶を混ぜる彼女の目はまろの心を見透かしたような鋭い眼光を秘めていた。


反論も思いつかない事に気が付いてどさりと座るまろ。ため息をついてそのままサブレに齧り付いた。


その様子を見て満足気にこれまたにっこりとして言う。


「ていうか、派手な勧誘しなくても普通に入部希望の子もいるかもしんないし!その時はちゃんとお出迎えしなきゃね!」


「お出迎えねぇ……」



さとかは紅茶のカップを手に取り、ゆっくりと飲み始める。


まろは口元をゆがめつつも、諦めたように残りのサブレを口に放り投げた。




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